第十四話~商業区の小さな異変4~

ーーールーディア王国 商業区


 まさか、ライトノベルでお馴染みの冒険者が害虫、害獣の駆除人だとは思わなかった。


 確かに、害獣や害虫を駆除する人たちは地球でも存在する。


 俺の日常生活では、全くお世話になることはなかった。


 だけど、時折テレビで特集番組をやっていたので、どういう人たちなのかは知っている。


 蝙蝠やネズミの退治をしたり、家に巣をつくってしまったスズメバチの駆除をする仕事をしているような人たちだ。


 確かに、蜂やネズミをライトノベルに出てくる魔物か何かに例えれば、冒険者に見えなくはない。


 ちょっとだけ納得できる。でも、だからと言って本当に冒険者の仕事がただの害獣、害虫の駆除と聞くと、なんだか夢が崩れ去った気持ちになった。


「この世界には魔物とかいないのかな」


 そう小さく呟いたら、ミーナは驚いた顔をした。


「あなた、魔物を知っているの? 珍しいわね。普通知っている人なんていないのに」


「……え、魔物って空想上の生物じゃないんですか」


「確かに、ドラゴンとかそういうのは空想上の生物よ。そんな生物が存在するわけないわ。魔物というのは別称よ。獣の中に、変異体がまれに生まれるの。変異体はとても危険で、人を死に至らしめるものがほとんどなの。だから、そういった危険な獣のことを、私たちの業界では魔物と呼ぶわ」


 なんか思っていた魔物と違う。スライム的なのとか、ドラゴンとか、キラーパンサー的な奴らじゃないんだ。じゃあ、この世界には、定番のゴブリンやらオークやらがいないんだろうな。

 もし、物語の主人公ならば、イメージとのギャップに突っ込んで、残念がっていたところだろう。

 だが、俺にとっては都合がいいと思った。

 唯奈を助けるために、信仰を集めなければならない。

 そのための障害が少ないことは、俺にとっていいことだ。


「なるほど、大変なお仕事されているんですね」


「そうなのよ。いつもやめたいと思うほど大変な仕事だわ。でも、私には大切な妹がいるの。家は貧乏だし、妹は体が弱いし。私が頑張れるのは妹の為なんだから」


 人間は一人では生きていけないことを、俺は知っている。


 ひどい目に合って、辛くて苦しいとき、唯奈がいつもそばにいた。女性関連のトラブルで、泣きたくなった時、唯奈が励ましてくれた。


 唯奈がいてくれたからこそ、俺は壊れることなく生きていけたんだと思う。


 人には心の支えが必要なんだ。

 ミーナにとって、妹さんが心の支えなんだと思う。

 そう思ったら、女性だけどミーナとは仲良くできるような気がした。


 俺の見た目や私利私欲のために近づいてくる奴らとは違う。誰かのために頑張れる人は、信用できると思った。


「冒険者についての説明が終わったところで、本題に入ろうか」


「えっと、何か言いたいことがあったから、話しかけに来たんですよね」


「言い忘れたけど、タメ口でいいよ。私より年上っぽいし。それで、話なんだけど、オレンジの村の話を聞いていたよね。興味があったりするのかな」


「了解。これからはため口で行かせてもらうよ。確かに、俺はオレンジが名産の村について気になっているけど、どうしてわかった」


「さっき、店の人に聞いているところを見たのよ、使徒様」


 聞いていたのか、使徒様と言われてなんだか恥ずかしいような気がしたよ。

 俺は思わずうつむいた。顔が赤くなるのを感じた。

 そんな俺を見たミーナはクスクスと笑う。


「そんな恥ずかしがることでもないでしょう。それで、そのオレンジの村なんだけど、私の妹が住んでいる村なのよ」


「そうなのかっ! だったら村について教えてくれないか」


「ちょっと待って、そう慌てないでよ。私はいつも妹と連絡しているんだけど、最近連絡が付かなくて、実家に戻ろうと思っているのよ。前にイディア教でお告げがあったでしょう。それからいきなり音信不通っておかしいじゃない。そんな時に、お告げにあった使徒様を見つけたら、一緒に連れていくしかないって思って……声かけた」


