第25話2-3-2.日常は流動的に―――唯一無二の存在

ん?


「おう!もけ!待たせたな!早く行こうぜ!」巨大ブロッコリーが人ごみをかき分けて近づいてきた。


おおおお!助けが来た!アフロのくせに!助けが!


「ブロ、・・あ、アフロ!ああ。待ったよ!行こう」アフロはブロッコリーと呼ばれるのを嫌がるのだ。

結局ほとんど食べれなかった・・・さっさと食堂を出ていく。


―――つい先日、“ジュウェリーズ”に襲撃された例の中庭だ。アフロと二人で小走りで逃げていく。

なんだ、今日はおかしな連中がウジャウジャわいてくる。


キャーキャーと、まじでうるさ~い。

「サインしてくださー・・・」

「すげ!神だ!神!神!」

「これ食べてく・・・」


あーうざい。集団催眠か何かか。

仕方ない離脱しよう。

魔力を集中・・・僕はアフロのベルトをしっかり持って。


“加速一現”で急速離脱だ。


あっという間にはるか上空だ。取り残された連中が右往左往しているのが見える、まったくウジ虫どもが。


「ブホッ、ブホッ、もけ!もけ!か、加速しすぎだ!殺す気か!」

ん?なんだこの感じは。


「ああ、ごめんごめん。アフロ。でも離脱するべきだっただろ?」

「あほか!背骨折れるわ!」

ん?なんだ?


「あれ?さっきのセリフどっかで聞いた気がするな」

「それは既視感というやつだ!もけ!そしてそんなことどうでもいい、どっかに降りてくれ。・・・そっとな!」

仕方ない校舎からだいぶ離れたところに着地しよう。


「既視感か。映像まで一瞬見えたんだけど、こんな会話したことないよな、アフロ?」

確かに一瞬、夜の城が上空から見えたんだが。僕は何かに抱きかかえられていた?



―――さすがに周囲にはだれもいない、降魔六学園の敷地のかなり北の方だ。ほとんど森の中に着地する。

「キエ―――!そろそろ困っているだろうと思ってな、もけ」

「ああ、助かったよ。集団催眠か何かのようで危なかった。・・・音速で攻撃するところだった」

さも予想通りといわんばかりだ・・・アフロめ。


「ハハハ、だろうな」

「全くロクなことがないよ、僕の人生は不幸なことこの上ない」


「しかしだな、もけ、昨日の朝ぶりだが、つまり夕方おまえを探してもいなかったし会えなかったが。臨んだ形でないにしろ優勝はめでたかろう。予選の優勝とはいえ間違いない、全国で優勝するよりも難しかろう、なにせ桔梗を破ったからな・・・自信を持てい!」

「想定外だよ。なにもかも前倒しにしなくてはならなくなってしまった」

アフロは明後日の方向をみている、僕と話すときはよくこんな感じになる。


「10月のインハイの個人戦で結果を残すと言っていたが、高校生世界チャンピオン桔梗ですら対処できぬあれほどのレベルの隠し玉だらけとは恐れ入った・・・話せる範囲で注釈を聞きたいところだが」アフロは悪そうにニヤッと笑う、こういう流れは嫌いじゃないのだ。

「僕の生涯二人の友人の内の一人にそうそう隠すことはあまりない」


というか僕も少し話したかったのだ、あまり情報を漏らすのも心配ではあるが。

「まず僕は竜の召喚士であることを隠していた、隠した方法は報告も検証もされていない方法だから、まず今後もバレないだろう。竜殺属性の槍については。まず僕の竜は甲竜なのさ」秘密主義の僕が自分を語るのは珍しい・・・今後も滅多にないだろう。

「甲竜か」

「そう、甲竜は竜族最弱。だが弱点は強みにもなる。最も進化した、あるいは最も退化したのが甲竜や飛竜と言われるけど、飛竜は知能が低く防御力も低いが飛翔能力が高く単発だがブレスも吐ける。魔装鎧をまとう本体にはそれほどの能力低下はない、普通の竜と比べてね。甲竜がなぜ弱いか。まずブレスが吹けない、爪がない、牙もない、翼がない、そして属性がない、飛竜に比べれば防御力は高いが通常の竜族より高い能力はない。本体は魔装鎧を纏えば他の竜族とそれほど遜色そんしょくないが、属性がないということは使える術の種類はひどく限定される」

