第22話 ゲームに不具合はつきものだが



 ハルトはナイアルを影に戻し、登録が終わったメリルリースと合流したあと、ザガン逗留の拠点となる宿に入った。



 ザガンは西の辺境最大の都市ゆえか、宿はどこもいっぱい。

 場末のものでも一部屋空いているのがやっとと言った具合だ。

 必然メリルリースとは同室だが、これまで宿場町でも他の者と一緒の大部屋、雑魚寝で過ごしたため、仕切りを作れば問題ないだろう。



 部屋に入ったハルトは、すぐに手に入れたアイテムの整理に取り掛かった。

 数が多いと、どれをどれだけストレージ内に所持していたのか忘れてしまう。

 アイテムの数を改めて確認し、紙に数をメモしておくのは必須と言えた。



 まずは、ストレージ内のアイテムを出す作業。

 一旦、アイテムを適当に出していくと、



「……へっ?」



 突然、ヒールポーションの入った小瓶が宙を漂い始めた。

 なにごとかと、メリルリースの方を向く。



「これ、お前の仕業か?」


「アタシはなにもしてなわよ? アンタがやってるんじゃないのそれ?」



 どうやら、メリルリースも浮遊する小瓶に驚いているらしい。

 すると、



「もこもこ」


「……モコ?」



 床に足を投げ出して座っていたモコが、空中の小瓶を見ながら腕を動かしている。

 やがて小瓶は、床に優しく降ろされた。

 すると今度は、それとは別の小瓶が宙に浮かんだ。



「もこ」



 モコは再び、浮かんだ小瓶に目を向けて、腕を動かす素振り。

 これは、まさか。



「もしかしてモコ、お前がやってるのか?」


「え? うそ? それ、モコちゃんが?」


「もこっ」



 モコはそうだと言わんばかりに、タイミングよく声を出す。

 どうやら、並べるのを手伝ってくれるようなのだが――



「いつの間にそんなことできるようになったんだ……」


「もこもこ」


「アンタ、初めて見るの?」


「ああ。モコはこんなこと、いままでやったことない」


 初めて見るモコの特技に、さすがに驚きが隠せない。

 毛玉獣にこんなことができるとは、まったく予想外だった。



(いや、待てよ。確か毛玉獣って、クラスチェンジするんじゃなかったっけか?)



 ゲームプレイ時はペットにできなかったため、記憶は曖昧だが、そう言えばそんな話を聞いた覚えがある。

 特別イベント後に、どこぞに連れて行くと、なんたらかんたら。


 ……なんたらかんたら。



「ヤバいなぁ……関係ないと思ってしっかり覚えてないぞ……」



 ゲームのことはほとんど覚えているつもりだったが、色々と抜けがあったようだ。

 ともあれ、いまモコがやっているこれも、スキルか何かなのだろう。

 ということは、だ。

 モコにも、きちんとしたステータスが存在するはず。




 ………………



 NAME:モコ

 種族:毛玉獣

 種族基礎Lv.18

 職業:毛玉のペットLv.5

 Lv総計23

 HP:212

 MP:458

 攻撃力:22

 耐久値:601

 敏捷:252

 器用:316



 特性:【みっつのしっぽ】【視認学習】【毒見】

 保有スキル:【まあるいまもりレベル1】【念動力レベル1】【発火レベル1】



 ……………



「ぶっ!?」



 ステータスを見て、つい噴き出してしまう。



「どしたの?」


「いや、モコのやつレベルが20超えてるっ」


「はいっ!? モコちゃんが!? 嘘でしょ!?」


「いや、マジで」


「なんでそんなに……そこらの魔物よりもレベル高いわよ?」


「たぶん……特性の【視認学習】ってのがかかわってるんだと思う」


「【視認学習】?」


「ああ……」



 特性スキルの説明を見ると、



 ――戦わなくてもパーティーにいるだけで経験値がもらえるぞ!



 という、なんとも適当な説明文が出てきた。



「マジかぁ……」



 それでこのレベルなのか。

 以前の盗賊退治のときには、モコをフードに入れていた。

 そのため、パーティ参加扱いになっているのだろう。



 レベル35の盗賊の頭を倒したときのおこぼれもあって、スキルを取得できるくらいのレベルに上がったのだ。



「ねぇ、モコちゃん、強いの?」


「いや、攻撃力は22だ」


「……う、うん。まあ、モコちゃんならそれくらいでちょうどいいんじゃないかしら? かわいいし」


「その分なのか知らんが、耐久力は600ある」


「ろ、600ぅ!? ちょ、あ、アタシの6倍よそれ!?」


「もこ?」



 耐久力600。

 HPはそこまででもないが、これなら、よほどない限りモコに大きな怪我をさせることはできないだろう。



 しかも、



「……【まあるいまもりレベル1】」



 ――しっぽにくるまっていれば、魔物に蹴られてもへっちゃらだ!



