第20話 屋敷散策

 遅い朝食を終えたぼくたちは、

 二手に分離し捜索に入る。

 あねごさん、ヒメ、白ちゃんの女性グループは外。

 ぼくとハカセさんは屋敷内。


「どこから見回ります?」


 屋敷内捜査といっても、

 開かずの間は制覇してしまったし、

 調べる場所なんてないはずだった。


「んー、そうだねー」


 銀の鍵束を左手でくるくる回して遊ばせながら、

 ハカセさんは考え中。

 そんなぼくたちは、

 中央間へ続く長い廊下を歩いていた。

 ガラス越しに見える青空は、

 波の消えた海のように澄んでいる。

 今日も暑くなりそうだ。

 下手したら午後に、

 にわか雨が降りそうな予感も拭えない。


「一通り巡回してみようか? 最終チェックも兼ねて」


「はい」素直に頷いた。

 この屋敷に来て3日目。

 いや、記憶がないだけで、それ以上にいたかもしてない。


 ぼくたちは足が棒になるくらい回った。

 各部屋、書斎、お風呂、トイレ、地下室。

 だがこれといって怪しい場所は見当たらない。

 本当に存在するのだろうか? 8人目は。


「これだけしらみ潰してたら、

 いないんじゃないんですか?」


 眉間にしわを寄せてハカセさんがうなる。


「あと1カ所だけ確認しておきたい場所があるんだ」


 ぼくたちが向かった先はキッチンだった。

 ここは出入りが激しいから、

 調べる必要はないと思うのだが。

 ハカセさんの考えていることはさっぱり理解不能。

 ハカセさんがドアを開けて入っていく。

 ぼくはその背中に問いかけた。


「キッチンを調べるなんて、

 隠し扉の匂いでも嗅ぎつけたんですか?」


「違うよ。ここで目を通しておきたいことがあってね、

 食料の在庫を確認したいんだ」


「は?」

 一瞬、ぼくは喉の奥から甲高い声を出した。


「棚卸しってことだよ。

 あとどのくらい食料があるかって、

 誰も把握していないと思うんだ。

 下手したら助けが来るまで僕たちは、

 籠城ろうじょうしなくてはいけないからね。

 これは最重要課題だよ」


「ということは、何かメモが必要ですね。

 書斎に行って取ってきます」


「ひとりで大丈夫?」


「はい、その間に食料を出しておいてもらうと助かります」


「わかった」



 ひとっ走りして中央間に到着。

 脇見もくれずに書斎のドアを開ける。

 厚いカーテンに窓が覆われているせいで、

 昼間なのに中はどんより暗かった。


 さっきハカセさんと来たときは感じなかったが、

 改めてひとりで来ると、

 不気味さが2割ほど増してくる。

 カーテンを開けるのも釈なので、

 ぼくは壁際の照明スイッチをパチンと押す。

 もちろん誰もいなかった。

 確か机の上に便せんがあったはず。

 何十分くらいか前の記憶を掘り起こして机上を探る。


 あった、書くものはどこかに……。

 引き出しを上から順番に開けていくと3色ボールペンを発見。

 よし、目標達成。戻るとするか。

 引き出しを押そうとした瞬間、青いノートが目に止まる。


 何だろう? 興味半分で取りだして表紙をめくる。





『1月1日。今日から日記を書くことにした。

 研究に没頭する日々だが少しは気が紛れるだろう』





 日記だった。

 こういうものは鍵付きの引き出しに収めておくのが普通だが、

 ひょっとしたら何か手がかりになるかもしれない。

 人の日記を見るのは失礼なので、

 心の中で礼をしてページをめくる。

 一言、一言程度で目ぼしいことは書いてなかった。

 そんな中読み進めていくと、

 見覚えのある出来事に遭遇そうぐうする。





『6月8日、福永が私の書斎に尋ねてきた。

 地下室にある無線機が故障したらしい。

 随分古いタイプのものなので、

 処分してしまえと指示を出すと、

 地下室から銃声がとどろいた。

 案の定、福永が発砲して無線機に風穴を開けてしまった。

 困ったものだ。

 電話線も引きちぎるし、

 テレビも映りが悪いと言って叩いて壊してしまう。

 通信手段はケータイがある。

 テレビは観ないので困らない。

 いずれ修理に出すことにしよう。

 念を押して書斎のパソコンには触れさせてはいない。

 ネット通信はできないが、大事な資料が眠っている。

 料理のレシピを作りたいからパソコンを貸してください、

 とせがまれたときは血が引いて行くかと思った』





 ……確か福永って、

 キッチンにあったレシピファイルの持ち主だ。

 男っぽい名前だから当てはまるとしたら、

 ぼくかハカセさんか熊さん。

 もしかしたら、ぼくたち以外の人かもしれない。

 それにしてもパソコンってあったか? 

 プリンターも見当たらないんだが。


 書斎を360度見渡すが、

 それらしき姿をとらえることができなかった。

 もしパソコンを見つけることができたら、

 ネットに繋げられなくても、

 何らかの情報は蓄えられるはず。

 探して損はない。


 おっかしいなぁー、

 ハカセさんと一緒にくまなく探したはずなんだが。

 まさか、8人目が隠したのか? 

 それともどこかにボタンがあって、隠し扉が開いて。


 一番怪しかった机の下を覗いてみる。

 ここは確かハカセさんが調べたはずだ。

 赤い丸ボタンを発見。

 だが押した後らしく、中までめり込んでいた。

 床にはプラスチックのケースがある。

 手にとってボタンにはめてみると、見事にフィットした。

 きっとふたみたいな役目をしていたのだろう。


 じゃあパソコンはどこに。

 すると机の下の棚に白いタオルを被っている長方形の怪しい物体が。

 指でつまんで一気に剥がすと、

 ビンゴ! 黒いノートパソコン顔を出した。


 おーし、迷いなく机に置いて、

 くの字に開いてリンゴの形をした電源ボタンを押す。

 ウィィィィンと起動する音が。

 よし、壊れてないようだ。

 だが数秒後に悲劇は訪れた。


「パスワードを入力してくださいって、マジかよ」


 ケータイの時の二の足を踏んでしまった。

 もはや、ぼくにとってはただの箱と化してしまった。

 ……まだ日記の続きはあるようだ。

 でもハカセさんを待たせるのも悪いし後からにしよう。

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