 なんか説明が適当だった。だけど、ミーナの言いたいことはよく分かる。イディア教のお告げ、信託はイディア教を国教としているこの国では誰もが知っている。

 当然、ミーナだって知っていた。


 だとしたら、不審なことがあると、使徒である俺を頼りたい気持ちになるのは仕方がないことだ。


 村が突然音信不通になるなんて、普通じゃない。確実に、不浄なる何かの影響下にあると思っていい。


 もし、一緒に連れて行ってくれるんだとしたら、願ってもいないことだ。


「俺としては願ってもいないお誘いだ。不浄なるものが何なのかはよく分かっていないが、その村が怪しいっていうのはよく分かる」


「じゃあ、私と一緒についてきてくれるの」


 ミーナはちょっとだけうれしそうな表情をした。だけど、いつも女性から感じる、あの好意を込めた笑みとは違った。

 どちらかと言うと、安心したような雰囲気だった。

 だからだろうか、俺の肌には鳥肌が立っていなかった。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ーーールーディア王国 安らぎの里


 話が終わった後、俺とミーナは連絡先を交換して別れた。

 俺はすぐに安らぎの里に戻り、今後の計画を考える。


 さすがに今すぐ行くことは出来ない。何かしらの異変がある可能性も考えられるため、それ相応の準備が必要となる。

 そう思っていたのは俺だけだったけど。


 ミーナは、たまたまいたから俺に声をかけただけで、仕事がいくつか溜まっているらしい。


 あと3日ぐらいで消化しきるらしい。その後有休をとって、オレンジが名産の村、カルティナ村に帰ることとなっている。


 俺はそれについていくことになった。

 そのため、3日ほどやることが なくなってしまった。


 シスターや子供たちに説明は済ませている為、今すぐ出ることも可能だが、マルスとニトが寂しそうにするので、旅立つまでは安らぎの里にいようと思っている。


 まだマルスたちは仕事だから、俺は一人だ。

 マルスやニトがこっちに来れば、少し騒がしくなる。

 静かである内に、今出た情報をまとめておこう。

 まず、俺の目的は、唯奈を助けることだ。そのために俺はこの世界に来たんだからな。


 次に俺がやるべきことは、信仰を集めることだ。

 あの得体のしれない何かと俺で交わされた契約は、俺が得体のしれない何かの信仰を集める代わりに唯奈を生き返らせてもらうというものだ。

 そもそも、唯奈はあいつに殺されたようなものだから、この契約自体いろいろとおかしいが、あんな超常的存在に、ただの人間がどうこうできるわけがない。


 俺は信仰を集めるために、イディア教のお告げにあった、不浄なるものについて対処しようと考えている。

 憶測だが、この不浄なるものはあの得体のしれない何かの息がかかった者の仕業だと思っている。

 冷静になって考えてみれば、信仰を集めるのに手っ取り早いのは、世界が危機的状況になった時に神の使徒を名乗って助けてやれば、それだけで信仰は集まる。


 俺はその不浄なるものの対処を行うために、これからカルディナ村に行くという訳だ。

 ここまでで分からないことが一点ある。

 それは、俺がこの世界に送られるときにもらった『神の導き手』というやつだ。あいつはチートと言っていたが、実際何なのかよく分からない。


 この世界にはゲームに登場するような魔物が存在しなければ、某小説のようにステータスが表示される世界という訳でもない。

 レベルという形で数字的に強さを見ることもできない。


 あいつは想いが力になると言っていた。

 不浄なるものが何なのか知らないが、あいつがくれた『神の導き手』という力は、これから必要となってくるだろう。

 おいおい考えていく必要がありそうだ。

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