「うむうむ、それで?」


「甲竜はTMPAもあまり高くならないがこれは強引なレベルアップで補う。桔梗の竜がレベル90なら僕の竜はレベル180ってところだ」

「なるほど、もけの竜は第3段階終盤か。鍛えるのに地獄の特訓を継続して15、6年はかかる」全く驚かずに冷静に僕の突拍子もない話を聞けるのはさすがだ。


「そう、それにもヒミツがあるけど・・・そして属性はサブ属性として付加するわけだが。検討の結果、僕の甲竜には月属性の一種である竜殺属性が付加できたわけだ、これは火や水、土などの普通の属性を持っていると付加できないようだ」

「なるほど無属性ゆえに魔族しか扱えぬ竜殺属性を後天的に使えるようになったと」


「そうそう、さすが話が早いね。竜殺の魔晶石はこの世に三つしかない、すべて国宝だ。持ち出して検討もできない、しかし竜王の墓地で見つけたのさ。四つ目の竜殺魔晶石とその武具を」話すことで僕の中でも情報が整理されるようだ。

「なるほど竜殺の上級魔族の心臓が3ではなくて4、現存していたわけか」


「それから桔梗は僕が近接戦闘タイプだと分かっていた、つまり僕を倒すには遠距離攻撃をもっと混ぜるべきだったのさ」

「それはもけが早すぎるからだろう?目で追えないスピードだ」後ろで手を組みアフロは目を閉じて話している。


「そうとは言えないさ、明らかにわざと接近戦で桔梗は戦っていた。そういえば中央病院の桔梗は目が覚めた?」桔梗にあげた魔晶石には印はない、次は用心深さを増すだろうし。

「その情報はない、お前の方が覗き見れるだろ?」


「ちょっと遠いな、印もないし」あんまり見たくもないのだ・・・僕は軽く頭を振る。

「それよりも、もけ。気づいているか?第3高校の1年生が死体で発見された話しだ。どうもキナ臭い」アフロは緑のアフロをかきあげている、


「ああ、気づいたよ、遅ればせながらついさっき遠隔視でね。緑川尊でしょう?」

「竜族の召喚士を学園の結界内で殺害するのは困難だ、まあしかしだ」アフロは意味深にチラッと僕を見る。

「そう。しかし、結果DD-starsとホーリーライトと第3高校の有志数百人は犯人特定のために昨日の予選どころではなかった」やっと合点がいったわけだ、第3高校は予選にほとんど参加していなかったから。

「連中は警察が来る前に調べようとしたわけだが、それで犯人の目星はついているのか?もけ?」

それはまだまだ情報が少なすぎる・・・。


「情報がもう少し欲しいね、検討するには。今ある情報だけでは犯人像は不明だね。そもそも殺害する動機が思いつかない」これは本当だ、いくつか検証しないと。

「犯人という言葉を使ったな、事故でなく自殺でもないという確証は?」

「緑川尊はひょうひょうとしているが、非常に優秀な人間だ。事故の線は皆無。自殺は長いこと見ていたがドラゴンディセンダントの未来を見据えていた男だ。ありえない」

カラオケ行こうとか言っていたしな・・・アフロは初めてこっちを振り向いた。


「もけ。俺の掴んでいる情報だと、緑川尊は全身を細かな火炎系魔弾で数百か所貫かれていたそうだ、これが死因だ、防御創は無い。それどころか魔装鎧を着装した跡がないそうだ」

それはおかしいな、彼らしくない。

「それはおかしいね、秋元キャサリン未来との戦闘でも一瞬で着装して距離をとった。その後わざと秋元未来から一撃もらって彼のミドルシールドは消し飛んで緑川本人は無傷だった」


