第39話 おもちゃのピアノ

 連続してスカイジェットに乗った後も、目の見えない礼君に合わせて、体感して楽しめるアトラクションを選んで乗った。振り子のように大きく揺れる「バイキング」、乗っている座席シートも回り、座席シートを繋いでいる乗り物本体も回転するたこのような乗り物、缶の蓋のようなものを横にした乗り物に座って、進行方向や逆方向にグルグル回る乗り物、そして、二人がもっとも楽しみにしていた園名物のジェットコースターは5回も連続して乗った。


「ちょっと、休憩しない?」


 さすがに、俺もふらふらになって二人よりも早く休憩を求めた。


「ももこ、おなかがすいたな~」


「ああ、そうだね。どう?礼君は?」と、ほっとしながら俺が尋ねると「ぼくも、おなかすいたな」と言ったので、俺たちは園が見渡せる2階のレストランに行くことにした。

 お昼の時間に近かったが、レストランの座席は半分くらいしか埋まっていなかったので、すぐに、外がよく見える窓際の4人席を確保することができた。


「トイレ、どこかなあ」と桃子が言ったら「ぼくも、いきたいな」と礼君も言ったので、リュックサックをテーブルに置いて、レストランエリアの外にあるトイレに行った。


「あきおじさん、たってするトイレをやってみたいんだけど」と礼君が言ったので、俺は子ども用の小便器の前に立たせて、俺は隣の大人用の小便器で用を足した。礼君も俺もほぼ同時に用を済ませて小便器を離れると、水が小さな音をさせながら流れ落ちた。


「きょうは、ちゃんと、ハンカチもってきたよ」


と、礼君はオリーブドラブのハーフパンツのポケットから水色のタオルハンカチを出して顔の前でひらひらさせた。


「うん。OK」と短く俺は答えて、自動で水が出る水道の蛇口に礼君の手を導いた。結構、高い気温の中でこれだけ遊んでも、礼君の手や指は冷たいままだったし、よく見ると、子どもの手といいながら、細くてきれいな指をしていると思った。両手を流水に擦り合わせているのを見ているだけでセクシュアリティのようなものを感じ始めた俺は、意識的に目を逸らした。



「さて、好きなものを選んでいいからね。桃子はこのメニューを見て選べるかな。礼君は、そうだな、おじちゃんがメニューを読むから聞いてくれる?」


「ももこ、きまった~!スパゲッティがいい!」


「早いな~ 他にもいろいろあるんだからもっと見てごらん」


「ぼくも、スパゲッティがたべたいな」


「ねえ~レイくん、たべたいよね~」


「うん!」


 すっかり意気投合している二人は、乗り物に乗っている時からこんな感じだった。


「そうだな~スパゲッティっていうと…ええっと、ナポリタンでしょ、ミートソースでしょ、カルボ…」


「ミートソースがいい!」と二人同時に言った。


「よし、わかったよ。ええっと、ここのレストランは、向こうで注文して自分で会計するタイプみたいだから、おじちゃんが桃子と礼君のを持ってくるね。桃子は、あそこの給水機から3人分のお水を持ってこれるかな?」


「うん、わかった」


「お盆が見える?あのお盆にコップを3つ載せて持ってくるんだよ」


「は~い」



 俺たちは、そのレストランで食事をして、食後にアイスクリームも食べて、園内マップを見ながら次に乗るアトラクションを決めてから外に出た。


 いくつかのアトラクションを体験しているうちに、みるみるうちに空が暗くなってきて、ついには雨が落ち始めた。


「通り雨だと思うけど、一旦、中に入ろう」


 俺たちは速足でチケット売り場に併設されている建物の中に入った。建物の中は、お土産物が売っていたり、お金を入れて遊ぶタイプのゲーム機が並んでいたり、お金を支払って決められた時間や決められた回数遊べるアトラクションがあったが、どれも、礼君向きではなかった。


「あ、ピアノがある~」と桃子が言うと、一人駆け出して行って小さなおもちゃのようなピアノの前に立って、でたらめに弾き始めた。

 側でしばらく様子をうかがっていた俺と礼君だったが「ちょっと、ももこちゃん、こうたいしてもいい?」と言うと、人差し指で鍵盤を何回か押して、その後にたどたどしいながら右手でメロディのようなものを弾き始めた。


「えええ、レイくん、じょうず~!」


 俺も感心しながらその様子を見ていたが、どこかで聞いたことがある曲のように感じた。


「まだ、れんしゅうはじめたばかりだから、じょうずにひけないけど」と礼君が言って、また、曲の最初から、今度は、さっきよりもあまりつかえないで弾いた。


(なんだか、この曲は、最近、聞いたことがあるような…)


「礼君、ほんと、上手だね~ それに、いい曲だね。それ、なんて曲なの?」


「ノクターン、っていうの。おかあさんが、いっつも、いえできいていて、それで、れんしゅうするようになったの」と弾く手を止めて礼君が言った。


(ノクターン…ノクターン、そんな名前だったか。でも、どこで聞いた曲だったかどうしても思い出せない)


 俺と桃子は、繰り返される短い小節をしばらく黙って聴いていた。

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