第4話 ハザマ町のパン屋さん②

 お姉さんが言うには、ここは羽佐間町だけど、俺たちがいる世界とは少しだけ位置にある『狭間町』と呼ばれる町らしい。

「ここに住む人たちはみんな普通の人間だったの。だけど、いろいろあって普通じゃなくなったから、普通の町に住めなくなった。だから、この普通は見えない町で暮らしてる」

 『普通』がゲシュタルト崩壊してきた。


「そして、この店の入り口はそんな狭間町の商店街と繋がっているんだ。一応、いろいろ調べてみたし、聞いてもみたけど、ここにいるみんな、この世界がなんであるのかよくわかってないみたい。気づいたら、自然とこの町に集まって暮らしていた、そんな感じ」

 あまりにもファンタジーすぎて理解するのが大変だけど、今はその考えで納得するしかなさそうだった。明らかにCGとか白昼夢とかでもない。

「お姉さんは……」

「これでもごく普通のお姉さんだよ。尻尾も羽も生えてません。なんなら触ってみる?」

「い、いえ……大丈夫です」

 お姉さんはふふっと笑う。俺は恥ずかしくなったので、皿の上のスコーンを一つ食べた。サクサクとした食感。生地の甘さとクランベリーのすっぱさの絶妙なハーモニー。そして、女性三人に囲まれいる優越感。かなり素晴らしいティータイムだ。


「ということで、ここは“ちょっと”不思議な場所にある普通のパン屋さんだけど……どう?不気味かな?」

「面白そうな町、ですね」

「そっか、良かった。あっ、そういえば、名前まだ聞いてなかったよね。それにあなたの用事も」

 そうだ。当初の目的をすっかり忘れてた。

「あっ、その前に私たちから自己紹介すべきだよね。私は藤堂幸とうどうさち。こっちの金髪の子はリイで、こっちの小さい子はアンナね」

 この二人もなんというか……。

「アンナだよー。よろしくね、えっと……」

「俺は板更歩って言います」

「よろしくね、アユムー」

 アンナがぎゅっと俺の右手を握る。かわいい。すごくかわいい。一人っ子だけど、こんな妹がいたらいいなと思った。待て、俺がいない間にあの二人、まさか……いや、やめとこう。なんか複雑な気持ちになる。


「歩くんはうちの店に何の用だったの?」

「あっ、俺と言うか、うちの叔母がここの……じゃなくて、本当の羽佐間町の町内会長をやっていまして。払っていない家賃が相当溜まっているから、払ってもらえるよう頼んできて、と……」

「うっ……」

 俺が来た理由を聞くと、藤堂さんは青ざめた表情で視線をあちこち宙に浮かばせる。


「あぁ……家賃ね……。うん、もうちょっと待っててもらえると嬉しいなぁ……」

 これは相当厳しいやつだな。

「ちなみに今ってどのぐらい溜まってましたっけ……」

「3年分ほど」

 俺もそれを聞いてめちゃくちゃ驚いた。それだけの額の未払いを許せるうえに、賄える叔母さんは一体何者なんだ。

「そ、そうですか……」

 がくりとうな垂れる。そりゃ、そうだよな。叔母さんが言ってた。「元々はね。あの店、年配のご夫婦がやってたのよ。それからいろいろあって今はお孫さんが一人で引き継いだみたい。これからいろいろ大変そうね~」って。俺ならいきなり心が折れそうだ。


「まぁ、叔母さんもすぐに、とは言ってませんでした。ただ、今はギリギリのところでなんとかしてるから、出来るだけ早くとのことです」

「必死に頑張らせていただきます!」


 と、用件を伝えたところで、俺はある疑問を尋ねることにした。

「藤堂さんは普通の人なんですよね?」

「うん、正真正銘ただの人間。先月まで東京でOLしてました」

 ぱっと見、普通の明るいお姉さんって感じだもんな。年齢は……今は聞くべきじゃないか。


「じゃあ、この子たちは人間ですか?」

 裸で現れた金髪美少女。変な世界に繋がってる店。人外だらけの客。引っかかるポイントが多い。


「この二人はね……、“パン”なの」

 藤堂さんは少しもったいぶった素振りを見せて、そう言った。


 へぇ~、パンなのか……パン……パンねぇ……えぇっ!?

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