「なるほど、格上に対する初手としては合格、さらに格上と知りながら力量を正確に図る術もある・・・か、TMPAは?」

「TMPAは18000、雷竜の一種である風属性の竜だ」

「キエ―――!竜族には精神感応系の術は一切効かない。不可解な点が多いではないか」

「もう少し情報を集める必要がありそうだね、アフロ」


まあ緑川尊のことはとりあえずおいておこう・・・少し話を変えよう。

「それよりさ、大変だったんだよ今日は、なんだか色々と。わけのわからない毒だらけのプレゼント群。ニヤニヤ笑いながらこっちを見てくる集団催眠にかかっている集団、あと最悪なのが目が合うだけで倒れる女子が数人だよ―――」今日あった不可解なことのほうが僕には問題だ、少し相談しておこう。


少し困った顔をしているが実際は全然困っていないアフロが解説してくれる・・・。

「―――だからな、もけ、昨日、桔梗を倒して優勝したお前は第6高校の英雄に祭り上げられているわけだよ、つまりその行動の基は好意に分類されうる感情だ、もけに毒を盛ろうとか笑いものにしようとかナイナイ」

「好意って。もともと僕への殺意を10とすると桔梗を倒した好意が2とすると殺意が8に減るという意味でしょう」緑のアフロをたなびかせているアフロは、概ねいつも正しい、が、よくよくわからない時もある。


「それはちょっと違わんか?殺意というか悪意という言い方に便宜上言い変えるが悪意5と好意5は共存し得るぞ、悪意と好意は足したり引いたり難しかろう。さらにお前、学園中の人間ほとんど全員から悪意MAX10をもらっていると思ってないか?」

「ちがうの?よくわからないけど、好かれる理由こそ全くない、僕が不幸になればみんなうれしいでしょう?現実に嫌われているじゃないか」


「・・・現実をみえてないのはお前のほうだ、バカモノ。ほとんどのこの学園の全員はもともとお前になど興味はない、悪意ゼロ、好意ゼロの状況だ、それが好意5から10の間くらいになった連中が増えたわけだ」そういうものなのか、どうも数字が緩く設定されている気がするのだ。


ではこういうことか。


「では今日、クッキーとかの包みを複数もらったが、その10割全部に毒はなく、2割ぐらいに毒が混入されていると思えばいいか、教室の机の中に押し込んできたけど」

「キエー!嘆かわしい、2割もあろうか!もっとずっと少ないわ!つか毒なんてはいってないわ!現実を見ろ、賢いのであろう、好意の存在を完全に消し去っとるからな、もけは。人は悪意のみでできてはおらん」どうも納得いかない。


(でもねえ、アフロ、理由はどうあれ5歳の時に僕に毒をもったのは僕の専属メイド10人のうち2人が犯人だったんだよ、2人ともとても僕と仲が良かった)


アフロはさらにため息をつきながら話している。

「ふー、もけと目が合って倒れた女子というのはだな、うーん、もけにはうまく伝わらないだろうが、絶対に訴えては来ないぞ。逆に喜んでる可能性が・・・」


じゃなんで倒れるんだよ・・・。


え?

ガサッ!!

―――その時、突然後ろの茂みから何かが飛び出した。

・・・僕の感覚をすり抜けるとは、気配を完全に消せる野生動物並みのレベルの隠密系能力者か?


「グモ―――!!グモ――!」

「えぇえ?」まじで驚いた。

「キエ―――!」

「グモ―――!!」

「キエ――――――!!!」

ナニコレイッタイ?


僕とアフロ、二人とと対峙しているのは四つ足で歩くダイブツくんだ、ブレザーは破れて泥まみれだ。

問題児しかいないZ班でなお問題児だ、TMPAは1500で最弱、戦闘力は一般人と変わらない。

ダイブツくんとアフロが威嚇し合っている。


「キエ――!いかん、ダイブツくん、完全に野生化しとる!」何を言い出すんだアフロ。

「いやあの、ダイブツくんて僕なみに貧乏で裏山で自給自足しているうわさは聞いていたけど。マジなの?野犬と戦っているとかいうの・・・冗談じゃなくって、マジだったの?・・・これは・・・何かの魔術ですか?」いやなんの魔力も感じないぞ。


