第二話~異世界召喚1~

ーーー学校裏の木の下


 空が茜色に染まり、さわやかな春の風が木々を揺らすとある放課後のことだった。

 俺ーー来栖くるす 奏太そうたは一枚の手紙を片手に、学校裏の木の下で一人待つ。


 手紙には可愛らしい文字で『伝えたいことがあります。放課後、あの木の下に来てください』と書かれている。丸っこい文字と可愛らしいピンクの手紙から、相手は女の子だと予測できる。名前があれば確定なのだが、残念ながら書かれていなかった。


 この手紙を渡してくれた子は意外とおっちょこちょいなところがあるのだろう。


 それはともかくとして、俺はどうやらラブレターというものをもらったらしい。ラブレターが廃れてきたこの時代には珍しいアナログチックな呼び出しに、ちょっとワクワクしていた。


 今まで何度か呼び出されて告白された経験がある俺でも、ラブレターというものをもらうのは初めてだ。


 告白云々自体は割とどうでもいいのだが、ラブレターをもらって告白されるというシチュエーションが、なんだかゲームのような展開を感じさせてくれる。恋愛シミュレーションゲームなんかを嗜む俺がワクワクしないはずがない。これから起こるイベントに心が躍る。


 ちなみに、ドキドキとか、相手はどんな子なんだろう的な考えは一切浮かばない。


 そんなことより、キッチリとイベントシーンのCG回収するほうが大事だ。


 相手が来るまで、俺は何度も手紙を読み返した。読み返すたびに頬が緩む。


 これではだめだなと思い、背筋を伸ばすと、校舎の方から、一人の女の子が近づいてくるのが見えた。


 小柄で、真っ黒でサラサラした髪がおとなしそうな雰囲気を出している。きっと、ラブレターを出すだけでも勇気がいたことだろう。

 よく見ると、首元のリボンが青色だった。


 俺が通っている高校で、青色は一つ下の学年の色だ。手紙を渡してくれた相手は、どうやら後輩らしい。


 女の子は俺の近くまでやって来て、目の前で止まった。


 指で髪をいじりながら、もじもじとしているのでかなり緊張している様子が伺える。


 女の子は、ひと呼吸おいた後、真っすぐ俺に視線を向けた。


「く、来栖先輩。ずっと貴方のことが好きでした。付き合ってくださいっ」


 手紙をもらって、告白されると分かった時から俺の答えは決まっている。


「ゴメン、俺は二次元しか愛せないんだ。三次元なんて碌なことないし、ほんと最低な人間しかいないよな。別に君のことを最低だと言っているわけじゃないんだ。ただな、昔ひどい目に遭ってな、それからは男女の関係になるなんて最低なことだと思うようになったんだよね。でも二次元は違う、理想の女の子が出てきて、トラブルもなく幸せな未来を築ける、なんて最高なんだ。だから二次元はやめられない。おっと、怒るなよ、それ以上近づくな。俺は三次元女子限定の女の子アレルギーなんだ。まて、本当に待って……。そんな怒ったような表情をするなっーー」


 俺の頬に強い衝撃が与えられた。俺が三次元女子最低説を言いまくったせいか、瞳に涙を浮かべ、頬を膨らませた後輩の女の子は、俺にびんたをしてきた。


「こんな最低な人だとは思ってもいませんでしたっ!」


 後輩の女の子はくるりと反転し、来た道を引き返した。その瞳には、大粒の涙が溜まっていて、私傷つきましたー的な雰囲気をひしひしと感じる。

 そうやって手を出したことを正当化する。やっぱり三次元は最低だ。


 ひりひりと痛む頬を撫でながら、去っていく後輩の女の子の姿を見送った。次第にかゆくなる頬。ポケットから手鏡を出して、ぶたれた場所を見ると蕁麻疹が出ていた。


「や、やべぇ、急いで薬を塗らないと」


 ポケットから塗り薬を取り出して、頬に塗った。


 薬を塗っている途中、後ろからの不意打ちを受ける。


 ぶたれた場所を抑えながら、振り返ると幼馴染の唯奈ゆいなが立っていた。


「あんた、また最低な振り方をしたの? 頬がすごいことになってるわよ」


「しょうがないだろ。それに、お前は俺のトラウマを知っているだろ」


「まぁね、それにしても最低な振り方よ」


「うるさいな……」


 俺は不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 昔、俺は男女関係のトラブルに巻き込まれた。俺が原因で起こった事件。

