ズヨン商会 ショビヒゲとの出会いとギリギリ脅迫。

森の中を何かが走っている。


それは…馬車だった


でこぼこの道を何とも思わないかのようにガタガタと飛び跳ねながら走っている。


 その後ろには色々と荷を積んでいるようで、必死に馬にムチを走らせているが、いっこうにスピードは変わらない。


「だんな様…荷を捨ててしまいましょう…このままでは追いつかれてしまいます!」


 馬にムチを入れながら召使が叫ぶ。


「駄目だ!せっかく大儲けしようと無理して集めたものだぞ?どうにかして逃げ切れ!」


「む、無茶でございますー!」


 召使に無理を言っているのは先ほど司令官に食料を売ろうとしていたちょび髭の男だった。


 彼は国軍が来るという情報を聞き、近隣の村や街から食料を買い占めて、売ろうとやってきた。


 しかし司令官が意地を張って断ったので仕方なく荷物を持って帰っているところに襲われ逃げているところであった。


「だ、だんな様…これ以上は無理です。荷を、荷をお捨てください!」


 なおも召使が叫ぶが、ちょび髭の男はそれでも…


「駄目だ!早く逃げ切れ!早く!早く!」


 ちょび髭の男の叫びも空しく、襲撃者に追いつかれ、召使に止まれと命令する。


 こうなっては仕方ないと召使はやむなく馬を止めて逆らいませんという意味で両手を上に上げた。


 主人であるチョビ髭もそうしている。


 クソッ!あの司令官がケチらなければ大儲けできたというのに…。


 先ほどの司令官の顔を思い浮かべて心の中で毒づく。


「わかっていると思うが、荷を置いていってもらうぞ」


 馬車を止めた男達の一人が、予想通りのことを言う。


 断ったら命はないぞと言わんばかりに六人ほどの男達が武器を構えて無言で脅迫してくる。


 ああ大損だ。しかし仕方あるまい。 チョビ髭はにっこり笑って諦める。


 命さえあれば金はまた稼げるからな……。


「はい…どうぞお好きなだけ持っていってくださいまし、ただ命だけはご勘弁を」


「わかっている。命までは取りはせん、それと他の商人にも言っておけ、今後この森に来た場合は全て俺達が荷を没収するとな…」


「はい!わかりました」


 男達ははちょび髭の返事にニヤッと笑いながら荷を確認する。


 一通り確認すると、もう行っていいというように顎で命令する。


 ちょび髭達がその場から立ち去ろうとすると男の一人が大声を上げた。


「誰だ!お前!」


 ちょうど自分たちが来た逆方向から荷を積んだ青年が歩いてきた。


 青年はいきなりのことに驚いてしまったようだ。


黙り込んでいてそれが男達の勘に触ったのか、男達の一人が無理やりに腕を引っ張って地面に引きずり倒す。


 そこに来てやっと彼らが物取りだということに気づいたのか小さく『ヒッ』と声を上げて地面に倒れこむ。


「もう一度聞く、お前は何者だ?」


 男達の一人が、低い声で脅しつけるように青年に質問をする。


 回りには武器を持った男達が青年を囲んでいて、青年は震えるながらも必死で答える。


「しょ、商人でございます。あの…国軍が近くにいると…き、聞いて商いをしようとここまでやってきまし…た。ど、どうか…こ、殺さないで…」


青年の情けない姿に取り囲んでいる男達も大笑いをして彼を見下している。


 男達はひとしきり笑うと一人を見張りに残し彼の荷を確認し始める。


 青年は必死で『やめてください』と懇願するが見張りの男に冷たく足蹴にされて地面に転がる。


 やがて情けなく地面に顔をうっつぷして泣き始めてしまった。


 その姿に見張りの男も呆れてしまい、こんな奴にはかまってられないと彼も荷の確認をしに青年に後ろを向ける。


 ちょび髭もなんと情けないのだろうとこの若い同業者に軽蔑の視線を向けていると、地面にうっつぷしていた青年がバッと顔を上げる。


その瞬間ちょび髭は信じられないものをみてしまう。


 地面で惨めに嗚咽していた青年は先ほどの醜態が嘘のように、真剣な顔をしてすばやく左腕を男達に向ける。


 男達は彼の動作に気づいていないようだ。


 その時、青年から見て一番左にいる男が膝から崩れ落ちるように倒れた。


 男の隣にいた者は彼が荷の確認に夢中で転んでしまったのかと思ったようで笑いながら、彼の腕を掴み立ちあがらせようとしたが、その者もまた最初に倒れた男の上にドサッと倒れこんでしまう。