「キエ――!ダイブツくんは自己投影してそれになりきってしまうのだ。魔術ではなく自己催眠に近いのではないかと分析するのだが。最近、狼王ロボなる本を読んでいたからな、関係あるかもしれん」

いえいえ、読んでいたからなんなんだ。

「・・・召喚士じゃなくって役者向きかな」なんか自分でもずれた発言だな。

「キエ――!どうもダイブツくんの縄張りにはいってしまったようだのう、このまま目をそらさず、我々は後退を開始する」

「あぁ、うん」



―――なんとか野生化したダイブツくんをまいたようだ。

「ビックリするわ、アフロ。あそこまでとは」

「中1の時、同じクラスであったからな。間違いない。安心しろ、ダイブツくんは唯一無二の存在だな。いやあ間違いない」


「あはは、Z班は問題児だらけだけどね」


む?手を広げてなんの演説が始まるんだ?

「・・・うむう?もけが笑うのは初めてみたのう、キエ―――!そうこの小生は世が乱世なら天才軍師・・・いまは凡人、おまえは対人恐怖症の人間不信王子。オールバッカ―はチンピラにもなれず成績も極悪だが召喚獣も弱く女ったらし。青木小空くんは実家はお寺でお金持ち、将来の夢は詩人、召喚獣の名は銀河爆裂、その能力は石化、ただし自分のみ石化する悩ましい能力。星崎真名子を呈する言葉は放送禁止用語しか思いつかん、まあよくてメンヘラ女。黒川有栖はガチでもとレディースの特攻隊長、筋金入りの不良娘、見た目は外人モデルみたいなんだがのう、残念ながら感覚合一前である、召喚士ではない。村上君はいいやつだ、緊張しやすいが良心がある紳士だ、身長205㎝、魔装鎧は特殊系で獣人化する・・・これが問題だ、非常に珍しい特殊魔装でTMPAが上がる代わりに知能低下しすべての試合を相手に噛みついて反則負けしている。そしてダイブツくん、理解を超えた唯一無二の問題児。それらすべてを束ねるZ班教官は鳥井大雅先生、熱血と正義を愛し、生徒を無理やり守ったりするせいで1高をクビになり4高をクビになり6高もクビになる寸前だ」一度にすげえ喋れるんだね、感心するよ緑アフロ隊長。

「うんうん、さっぱり役に立たないね、全員」


「・・・はあはあ。ま、とにかくだ。もけ。優勝はめでたい。優勝したせいでランチを食い損ねたのであれば明太おにぎりくらいはくれてやろう、俺も昼メシまだなんでな、部室で待っとれ、もけが売店に来るとまた数人倒れるであろうからな」クククッと笑われてもな、しかし珍しい、おごってくれるのか?アフロ?料金は別か?つかなんで倒れるんだ?

「おごってやろうではないか!そんな目で見るな、人間不信金欠ダメ王子め!」む?僕の無表情なはずの表情を読まれたか、しかし上手いこと言うな相変わらず。



―――あれ?売店へ行ったアフロと別れ、部室として間借りしている旧美術講堂が見えてきたが入り口に人影がある。

薄く青いジャージを着たタイガーセンセ26歳独身、巨乳だ、何してるんだろ?


おや?目がいいな、僕に気づいたみたいだ。

なんとなく僕を呼んでるっぽいので少し加速し近づく。

「おーい!おーい!じんめちゃん、あの、ちょっとちょっと来て、・・・あのね、じんめちゃん。先生ね、あなたがいきなり部屋からいなくなると心配するでしょ、わかる?心配って?」僕を非難している割には全く圧がないしゃべり方だ、なんだろう?調子悪いのかな。


「テーブルに5000円置いていって、どういうつもりなの。あと鍵をかけたままどうやって先生の部屋から出たの?説明してくれる?テレポートなんて言わないよね?眠ったミランダは絶対起きないし」