 らしい。

 モコがよくやるあれは、防御スキルの発動だったようだ。

 スキル【毒見】は、



 ――毒になるものは、わかる!



 らしく。

 そして、【念動力レベル1】は、



 ――遠くのものを動かせるぞ! これで鳥さんも食べ放題だ!



 最後に、【発火レベル1】は、



 ――捕まえた鳥さんを、やきとりさんにできるぞ!



 という、やはり適当な説明文が出てくる。



(やきとりさんってなんだよ。やきとりさんって。運営遊びすぎだろ?)



 遊び心満載なグランガーデン運営に呆れつつ、作業に戻る。

 モコが念動力で並べてくれるおかげで、作業はスムーズに進んでいった。

 やがて、整理が終わり、



「モコ、手伝ってくれてありがとうな」


「もこ」



 モコにお礼を言ったすぐあと、メリルリースが訊ねてくる。



「……その、アイテムストレージだったかしら? それ、なんでも入るの?」


「さすがに何でもってわけじゃないみたいだな。アイテム化できないものは入らないっぽい」


「アイテム化?」


「えーっとな、たとえばの話、水の入ったポットとかはできるけど、水自体は無理とか。ほら、区切りがないだろ?」


「そうね」


「えーっとな、たとえばの話、水の入ったポットとかはできるけど、水自体は無理とか。ほら、区切りがないだろ?」


「……? それ、いま聞いたけど?」


「個別に分けられるものはストレージに入れることができて、そうでないものは収納できないって具合だ」


「……うん」



 メリルリースに聞き返された。



「ん? 聞こえなかったか?」


「はい?」


「だから個別に入れられるものはストレージに――」


「ちょっと、突然どうしたのよアンタ!? さっきから話がかみ合ってないわよ!?」


「そうでないものは収納できないって具合……」



 突然、メリルリースが取り乱し始めた。



「ね、ねぇ……大丈夫?」


「…………」



 ……おかしい。

 確かにメリルリースの言う通りだ。

 話がかみ合っていないというか、自分が遅れている感じがする。

 しばらく待ってみる。



「……すまん。これで大丈夫か?」


「え、ええ。急にどうしたのよ?」



 どうやらおかしなズレは直ったらしい、が。



「俺にもわからん。話していたら最後が急にかみ合わなくなった――いや」


「……?」



 ふと、ひっかかる。

 ゲームをプレイしているときに、似たような現象に見舞われたことがなかったか。

 リアルタイムの会話がズレる。

 そんな現象が――



「そうか……同期ズレのときと同じなんだ」



 記憶をたどって思い当たったのは――そう、同期ズレ。

 いわゆる、コンピュータとコンピュータの物理的な距離や、コンピュータの処理能力の差によってできる、リアルタイムのやり取りの不一致だ。

 以前のプレイ時にも、同じようにストレージ整理のために大量のアイテムを頻繁に出し入れしたとき、アプリケーションの動作がやけに重くなったことがあった。



 不具合祭りのグランガーデン。

 そのクソ雑魚サーバーが負荷に耐えられず、そのせいで遅延が起こり、他のプレイヤーとの会話におかしなズレが生じたのだ。



 しかし、



(だけどここは異世界だぞ? サーバーもアプリも、コンピュータさえ使っていない……)



 そう、遅れる原因は、コンピュータやサーバーを利用しているから生じるものだ。

 ゲームではない異世界ならば、遅延など出るはずがない。

 にもかかわらず、似たような現象に遭遇している。

 考えられるとすれば――



「ここはグランガーデンだから、不具合が出るのが当然だってことか? もしかしてそんな不必要な部分まで再現してるって言うのかよ?」



 ……あの自称女神は、この世界をグランガーデンと似たような世界だと言った。

 ここでは職業もスキルもアイテムも、世界地図もダンジョンも、ゲームと同じように存在する。



 つまり、あの言葉が真に正しいのであれば、異世界グランガーデンの現象システムも、例外ではないということだ。

 不具合も世界の現象の一つとしてカウントされる。

 物理法則までもが、ゲームのアプリケーションやサーバーと同じようなスペックで再現されているのだ。



 そして、今回の同期ズレは、それの影響だ。

 一定時間内に頻繁にストレージから出し入れをしたせいで、処理が必要なコマンドや内部ログが溜まっていた。

 そのせいでハルトというアプリケーションが重くなり、メリルリースというアプリケーションとの処理に差が発生。



 同期ズレが起こり、ズレが会話に反映されたというわけだ。



(うっそだろ? クソめんどくせぇ! そうなると今後不具合のことまで念頭に入れて動かなくなるじゃねぇか!)