 さすがに他の男達も異常に気づいたようで周囲を見渡す。

 

 さきほど惨めに泣いていた青年が何かをしたとは思えなかったようでひたすら顔を右左と動かし、状況を確認しようとしていた。


 しかしそうこうしているうちに一人また一人と倒れこんでいき、とうとう最後の一人になってしまう。


 そこに来て男はようやく惨めに泣いていた青年の仕業だと気づく。


差していた剣を抜き切りかかろうとするが、途中何かに躓いて転んでしまう。


 そして倒れこんだ男の上に青年が跨り、どこに用意していたのだろうか?


短いロープで男の両手の親指を結びつける。


 両手の親指を背中で結び付けられた男は芋虫のように転がりながらどうにか逃れようとするがやがて無駄を悟り大人しくなった。


 信じられない光景に呆然と見ていたちょび髭が、はっと我に返り、青年の元に駆け寄る。


「ありがとうございます…お陰で助かりました」


「はは…お互い危ないところでしたね」


 青年は苦笑気味の笑顔で答える。


「それにしても最後の時この男が転ばなかったら一体どうなっていたんでしょうね…私は怖くて仕方なかったんですよ?」


 急な緊張から開放された反動からか、冗談っぽく先ほどのことを話すと


「いやーまさかあそこで転んでくれるなんて」


 青年も冗談っぽく返してくる。


 そういえば一体何につまづいたのだろうか?


 ちょび髭が男の転んだあたりを見てみると地面が細長くえぐられている。


 思い出すと、あのえぐられているところはちょうどこの青年が泣き崩れていた場所ではなかっただろうか。


「まさか…予測してたのですか?」


 ちょび髭の問いかけに青年は答えずに逆に質問をしてくる。


「そういえば…あなたも同業者なのですか?私も国軍に物資を売りに行こうとおもっていたのですが、あなたの荷を見てみると…国軍は物資は足りていて買う必要がないということなのでしょうか?」


 少し落胆したように問いかける青年に先ほど命を助けられたこと。


まだ若い駆け出しの後輩に親しみを感じ、ちょび髭は先ほど自身が見た国軍の様子を親切に説明をした。


「……なるほど、つまり国軍は物資、特に食料が不足しているんですね?」


「その通りだ…だから君にもチャンスはあるかもね…もっともあのケチな司令官ではよっぽど安くしないと買わないかもな」


「そんなに司令官はケチなのですか?」


「ああ、おそらくあれはなるべく金を使わないようにして、余った分を自分で着服するつもりなのではないかな」


「そんな…仮にも国軍の司令官ですよ…そんなことを…」


「そんなことは関係ないさ…私は今まで何度か軍人と商売したことあるが賄賂を欲しがるものばかりで困ったものだよ…君も商人をするのなら、そんな青いことを言っていてはだめだな…」