「あ、テレポートしました。覚醒魔法です」僕はさらっと話す。タイガーセンセは疑問があるだけで怒ってなさそうだ。

「て、テレポートってかるぅく言うけどさぁ、じんめ君。難易度知ってるの?・・・まあ君ならあり得るのか。すごいね、テレポートできるのか」

そんなことでいちいち驚かれてもな。

「すみません、お二人ともよく寝ていましたから起こすのもあれですし」それかテレポートで出るのはマナー違反なのかな。まあタイガー怒ってなさそうだからいいか。


左右をちょいっと確認しつつタイガーセンセの顔がずいっと近づいてくる、凛々りりしい美人だからモテそうなのに熱血の性格に問題があるのかな。

「じんめ君、つかぬことをお聞きしますけど・・・先生起きたら、・・・下着姿だったんだけど・・・なにかした?」いやいやいやいや、あなたが勝手に脱いだんでしょ。妙な疑いはやめてくださいよ。

「し、しませんよ」それ以外なんて答えるんだ?


「してないの?何も?・・・なんっにも?」視線を全くそらさないなタイガーは。

「ええ、何も」としか言いようがない。


さらにタイガーはずいっと僕のほうに寄って来る・・・近い・・・顔があたるじゃないか。

「・・・まあそれはいいわ、それより実はね、第4高校の花屋敷さんね、先生への裁判というか訴えを全面的に取り下げるって言ってきたのよ。・・・驚きでしょう?」

「ええ、昨日きいた花屋敷さんの件ですよね、よかったですね。ええ驚きましたよ」それはよかった、城嶋由良のところまでいやいや行ったかいがあった。予想外の方向へ話がいったからダメかと思っていたのだ。よかったなあ。


「いいことって続くわね、と、思って」

「いいこと続くなんてすごいですね。僕はロクなことがなくって、まあでも先生に落ち度はさすがに今回ないわけですから当然と思えばよいのでは?」今日はジッと見つめてくる人多いな・・・。顔近いんだって。


「タイミングが良いと思いませんか?君に話した次の日よ?裁判の取り下げがよ?」

「訴えるのも気力がいるし飽きたんでしょう。きっと」食事の礼がしたかっただけだし、もともと取り下げる気だったかもしれない。近くで見ると結構きれいな目してるよなタイガーセンセ。


「女性の集団って怖いのよ、集団心理って束縛されると抜けるのは大変よ」

わかってんじゃないか。

「わかっていてロードクロサイトにケンカを売らないでください。今後は危ないことにクビを突っ込まないように、先生」

タイガーセンセはずうっとジーッと僕を見てくる、瞬きしてるかこの人?

しかしなんだろう、でも不思議とそこまで嫌な感じがしない。


「では、この花屋敷さんの裁判取り下げの件については何にも知らないのね?じんめちゃんは」

「知るわけありません」

「花屋敷さんではなくて城嶋由良さんから直接電話があったのよ、本来ならお会いしてお詫びしたいところですがって前置きでね」あの子、城嶋由良はかなり賢かった、きちんと僕の伝えたかったことを理解したわけだ。

「それはよかったですね、城嶋由良さんはアライアンスのトップですからね、先生の件は片付きそうですね」厄介ごとはなるべくごめんなのだ。


「・・・ところで、昨日のごはんはおいしかった?」

「あぁあ、それは、す、すごく、至福でした、全部おいしかったけど。焼きそばすごかったです、甘いし辛いし・・・なんか」

「今日も来ない?いつでもつくってあげる・・・毎日でも」

ん?なんでこんな優しいんだ?


何か妙な雰囲気のタイガーは左手を僕の肩に乗せてきた。

「おいしかったんでしょ?焼きそば程度で・・・あんな涙ぐまれたらもう・・・もう本当はおかしくなりそうだった・・・また食べに来ない?」重要な質問だな、回答次第ではたまに焼きそばをタダで食べさせてくれるかもしれないじゃないか。

「いえ、あんまりご迷惑かけられないのでと言いたいですけど、どうしても絶食で空腹で厳しい倒れそうな時だけ先生の邪魔じゃなけれ・・・え?」ん?なんかタイガーセンセに突然抱きしめられている気がする。


えっとどういう状況?

「セ、センセ、あ、あの」

「先生は結構強いのよ、乱取りでもする?」耳もとでなにを言い出すんだ?

