第四話~お告げと神の使徒1~

ーーー王都ルディリア 謁見の間


 がやがやとした声が聞こえてくる。

 先ほどまでノイズが走っていたような感覚が嘘のようになくなり、俺自身の感覚がよみがえってきた。

 いつの間にか閉じていた瞳を開いて辺りを見渡すと、そこはまるでゲームに出てくる謁見の間のようだった。

 謁見の間には大勢の人たちがいた。まるで歴史の教科書に出てくるヨーロッパの偉人たちが着ているような服装だったので、おそらく貴族かなにかだろう。

 その人たちは、俺を見て目を見開いてあぜんとしていた。

 王冠をかぶっている、おそらく王様だろう40代ぐらいのおじさんが言葉を漏らす。


「まさか……本当に現れるとはな」


 そうつぶやいた後、王様の横にいた白を中心とした、まるで聖職者のような男が両手を上に掲げた。


「さぁ皆さま、我々の神イディア様の使いが舞い降りられました」


 男がそういうと、辺りの視線が俺に集まる。俺はその視線に戸惑いながらも一礼して自己紹介した。


「俺の名は来栖奏太。神イディアによってこの世界に遣わされた使徒です」


 周りの視線に対して緊張はしなかった。

 元々俺はこの容姿のせいでいつも注目を浴びていた。だけど大人たちに対応する経験なんてない。せいぜい先生とちょっと話すぐらいだ。


 俺はこの世界で一人だ。前は唯奈が頼れる仲間という存在であったが、今はいない。

 俺の行動は唯奈の命にかかわってくる。俺が変な態度を取れば、あの得体のしれない何かに言われた、信仰を集めるという目的が果たせなくなってしまう。

 それはつまり、唯奈が死んだことにされるということだ。

 失敗は出来ない、そう思うと不安な気持ちになる。

 周りが静寂に包まれる。

 もしかして、俺はすでにやらかしているのか。

 更なる不安が俺を襲い、ごくりと喉を鳴らした。

 だが、この不安は杞憂だったらしい。


「おお、おおおお、おおおおおっ。我らが神イディア様の使徒様、我々はあなたを心待ちにしておりました」


 聖職者のような男が俺の言葉に反応するとともに、周りが歓喜の声をあげた。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ーーー王都ルディリア 別室


