警部殿、純情す

冷門 風之助 

その1 鬼警部との新年会

《ルビを入力…》 正月である。


『門松は 冥土めいどの旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』


 そんなアイロニーたっぷりの狂歌をんだ、大昔の坊さんがいたっけな。


 俺もへそ曲がりということにかけては人後に落ちぬ方だから、坊さんの歌には賛同の意を示したいところなんだが、そこはやはり、


『裏のウラをよむ』という意味で、


『めでたいものはめでたい』と言いたくなってくる。


 とはいえ、初もうでもせず、雑煮もおせちも、もう何十年か口にしたことはない。


 まったく、ひねくれ者というのは困ったもんだ。


 事務所でたった一人の年越しパーティー、バーボンを五本は開けたかな?

(昨今の俺としちゃあ最高記録だ)


 元日の正午過ぎまで寝込んでいたところ、誰かに叩き起こされた。


『おい、起きろよ。乾、探偵屋!』


 聞きなれた塩辛声が頭の上から降ってきた。


 ソファから半身を起こし、掛けていた毛布をはぐ。


 視界に飛び込んできたのは、下駄の鼻緒のような黒く太い眉毛、将棋の駒を逆さ

にしたような輪郭の顔、まさしく警視庁深川署生活安全課主任、『深川のゲジゲジ』こと、手塚大正てづかひろまさ警部その人だった。


『目を開けた途端、見たくもない顔が目の前か・・・・折角夢の中で吉永小百合と芦川いづみを足して二で割ったような美人とのにな』


『お前さんも古いな。日活映画に熱を上げた世代でもなかろうに』

『何事によらず、俺はクラシックな男なんでね』


 警部は苦笑しながら、俺と向かい合わせの椅子に腰かけると、隠し持っていた紙袋からワイルド・ターキーを一本取り出した。


『グラスはあるんだろ?一杯やろうぜ』


『お巡りにおごられるほど、悪いことはしてないつもりだが』


『憎まれ口を聞くなよ。人の好意は素直に受けちゃどうだ』


 警部はそう言って、今度はコートのポケットからビーフジャーキーの大袋を取り出し、テーブルに置いた。


『暇な警官おまわりもいるもんだな。真昼間から酒を呑めるなんて、正月と言えば警察の掻き入れ時だろうに』


『今日は非番なんだよ。6週間ぶりのな』


 俺は立ち上がって流しに行き、コップを洗って戻ってくると、封を切ったばかりのバーボンを互いに注ぎ合って、とりあえず乾杯をした。


『・・・・実はな、お前さんに折り入って頼みがある』


 ほらな、やっぱりだ。


『個人的な依頼なんだよ。仲間内にも知られたくない。だからこうして私立探偵に頭を下げに来たんだ』


『たかが、とはご挨拶だな。まあいい。話だけは聞いてやろう。引き受けるかどうかは別だが』


 俺の言葉に、警部はグラスを干し、黙ってもう一杯自分で注ぐ。


『実はな。惚れちまったんだよ。女に、その女の事を調べて欲しいんだ』


 



 



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