「ああ、ええ、知ってますよ、先生は高3のインターハイ、個人戦3位でしたよね、こ、この格好から乱取りするんでしょうか?締め技です?か?」

質問には全く答えずにタイガーセンセは続ける。

「城嶋由良さんとね、さっき言ったけど朝すこし話したのよ、思ったよりずっとまともな子で驚いたけれど、お礼を言うならじんめちゃんにって言われたわ」むう、余計なことを適当に取りつくろうか。


「そうですね、先生。人間の選択肢なんてなにがきっかけで変わるか分からないということの一つの現れですね」

「それだけ?先生に言うことは?」耳元で話されるとくすぐったいんだけど。

「それだけですけど?」

「じゃあもう何も聞かないわ」そういってやっとタイガーセンセは僕からやっと離れた。


「何も聞かないから聞いてくれる?・・・不思議だわ、とても不思議なの。先生ね、いままでお付き合いした男性は数人いて全員年上なんですけど、あ、今はフリーよ。それで別れた理由はね、どうしてこの人はこうしてくれないんだろうとか、どうしてこの程度の気配りも思いつかないんだろうとか、私のことを全然優先してくれないだとか、まあそんな理由なんですけどね。自分の浅ましい恋愛論は根本的に間違っていることに今朝気づいたのよ」なんのこっちゃ?続きあるの?

「自分がとにかく、この人にこうしてあげたいとか、どうしても助けたいとか・・・こんな強い思いは今までなかったのよ。わかる?」え?聞かれても。

「ええ、なんとなく」なんとなく、さっぱり全然わからんな。


今度はやや真面目な面持ちになったぞ。今日はどうしたんだタイガーセンセは?お腹空いているのかな。

「ちょっと一応ききたいんですけど、じんめ君?教師の質問にはきちんと答えてね?生徒なんですから!男性と女性どっちがすき?」何も聞かないって言わなかったっけ?

「え?なんですか?じょ、女性ですけど?」

「男性は恋愛対象になりうる?」

「はい?なるわけないでしょう?」ならないでしょう?

「そう・・・。では年上の女性は恋愛対象になりうるの?」年上の女性をとりあえず何人か思い浮かべてみる。

「・・・そうですね。ぜんぜんなり得ますよ」タイガーセンセはなんかうんうんうなずいている。こういうところは熱血教師っぽい。


なんだろう僕は会話が長いと疲れるのだが、ほとんど疲れないな。

「・・・そう、あの、今度じゃあ、何が食べたいの?何でも言ってみて?じんめちゃんは何が好き?」

「あ、焼きそば食べたいです。あの野菜と肉が入ってるやつがいいです」

あれはまじで世界が変わるおいしさだったのだ、料理上手いんだな、この人。


「そう・・・安あがりね。君は・・・、テレポートできるなら警備の目もごまかせるよね」なにをゴマかさせる気なんだ?話がよくわからないが。

「あ、先生の教員マンションは男子禁制でしたよね、バレるとまずいですもんね?」

「大丈夫、大丈夫。ミランダなんてね、何人のお・・・いえ、何を言わせる気ですか」

「僕は何も・・・」なんだろう、今日はタイガーセンセ終始変な感じだ。


「・・・まったく、こんな落ち方するの初めてだわ」


「とりあえず一つ決めたわ。もう助けない、大事なもの以外はね。どうでもいい人にかまけている時間はないわ、わかるよね?意味?」

「あ、はい」全然わかりません。

今後はカツアゲされている生徒を助けないのかな?どういう意味だ?大丈夫か?このセンセ。

やっぱりタイガーセンセはわけわからん。

まあ元気そうだからいいか。




―――しばらくすると部室に部員が集まってきた。


何やらみんな、話しかけてくる。

「おうおうおう、もけちゃん、いや予選優勝したし、もけ先生か。いや違うか。もけ大先生、しっくりこないな。けも大先生か?」いや。けも大先生ってなんだよ、オールバッカ―。

「あの、いつも通りでいいよ。オールバッカ―」

「おうおうおうおうおう!すっげえヨ!じゃあ、もけちゃんで。・・・ただもんじゃねえって思ってたんよ、おれっち。おれっちの目に狂いはねえぜ、桔梗ぶったおすなんて大ごとだぜえ、すかっとしたぜえ」褒めてるんだよなきっと。