「ところであなたはどれくらいで売ろうとしたのですか?」


 ぶしつけな青年の質問にやや顔を曇らせるが、仕方なく答えようと青年に近くによるよう手招きする。


「本来ならそんなことは教えないんだが、君には命を救われたからな。特別に教えよう…耳をかしてくれるかな………」


「ええー!そんなに吹っかけたのですか?」


 値段を耳打ちされて驚きの声を上げる青年にちょび髭は呆れながら、


「君ね…相手は国軍で、なおかつ物資が不足している…少しくらい相場を上げても問題はないのではないかね?」


 「しかし国を守る軍の方にその値段は……」


「全く君は青いな…青すぎるよ。いいかい?商人たるもの最大限に売ることの出来る時期をかならず逃してはならないのだよ。 たとえそれが少々ルール違反でも…ね」


経験豊富な老人が自分の弟子に教授するようにちょび髭は青年に商人としての心構えを教える。


「さてと…話はこれくらいにして私はもう帰るよ…君もこれから商談に行くのならさっき話したことを肝に銘じておくことだね」


 ちょび髭は荷馬車に乗り込むと青年にそれだけ告げ、召使を促して立ち去ろうとする。


しかし急に悲鳴を上げて馬を止めたので荷馬車から落ちて地面にしたたかに尻を打ちつけてしまう。


「一体何をしているのだ!この馬鹿者!」


 ちょび髭が召使を怒鳴りつけながら起ち上がると、召使は青い顔をして口をパクパクさせながら指を指す。


「まったくなんだと言うのだ!一体な…に…が……」


 ちょび髭の言葉が途切れる。


 彼の目の前には数十人の集団が立っていたからだ。


 集団の格好はさきほど青年が倒した男達と同じなので彼らが男達の仲間だというのは明白であり、また自分達の目の前にはさきほど倒した男達がまだ地面に伸びている。


 どう考えても言い逃れのできない状況で集団の中から隊長と思われる男が出てきた。


「これをやったのはどいつだ?」


 頭髪を剃り落としたスキンヘッドに所々に剣傷がある鎧を来たその男はちょび髭と青年を睨みつける。


 戦慣れしたその風格に威圧されたちょび髭がへなへなとその場に崩れ落ちる。


 召使も力なくうつむいている。


 その中で唯一青年はというと、いつの間にかちょび髭の横にいて、彼に耳打ちをする。


 彼の意外な言葉に目を見開いて顔を見る。


「本当にできるのか?」


「はい…もちろんです」


 渋い顔で考え込み、決心したようにちょび髭が答える


「七割で…!」


「無理です」


それじゃ、六割で…」


「無理です…」


「そんな!それじゃ大してメリットないじゃないか!」


「先輩の教えの通りに行動しているだけですから」


「おい…さっきから何の話をしている!」


 スキンヘッドの男がイラついた様子で話しかける。


しかし二人は男のことなど見えないかのように睨みあい、やがて観念したように『四割でわかった』と言ってちょび髭がうなだれた。


「おい!何がわかったというんだ?答えろ!」


 無視されて頭に血が昇りはじめていたスキンヘッドの男が手に持っている棍棒のようなものを振り回しながら一際大きく怒鳴りつける。


 直後、大きな音が響き、後ろから白いモヤのようなものがやってきた。


 男が振り返ると白いモヤの中を自分の部下達が何者かと戦っているのが見えるが。


 これは…夢を見ているのだろうか?


 目の前に繰り広げられている光景に男がそう思ったのは無理もない。


 彼らは何度となく他国と戦い、いくつもの死地を乗り越えてき、兵士一人一人の実力は王国の中でも有数の近衛兵にも匹敵するだろうと思っていた。


 そうだ…そのはずなのに…。これはなんなのだ?


 彼の目の前ではその優秀な部下達が…幾度となく死地を乗り越えてきた者達が、たった二人の者に切り伏せられている。


 一人は槍を持ち、部下達の攻撃を上手く受け流しながら、と同時に素早く槍の穂先や柄で部下達をその場で昏倒させている。


もう一人は槍の者とは対照的に大剣を豪快に振り回し、部下達を文字通り薙ぎ払っている。


 両者ともこのモヤで顔ははっきり見えないが、一人だけはモヤの中でもはっきりと見える赤い髪をしていた。


「な、なんだ…こ…いつ…らは」


 呟く彼の後ろでカチャリと音がする。


 とっさに右手に持っていた棍棒を振り下ろそうとする…が、手首に激痛が走り落としてしまった。


 後ろに下がり襲撃者達とも青年達とも距離をとると、自分の右手を見る。


 右手首に小さい矢の様な物が刺さっており、青年の方を見ると彼の左手首には腕全体を包むように皮製のバンドのような物が撒かれていた。


 あれは何だ?この矢はあそこから発射したものなのか?


