第11話 下山

 あねごさんが先頭を歩き、

 その後ろをハカセさんとぼく、そしてその後を白ちゃん。

 深い理由はないが、

 知らず知らずのうちにそうなっていた。


 道は山だけあって、所々曲がりくねっていた。

 けれど、道幅は車が通れるくらい広く、案外歩きやすかった。


「ちょっと休憩しませんか?」


 ハカセさんの足元が、

 生まれたての子鹿のように、

 ブルブル震えておぼつかない。

 激しく息を切らして、

 今にも転倒寸前だった。

 5歩くらい先を歩いていた、

 あねごさんの足がぴたっと止まる。


「ったく、だらしねーな。

 あたいはまだまだ行けるよ。

 太朗はどう?」


「ぼくは……」

 ハカセさんの涙で溢れた視線に負けて、


「さすがに疲れました。

 一息入れましょう」


「まだ1時間くらいしか歩いてねえだろうが。

 精神がたるんでんだよ」


 言ってることがわからない。

 休むか進むかはっきりしてほしい。

 あねごさんは手ぶらだからいいけど、

 こっちは食料を抱えているんだから。


「そこの木陰で休むか」


 今までハカセさんが握っていた主導権は、

 すっかりあねごさんへと一任されていた。

 木陰で陣を取り、リュックを下ろす。


「太朗くん、水をくれないか?」


 まるで砂漠で遭難したように、

 ハカセさんの声はガラガラだった。

 急いでリュックを開けて、

 2リットルペットボトルの水をハカセさんへ手渡す。

 これが3本入ってるから、計6キロ。

 プラス7キロに及ぶ。

 熊さんあなたって人は。


「ふうー、生き返りました。

 太朗くんもどうだい?」


 息を吹き返したハカセさんは、

 半分くらい減っている水を進めてきた。

 すごいな、1リットル近く飲んだのか。


「お言葉に甘えていただきます」

 再び水を受け取るとあねごさんが、


「あたいと白で飲むから水をくれ」


 そのまま、あねごさんにたらい回しすると、


「それは男どもで処分しろ。

 封切ってないのあるだろ」


 ゴソゴソとリュックを漁って水を取ってキャップを外し、

 ラッパ飲みをする。

 白ちゃんと分けるって言っていたが、

 一人で飲んでしまう勢いだった。


「よくよく考えてみたのですけど、

 このメンバーの分配でよかったのかもしれませんね」


 ハカセさんが木の根元に腰を下ろした。


「むこうはデブとヒメがいるし、なんとかなるだろう」


 半分くらいまで飲み干したあねごさんが言った。

 熊さんとヒメか。

 個人的にはクセの強い2人なんだけど、

 大丈夫だろうか? 

 どちらかと言えば、

 男女別だったほうが利口かもしれない。

 まあいっか。

 ここまで来てしまったのに、とやかく考えなくても。


 しばしの休憩を摂ったぼくたちは再び歩き出した。

 この道の果てに誰かいる。

 今はそう信じるしかなかった。


「おーい、耳を澄ましてみろ。

 川の音が聞こえねーか?」


 蝉しぐれをかき分けて、

 耳を立てるとゴーッと水の流れる音が。

 だからなんだよ、ってツッコミたくなるんだが。


「大きいですね。氾濫してるかも」


 そう告げるとハカセさんは、

 小走りで先に行ってしまった。

 昨日の集中豪雨を予想すると、

 河川にも影響が出る可能性はある。

 でもそこまで血相を変えなくてもいいじゃないか。


「あたいらも行ってみるか」


 ハカセさんと裏腹に、

 あねごさんはノリが軽かった。

 ぼくたちは川岸で棒立ちしている、

 ハカセさんの後ろ姿を掴まえた。


「どうしたんですか? ぼけーっと突っ立って」


 ハカセさんにそう言って、

 向こう側を見ると橋が壊れていた。


「な、なんで? 昨日の雨で橋が流されてしまったの?」


 目の前の現実を疑った。

 ぼくたち側の橋の先端は僅かしかなくて、

 向こう岸から3分の1ほど伸びていた。


「折角の交通手段が、

 昨日の大雨で途切れてしまうなんて」


「向こう岸まで、太朗に泳いでいってもらうか」


 口を開けていたあねごさんは、

 ぼくの後ろに寄ってきた。

 その後ろには白ちゃん。


「無理ですって。

 川幅も結構あるし、水かさだって増してますよ。

 オマケに濁って底も見えないし。

 ほら、大木だって流れてるから、

 あねごさんだって無理ですよ」


「まあな。死に行くようなもんだろ。

 せめて向こう岸に誰かいれば助かるんだけどな」


 腕を組んで考え込むあねごさん。


「いや、これは昨日の雨が原因で、

 橋が流されたわけではなさそうだね」


 ぼそっとハカセさんが、

 ちょっと前に言った答えに反応した。


「じゃあ、以前に壊れていたことになるんですか?」


「壊れたと言うより、

 意図的に壊したと表現するほうが正しいと思うよ。

 こっち側がほとんどなくて、向こう岸が残ってる。

 つまり、こちら側からダイナマイトを仕掛けて壊したんだろうね。

 僕たちを閉じこねるために」


 確かにその推理は筋が通っていた。

 ぼくたちは記憶喪失のモルモット。

 簡単に外に出すわけにはいかないはず。

 でも誰がそんなことを。


 ぼくたちの知らない第3者がどこかにいるのか? 

 もしそうだとしたら。


「早く戻りましょう。

 ヒメと熊さんに何かあったら大変ですよ」


「そうだね。

 ここで指をくわえても仕方ないし、

 屋敷に戻って策を練ってみよう」


 ハカセさんの意見は、なぜか悠長ゆうちょうだった。

 ぼくとハカセさんと白ちゃんは固まって振り向く。 

 誰か忘れているような? って、


「あねごさん。戻りますよー」


 向こう岸を向いて放心状態で立っていた。

 ビクンと目を覚ましたあねごさんは、


「悪りぃ、行く」


 せかせかとぼくたちに追いついて追い越した。


「そういえばハカセさん、

 あの濁流だくりゅうを渡る策ってあるんですか?」


「今の段階では、

 水位が下がるのを待ってロープで体をくくりつけて、

 向こう岸まで歩くしかないようだね」


「でも相当深そうでしたよ。

 熊さんでもキツいような」


「一番手っ取り早いのが、

 向こう岸に誰かがいれば済むんだけど、

 山奥みたいだから、

 第3者に会えるのは難しいね」


「のろしを上げてSOSを送るのはどうですか?」


「天気次第だね。

 ラジオの予報では局地的に大雨になるって言ってたからね。

 実践する価値はあるよ」


「おーい、みんな来てるか?」


 10メートルほど先を歩いていたあねごさんが、

 くるっとまわって大きく呼びかける。

 ハカセさんと肩を並べて歩いていたぼくは、

 「来てますよ」と返す。


「白は?」


「白ちゃんも来て……いない」


 迂闊だった。存在が空気に等しい白ちゃんを見失うなんて。


「戻ろう。そんなに離れてないから」


 ハカセさんの声も動揺しているみたいで震えていた。


「先に行っててください。ぼくが戻りますから」


 ハカセさんの返事も聞かずに振り返ろうとすると、


「リュックは預かるよ。そのほうが動きやすいから」


「ありがとうございます」


 リュックをハカセさんに渡すと走り出した。

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