「あのね。この度は初めまして。おめでとうございましたってニャンブ―ちゃんが言ってたの。では、ありがとうでございましたですって」丁寧だけど・・・どういう意味やねん。あ、今日は鼻血でてないんだ星崎さん、裸足だけど。

「あ、うん。そうだよね」

「話すときはニャンブ―ちゃん東京の方角がすきだから」といって僕を睨みつつ何事もなかったかのように去っていく。いつも通りだ。やっぱり落ち着くなこの部室は。


「もけさん、すごいじゃないですか、学園中、もけさんのことで持ち切りですよ。もう今日はいくらでも貸しますよ」貸すんじゃなくってくれよ、青木君。500円でいいんで下さい

「本当にすごいです。尊敬します。もけさん。応援しすぎて声がガラガラです、そんなに苦労していたなんて。気づかなくてごめんなさい」あの?僕がなんの苦労をしているのか分かるのかなあ、村上君は。しかし丁寧な人だ。

青木君と村上君だ、相変わらず大抵一緒にいる。身長150㎝の青木君と205㎝の村上君の凸凹コンビだ。団体戦では中堅ダブルス担当だ。大抵隅っこでオセロか将棋をしている。


「いやあ、もけ。すまんな予想して然るべきであったが、すでに校内の売店は売り切れておったので時間がかかった」そう言っておにぎりを二つ僕に渡してきたのは、緑アフロに黄色いツナギのブロッコリーのような緑アフロ隊長の御帰還だ。

「いやあアフロ、ありがとう。お腹すいちゃって」

「えええ!じんめ君、お腹すいているなら言ってよ、先生いろいろ用意したのに」なぜかタイガーセンセは僕に異様に優しい、なにか裏があるのか?


ダイブツくんは来ない、野生化しているので仕方ない。来るわけがない。これで残りメンバー全員か。


ああ、もう一人来た、つかまた全員集まるかも。珍しい。

「チューっス。すごいじゃん。すごいじゃん。どけ!オールバッカ―!・・・オトコオンナちゃんセンパイ。このチームからねえ、優勝者が出るなんてさ。すごいじゃん。なんか鎧もヤリもすっごいイケてんじゃん」あの、オトコオンナちゃんセンパイって僕のことですか・・・黒川有栖ありすさん。

「あ、ありがと」

「オトコオンナちゃんセンパイ、すごい神ってるよ、あたしすげえ奴は見ればわかるんだ、ゲキ気合入ってるし。ビリビリ痺れる。無敵じゃんよぉ」身長178㎝の黒髪ロン毛で手足は長くスタイルはとても良い。ブレザーを着崩しているが元がいいから様にはなっている、ただし超不良女だ。召喚獣がまだいないため、このままだと9月に放校になるこのチーム唯一の2年生だ、あとは全員3年生だ。



―――なんだかお菓子を囲ってのオヤツ会みたいのが自然とスタートしてしまった、タイガーと青木君が買いに行ってくれたのだ。

タダ飯はありがたい。夕食分まで食べてしまいたいのだ、食べれるときに食べる野生のおきてだ。


「もけは本戦、つまり全国大会出るのであろう?6日後の金曜日の」

「出てもいいケド、中間テストと重なるしさ。これ以上目立つのもまずいしどうしたものかと思ってね」

「もう十分目立っておるし、桔梗の出ていない全国大会だ。当然レベルは低かろう」

「それはそうなんだけどアフロ、インハイまで考えると来週戦うのは戦略的にどうかと」

「オトコオンナちゃんセンパイならヨユーじゃん。全員ぶっちぎっちゃえばイイじゃん」黒川有栖は馴れ馴れしく僕に肩を組んでくる。

ふう・・・僕はスックと立ち上がる。一応あれだね。

「黒川有栖さん、ちょっといいかな」と美術準備室へ彼女を誘った。



―――「なにセンパイ、こんなとこ連れ込んで・・・まさかエロいことしないよね。まっさかね」しかし背が高いな。黒川有栖は、身長逆だったらな。顎を引いてはにかんだ様に話す彼女は外見だけは本当にいいな、と思う。