 距離をとっている男からは見えないが、青年の隣にいるちょび髭からは青年の武器ははっきりと見て取れた。


 青年の手首の上には薄い発射台があり、それとつながる様に腕に巻き付けれているバンドには小さい矢が腕から発射台ににかけて螺旋状にセットしてある。


 発射台からはヒモのようなものが中指と薬指にリングでつながっており、そこを動かすと矢がスライドし発射台に矢が装てんされるという仕組みである。


それなりに異国の人間とも付き合ったことのあるちょび髭にも見たことのない武器だった。


「そうか…お前等国軍の奴らか…!」


 憎らしげに青年を睨みつけながら男が吼える。 


青年は何も言わず黙って男を見つめている。


「恥知らずどもが!貴様らの下らない権力争いで国を滅ぼす気か!」


「やはり反乱軍か…何のことだ?そもそもお前等自身が国に反旗をひるがえしたんじゃないか!」


 青年が言い返すが、男はそれを鼻で笑いながら…、


「何を言う!お前らが我らに罪を着せようとするからではないか!だからこそ我わ…れ…が」


 男が前のめりに倒れこむ。


 後ろ男の首筋には大きな傷が出来ており、傷口からは赤い液体がドクドク流れていてそれが男を包むかのように地面に広がっていく…。


 そこには金髪の美しい顔をした青年が血のついた剣を持って立っていた。


「オルド様…」


「全く…反乱軍がふざけた事を…今このものが言ったことは祖国や忠臣達への明確な侮辱です」


 怒りに身体を震わせながら彼は剣についていた血を拭っている。


「その…オルド様というと…まさか…それに国軍って…」


 ちょび髭が恐る恐る話しかけてくる。


「はい…実は私は商人ではなく、オルド=グランムスカ様のお供のムラン=グランと申します。そしてそちらの二人は私の従者のスアピとイヨンです」


 ちょび髭の後ろには例の槍使いと大剣使いが立っていた。


「ようっ!おっさん…元気か?」


 なれなれしくスアピが肩に腕を回してくる。


 回された腕は意外に筋肉質で、細いながらもそのほとんどが筋肉であることが感じられた。


 見た目には優男という印象を持っていたちょび髭はいささか驚く。


「その…他の者達は…?」


 恐縮しながらもちょび髭がたずねるとイヨンが無表情で指差す。


 そこには何人もの兵士達が倒れていた。


他の兵士達は隊長がやられたのを確認した時点で退却をはじめたようだが、それでも三分の一の兵士は倒しているだろうか…?


「いやー思ったより強くてよ?さすがに全員倒すには骨が折れそうだったな…なあ?」


 スアピが豪快に笑いながらちょび髭を挟んで横にいるイヨンに同意を求めるが、


「別に…私だったら…全員倒せた…」


 無表情でイヨンと呼ばれた少女がつぶやく。


 プロの兵士数十人を全員倒せたなんて…その豪快な物言いに彼らの言っていることが嘘でも強がりでもないことをちょび髭は理解していた。


「ところで…話はついたんだよな?」


 スアピがニヤッと笑いながらムランに確認する。


「ああ…快く了承してくれたよ…」


 プロの商人顔負けのエグイ交渉をしておいて…快くとは…。


 思わずちょび髭も苦笑いを浮かべるが、すぐに取り直して、


「わかりました…信用第一の商いでございます。この荷は全部あなた方に売りましょう…ただし!」


「ただし…なんでしょうか?」


「この戦に勝ったなら、我がズヨン商会が協力したことを必ずお忘れなきよう、他の貴族様達にも伝えてくださいますようお願いします。それと…私の名前はズヨン=ショビヒゲと申します。親しいものからはちょび髭などともいわれておりますが…オルド様、ムラン様、イヨンとスアピ様も御用の時はぜひとも私にお任せを…」


 ちょび髭を触りながら彼は憎めない笑顔で我が製品の宣伝をお願いしたしますと頼んでくる。


 そのタダでは起きないという商人根性に一行は思わず笑ってしまうのだった…。





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