第四話 掌の上

「敵に動きが。レッサー族の部隊とおぼしき千程度が東へ向かい始めました」

「東か・・・間道があるんだっけ」

「はい。獣道程度のものですが、数日で我々の後方に抜けられるはずです」

 コッポラの細めの指が地図上を駆け回る。宣戦布告から三日、周辺の偵察・測量はあらかた終了していた。特に脅威となりうる抜け道などは宣戦布告の前日中にコッポラが調べておいてくれた。

 そこら辺の手際はさすがといったところだ。小難しい兵法書なんて読んだことがない俺はそういう事が出来ない。

「敵の狙いですが、正面から攻めかかっても勝機が薄いと見て補給路を断ちにかかったものかと」

「まあ、俺だって攻めたくないさこんな陣地」


 麓近くの扇形に広がっているところに野戦陣地を設営し、周囲を二重の馬防柵ばぼうさく逆茂木さかもぎで囲んだ陣地。内側の馬防柵では弓兵隊がおり、外側の馬防柵を超えようと目論む敵を針山にしてやろうと手ぐすね引いて待っている。

 二つの馬防柵の間は距離が開いていて、こちらの弓兵の射撃は届くが、馬上での取り回しを重視して威力と射程を捨てたベンシブルの弓は届かないという絶妙な距離になっている。全てコッポラの考えだ。

 この時点でコッポラはなにかベンシブルに恨みでもあるのかと勘ぐりたくなるが、彼女は時間があれば空堀からぼりまで掘るつもりでいたらしい。

 兵力劣勢の中この念に念を入れた陣地を見れば、正面から落とそうとは思わないだろう。

 正門が駄目なら搦め手から。後方に回り込もうとするのは十分に予想できた動きだ。


「よし。この谷の出口で奴らを待ち受ける。弓騎兵相手でも狭隘きょうあいで白兵戦に持ち込めば問題ない。騎兵六千借りてくぞ」

「借りてくぞって……司令官は貴方ですよ。まあいいです。おおむね賛成ですが、騎兵は全て出すおつもりで?」

「ああ。念には念をって奴さ。地の利は向こうにあるんだし、後詰めもいるかもしれないだろ?」

「しかし……それでは本陣が手薄に……」

 コッポラが顔を曇らせる。まったくコイツは何を心配しているのやら。


「何のためのこの陣地だよ。兵数も大差はないし、指揮を執るのはお前だから平気だろ。お前もう少し自分に自信を持ったらどうだ? オツムの弱い俺からすると嫌味にしか聞こえんぞ」

「……承知いたしました。本陣はお任せを」

「ああ、頼んだ」


「大将がいらぬ緊張をすると兵士も緊張するぞ。お前は多少気を抜いてるくらいがちょうど良いんだ」

牽かれてきた馬の手綱を取りながら、コッポラを見やって言う。

「承知しております」

 絶対にわかってないぞアイツ。コッポラは歯に衣着せぬ物言いをする割に自己評価が低い。本人からすれば慎重を期してるだけかもしれないが、もう少し思い上がってもいいと思う。

 まあ今すぐ考えるべきことでもないか。目の前の事に集中しよう。



 待ち伏せ場所に着いたのは翌日の昼過ぎだった。薄汚れた灰色の岩肌が眼前に立ち塞がっている。ここは開けているが、少し奥へ進むと急に道幅が狭くなる。谷から待ち伏せ場所はほぼ見えない。横槍を入れるのにここまでうってつけの場所もないだろう。

 コッポラ程上手く出来るわけではないが陣をはった。案の定上手くは出来なかったが、休めれば良いだろう。どうせ敵を追い払ったらすぐに引き払うのだ。そこまで凝る必要はない。


 さあ準備は整った。なにかあれば、谷の中程に配置しておいた密偵から連絡が来るだろう。後はそれを待つだけだ。



「将軍。そろそろ来る頃ですかね」

「ああ、待ち始めて三日だ。もうじき来るだろう」

 こんな会話を昨日も交わしたような気がする。まあ少しゆっくりしているようだがまだまだ予想の範囲内だ。今日あたり来るだろう。多分。

 その時だった。



 突如どこからともなく蹄の音が響き渡る。待機していた兵達が一斉に自分の馬へ向かう。


 近いな・・・密偵から連絡はないし今まで何処に隠れてやがった!


 しかし妙だ。音の聞こえ方に違和感を感じる。横からではないのか。ここで一つ突飛な考えが俺の頭をよぎった。



 まさか、上?



 そんな馬鹿な。だってあんなに高い岩……肌……



 上方へ目をやった俺が見たのは鎧兜を着込んだ敵の重騎兵だった。

 あっけにとられて瞬きをすると、敵は高さ数十トルスはあろう崖を降り始めていた。



 訳がわからない。わからないがやるしかない!


 「狼狽えるな! 敵は千騎程度! 一人ずつ確実に仕留めろ!」

声を張り上げて、敵と味方の様子を交互に確認する。


 その最中、俺は敵中にあるものを見出した。


 双戦斧ツイン・ハルバードの紋章、こんなに早くコイツと再会するとは。出来れば二度とお目にかかりたくなかった。


 俺達はまんまと担がれた訳だ。最悪の気分だな。ベンシブルの一部族と思って待っていたのが


 アメルセア王国近衛騎士団の生き残りだったなんて!



 気づけば敵は地面にたどり着いていた。あんな無茶をしたのに、人も馬も生き生きとしている。

「正面から打ち合うな! 左右に散って横槍を入れろ!」


 こちらの兵士は俺の指示通り横槍を入れにかかったが、そのような小細工ではこちらの被害を減らすのが精一杯で、勢いを削げようはずもない。

 一人、また一人となぎ払われていく。

 さながら竜巻だ。我らがいくら足掻こうと抗いようがない。

 敵は部隊を蹴散らすと、そのまま街道に沿って突っ走っていった。



「なんなんだあれ……」

嵐の過ぎ去った陣地では誰も彼もが呆然としていた。


「アルゼム! アルゼムはいるか!」

「……はっ! これに!」

すぐ傍にいた恰幅の良い将が、我に返って呼びかけに応じる。俺だってぼうっと出来るものならしたい。


「アルゼム、お前は負傷者を取りまとめて一足先にアメルセア領に退け。念のため護衛を千ほどつけておく。俺は残りを連れて急ぎ本隊の救援に行く」

「そうですか……どうかご無事で……」

「わかってるさ」


 急いで部隊を再編し、来た道を取って返す。そう、ぼうっとしてる暇などない。奴らが走り抜けた先にあるものは一つ、コッポラ率いる歩兵一万四千のいる本陣だ。

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