さっさとすまそう・・・僕は彼女の問いを無視してブレザーの上着を脱ぐ。


「え、・・・じょ、冗談でしょ、ま、マジ?今?」

「鍵かけて・」


「え、え!カギってそういうこと?マジか・・・外に人、人いるし」

「早く」


「いやイイケド、でもまだ付き合ってるわけじゃないしサ、あたしたち」

「鍵かけて。入ってくると困るから。声も大きい」


美術準備室は狭くて暗いが、まあその方がいい。

「こ、こ、ここでセンパイと?イヤじゃないケド、順番とかそういうのあるじゃん、まあ、あたし的にはあんま気にしないけど」そんなに小声にならなくてもいいけど。

「早く鍵かけて」

「ああ、うん、かけた、かけました」

さっさと僕はシャツも脱いで上半身を露わにする。

「あ、ぁたしも脱ぐ、脱ぐんですか?け、けっこう積極的・・・センパイ」

「いいから触って」四の五の言わず僕の左肩に有栖の右手を押し付ける


「・・・なにこれ熱い!あちち」とっさに有栖は手を引っ込めようとするが僕はそのまま押し付け続ける。

「センパイの身体、熱すぎる、火傷するって」大げさだよ50℃程度だ。


これから話すことはどうせ有栖の予想を超えた話しになるのは目に見えている、まあ作用があり反作用がありこの会話にどれだけ意味があるか知らないが。。

「左肩だけだよ熱いのは」

「え、センパイの身体、大丈夫なの?燃えるみたいに熱い」

「僕の左肩には11歳の時に埋め込まれた呪詛がある」

「じゅ、なに?呪詛?」


「これはアフロ隊長にしか話してない、僕の秘密だ。僕の左肩には死の呪詛がある、解呪はほぼ不可能だ。切断も無理・・・発動してしまう」


「・・・呪詛、死の呪詛?」

「そう死の呪詛だ。恐らく僕はこの呪詛のせいで年内の命だ。助かる確率は極めて低い」


「・・・助かる確率?死ぬ、の?」

「そう助からない。この呪詛は解呪できず僕は助からない、心臓が止まった後も呪詛は続き蘇生も不可能だ」


「ど、どうして」

「どうしてかは問題じゃない。どうするかだ、黒川さん」

「どうするか?」

「呪詛が発動すれば6秒後に僕は死ぬ。何万という方法を調べたが、唯一、触媒法で寿命が延びる」


「・・・6秒後に?なに?触媒ほお?」

「そう。この僕の長い髪の毛を触媒にする。呪詛発動後に覚醒抗術で対抗すれば髪に呪詛が一時的に滞留して寿命が6秒から40秒に伸びる」


「・・・40秒に?」

「その40秒で呪詛の発動者をみつけて殺す、だから僕は結界の中ですら遠隔視できる。そして音速まで加速してそいつと刺し違える」

「・・・刺し違える?」


誰にも話していないことを話す気になったのはどうしてだろう・・・アフロにも正確には言ってないのに。最近の劇的な変化が僕の内面にも影響しているのだろうか、顔を隠している間はとても誰にも言わなかっただろう。


「僕の髪の毛の長さは命の長さだ。戦い、生きて、ただ死ぬための選択肢だ。だから僕は髪の長いのをバカにされるのは嫌いだ。オトコオンナとか呼ばれたくない。仲間だろ?やめて欲しい・・・まあ以上です」これでダメなら諦めもつく。中学のあだ名でオトコオンナは大嫌いだったのだ。黒川有栖がそれでもオトコオンナちゃんと呼ぶなら、まあそれは仕方ない。


言うことは言った・・・僕は服をなおして美術準備室を後にした。


「か、かっこいい・・・」とつぶやくように準備室から聞こえる、何言ってるんだ有栖は。そのまま有栖は準備室から出てこなかったのだ・・・何故か。


話さない方が良かったかもしれないが・・・僕の寿命は恐らくもう半年ほどだ、伝えてしまっても問題ないだろう。

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