 夕暮れの教室、血まみれで笑う彼女の姿、そのそばで横たわるあの子の…………。


 そこまで思い出して、俺は頭に痛みを感じた。


 どうもこの記憶を思い出そうとすると、頭が痛くなる。精神的な問題もあって、どうやら思い出すことを体が拒否していると医師に言われた。


 あの事件からというもの、俺は三次元の女性に触れることが出来なくなったんだ。


 まともに話すだけで、体がむずかゆくなり、寒気と吐き気を感じる。触れられれば蕁麻疹が出てきて、抱き着かれれま動悸が激しくなり意識を失う。


 それぐらい女性がダメな俺が、唯一かかわりあうことが出来る女性が二次元の美少女たちと唯奈だった。


 二次元美少女は最高だ。複数と付き合うことになっても最終的にはハッピーエンドにたどり着く。


 男女関連のトラブルも少なく、皆が笑っていて、とてもしあわせそうだ。


 三次元では絶対にありえない幸せが、画面の中にある、そう思うと俺の心が安らいだ。


 唯奈についてはきっと、罪悪感とかそんなものを感じているのかもしれない。


 あの日、あの時、トラブルに巻き込まれて横たわっていたのは唯奈の双子の妹だったんだ。


 俺がもっとしっかりしていれば、そう思わなかった日はない。

 唯奈には憎まれたってしょうがないと思っている。


 でも、唯奈は俺と一緒にいてくれた。あんなことが起きてしまっても、俺のそばを離れないでいてくれた。


 だからこそ、唯奈に対しては女性アレルギー的症状が出ないんだと思う。


「ほら、そんなに不貞腐れてないで、そろそろ帰ろう? 蕁麻疹は大丈夫そう」


「一応薬塗ったから大丈夫」


「学校一の王子様が女性アレルギーって、なんだか笑えるね」


「はたから見たらそうかもしれないけど、女性アレルギーって割とつらいぞ。お前もなったらわかるって」


「私の場合は男性アレルギーかな。でも、私はならないよ」


「なんでそう思うんだよ」


「だって、私が襲われそうになったら、奏太が守ってくれるでしょ」


「ふん、女性アレルギーの俺に期待するなよ」


「にしても、なんで私は対象外なんだろう?」


「それは俺にも分からないよ」


 こんなたわいもない話をしながら、俺たちは校門に向かって歩き出す。


 女性アレルギーのままでいいわけがないと自分でも思っている。だけど、心はそう簡単にかわることが出来ない。


 意識して直そうとしても、無意識にそれを拒絶する。


 結局俺にはどうすることもできない。


 もしかすると、まだ俺は怖がっているのかもしれない。


 俺にかかわった女の子はみんな不幸になっていく。それは唯奈の妹だけではない。


 何度も、何度も起こった不幸が、俺が一歩踏み出そうとする心を躊躇させる。


 俺には、二次元に逃げることしかできなかったんだ。

 そのせいで唯奈にも、両親にもいっぱい迷惑をかけている。

 ほんと、俺ってどうしようもない奴だよな。

 唯奈の隣を歩く資格なんてないのに。


「ねぇ奏太。明日暇?」


「ん、明日か……」


 今日は金曜日、明日は休みだ。そして新作の恋愛シミュレーションゲームの発売日っ!


 ふひぃ、明日が待ち遠しいぜ。


「なんかすごいゲスな顔をしている。せっかくきれいな顔なのに台無しだよ」


「別にいいんだよ。俺はずっと一人だしな」


「はぁ、あんたがいろいろと大変な目に遭ったのは知っているけど、ここまでひねくれるとなると、幼馴染としてはとても残念だよ」


「んで、明日だったな。ゲームを買いに行く予定があるんだけど」


「じゃあさ、ゲームを買い終わってからでいいから、うちに来ない?」


「ゴメン、それだけは出来ない」


 俺はあの事件をきっかけに唯奈の家に行くことを拒否している。


 あんなことを起こしてしまった俺に、どの面下げていけばいいっていうんだ。本当なら唯奈と会うことすらおこがましい行為だと思っている。


 まあ、唯奈がこういう性格で、俺のもとによくやってくるから遠ざけることが出来なかっただけなんだけどな。


 ほんと、なんで唯奈は俺に優しくしてくれるんだろう。


「ゴメン、俺の心の整理がまだできていないんだ」


「ん、わかったよ。一体いつになったらできるのやら」


「本当にごめーーっ!」


 唯奈にあやまろうとしたとき、突然世界が揺れた。感覚的には大きな地震でも起こったかのようだった。


 唯奈は体をよろめかして俺にしがみつく。


 いつもなら唯奈に対して起こらない女性アレルギーの症状が、なぜか出た。多分、今の現象によって俺が唯奈を不幸にさせてしまうということから逃げたいと思う弱い心が、アレルギー症状を出させたんだと思う。

 胸の鼓動が速くなり、俺はすぐに意識を失いそうになったが、何とかこらえた。


 足は震え、触れられていると思うだけでとても怖い。


 だけど、自分の弱さに負けて大切なものがまた零れ落ちてしまうことの方が、もっと怖かった。


 だから踏ん張ったのに、世界はなんと理不尽なことだろう。


 俺と唯奈の足元に突然大きな穴が開いたのだ。

 まるで漫画やライトノベルのように不自然で大きな穴。


 感じるのは浮遊感。そして体は穴に吸い込まれるようにーーーー。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 俺と唯奈は底の見えない真っ暗な穴に落ちていった。

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