 あれから俺は、あの場にいた要人たちに自己紹介をされ、聖職者の男ーー二コラ大司教に現状の経緯を聞いた。

 二コラ大司教は、俺が遣わされたルーディア王国の王都ルディリアの大聖堂を管理するイディア教の聖職者だった。

 イディア教は、神イディアを唯一神としてあがめ、人の心を大切にする、この国で国教とされている宗教だった。

 あの得体のしれない何かが、想い、形、感情をつかさどる神だとは思いもしなかった。


 アレはどちらかといえば人を惑わす悪魔だろうに。


 そんな神イディアを崇めるイディア教には神のお告げにより決まった10の決まり事があり、それを遵守することを何より大切にしている。

 俺はその話を聞いて、にわか知識かもしれないがユダヤ教と似たようなものだと思った。

 あの宗教も確か、十戒を授かったことから始まった宗教だと聞いている。

 その十戒と10の決まり事が内容的にも酷似していた。


 あの得体のしれない何かは、この世界を自分が作った箱庭の世界だといった。

 もしかすると、ベースは地球なのかもしれない。


 そのイディア教に二度目のお告げがきた。今度はキリスト教かとも思った。

 キリスト教は、十戒を守れなくても神は人々を愛しているとキリストが説いたことから始まったという話を聞いたことがある。

 けど、この世界に伝えられたお告げは、俺が神の使徒としてこの世界に降り立つことだ。

 それが今日だという訳だ。

 ライトノベル的お約束な、勇者召喚とかそういう訳でもないらしい。

 そもそも、この世界には魔法やステータス的ゲーム要素はないそうだ。


 そして、俺が神の使徒として召喚された理由については詳しく聞けなかった。

 それを聞く前にウィリアム国王が「神の使徒様のために、今夜は盛大なパーティーを開こうではないかっ」といった。


 その時の彼の目は、狂信者のそれを思い出させる。

 頬を赤くして、目をランランと輝かせたおっさんに両手を握られて、息を荒げながらそんなことを言われたら、吐き気を感じてしまうのは言うまでもない。

 こみ上げてきたものを何とか抑えようとしたところ、俺が頷いて肯定の意志を示したと思われた。

 現在、お城ではパーティーの準備を行っており、俺はパーティーが始まるまで別室での待機を言い渡されている。


 ふかふかのソファーに腰掛けながら、俺はこれからのことを考えた。


 信仰を集めるって、一体何をすればいいんだ。

 あいつは、俺が思ったことを人々にぶつけろと言ったが、そんなことで信仰を集めることが出来るのだろうか。

 考えたってよく分からない。


 何も思いつかないからとりあえず部屋の中を見渡す。

 きれいなタンス、天蓋付きのベッド、まるで物語に出てくるお姫様が暮らしているような部屋だ。

 唯奈が見たらきっと「わぁ、お姫様みたいな部屋だー」と喜ぶことだろう。


 にしても、この部屋は広すぎるな。なんだか落ち着かない。

 俺がソファーの上でそわそわしていると、ドアがノックされた。

 俺は「どうぞ」と返事をして、来客を招き入れる。

 部屋にやってきたのは二コラ大司教だった。笑顔を浮かべながらこちらに近づいてくる。


「やあ、使徒様。不自由はないですか?」


「別に不自由なことはないよ。ただ、部屋が広すぎて落ち着かないけど」


「なんとっ、使徒様に不愉快な思いをさせてしまった不甲斐ない我らをお許しください」


 二コラ大司教は慌てた様子で跪き、頭を下げた。俺は慌てて二コラ大司教にいった。


「頭を下げる程じゃないです、こんなすごい部屋にいることなんてなかったから落ち着かなかっただけです」


「ですが、私たちはそのことに気が付けなかった……」


「いや、普通は気が付かないですって、ですから頭を上げてください」


「おお、なんと寛大な……。感謝いたします」


「これぐらいで感謝されても困るんだけどっ!」


 この人を見た時から思っていたけど、だいぶやばい人だな。国王さまといい、二コラ大司教といい、狂信者と呼べるほど心酔しきっている人たちが多い。

 信仰を集めるどころか、精神が狂うほど信仰しているように見えるのだが。

 俺の使命とは、このような狂信者を増やすことなのだろうか。

 そう思うとなんだか、カルト宗教の勧誘しなきゃいけない気分になる。

 唯奈の為とはいえ、なんだか後ろめたい気持ちが……。俺はまだ何もやっていないんだけど。


「それで、どうしたんですか、二コラ大司教」


「おお、使徒様に不愉快な思いをさせてしまったことで頭がいっぱいになってしまい、本題を忘れておりました」


「えっと、本題とは?」


「使徒様がご降臨なされたことを祝うパーティーの準備が出来ました。本来であれば、あなた様に会う美女を案内役とさせたいところですが……」


「い、いえ、それは結構ですからっ」


 美女に案内なんてされたら俺が昇天してしまう。

 こういうときのライトノベル的定番展開は、女性が群がってハーレム的な展開になるんだよな。そして肉体関係を持ち、永住させる準備をする的な感じか。

 現状がゲームの中とかなら大歓迎なのだが、ここはリアルな世界。つまり相手は三次元の女性であるわけで……。

 急に寒気と吐き気を感じた。


 女性に関連するトラウマがこんなところで影響してくるとは。


「さぁ、行きましょう」


「あ、ああ、わかった」


 俺は二コラ大司教の後についていく。

 パーティー会場に向かいながら、俺は心の中で唯奈に謝った。


 ゴメン、唯奈。俺はこれから三次元女子のせいで死ぬかもしれない。お前を救ってやることが出来なくて本当にごめん。今からそっちに行くよ。


 パーティー会場に向かう道のりがとても長く感じ、憂鬱な気分になった。

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