 不具合まですべて再現されているのだとすれば、面倒どころではない。

 主にその影響を受けるのは戦闘だ。

 スキルが強ければ強いほど、膨大なデータのやり取りが発生する。

 ゲームで苦労させられた遅延関連のタイミング取りや軸合わせを、異世界でも味わわなければならないということになる。



(いやぁ……ハード過ぎんだろこの世界)



 物理法則にとてつもない欠陥があるにもかかわらず、よく世界が崩壊しないものだと思う。

 いや、それも含めて問題なく動いているからこそ、自分のいた世界と違う場所なのか。



「……独り言、終わった?」


「すまん。原因はわかった。いまみたいにアイテムストレージから頻繁に出し入れしたせいで、さっきのおかしなことが起こったんだ」


「……それ、使って大丈夫なの?」


「整理するときに気を付けてれば問題ない」


「便利なだけじゃないのね」



 頻繁な出し入れが主な原因だが、それだけでこんなことが起こったとは考えにくい。

 プレイ時に起こったときは、もっと多くのアイテムを出し入れしていた。

 今回は、コマンドや内部ログはそれほど多くない。

 おそらくだが、街の人間の行動や会話が含まれたせい、というのもあるのだろう。



 ゲームの街には多少NPCがいる程度だったが、ここでは普通に沢山の人々が暮らしている。

 一定範囲内で人が動きすぎて、低スペックを再現している物理法則システムでは処理が追い付かないのだ。

 今回のことを解決するには、アイテム整理のときは人のいないフィールド上で行うようにするしか手はないだろう。



 ともあれ、



(……運営が戦争RvRの処理用に金かけててくれて、別サーバー作ってくれたのがせめてもの幸いだな。RvRで遅延が起こったらマジ洒落にならんぞ……)



 RvR。

 多人数対多人数の処理量となると、今回の比ではない

 常に遅延、常にフリーズ、常にアプリケーションダウンの危険に晒される。

 世界崩壊待ったなしだ。

 運営、メーカーはそっちにばかり注力したせいで、他がおろそかになっているということもあるのだが。



「……メリルリース、この世界はさっきのことに限らず、もっと不便なことがいっぱいある。俺も気を付けるけど、お前も気を付けとけ」


「って言われてもね」



 確かに、この世界の人間にはゲームのグランガーデンというある意味メタ的な知識がないため、どうにもならないか。



 そもそも、バグや不具合がそのままなら――



「……あのさ、古代魔術スキルの【終滅の分断ファイナリティディバイド】って、誰も使えないとかある?」


「アンタ良く知ってるわね。覚えても何故か誰も使えないから、伝説の魔術スキルなのよ」


「うわぁあああああ……」


「………?」



 メリルリースの言葉を聞いて、頭を抱える。



 古代魔術スキル【終滅の分断ファイナリティディバイド】が使えないのは、グランガーデンの有名なバグだ。

 スキル説明には、MPの80%を消費して使うと表記されているが、実際使用するには、MPの101%が必要とかいうおかしな設定になっているのだ。


 プログラマーのミスである。

 使うための解決策はあるのだが、まさかそんなバグまで再現されているとは。



(この世界マジどうなってんの? ヤバすぎるだろ?)



 主に運営が悪い。

 なぜ、メーカーは中小企業だったのか。

 なぜ、サーバーを弱いまま放置していたのか。



(……いや、俺たちプレイヤーのせいだな)



 そう、当時はみんなが不具合を楽しがってプレイしていた。

 そのせいで、運営も致命的なものでなければ、積極的にパッチを当てることはしなかったのだ。

 そのせいで、目下こんなことに見舞われたのだが。



「……やること終わったし寝るか。なんかすげぇ疲れたわ」



 そう言いながら、仕切り用のカーテンをベッドとベッドの間に取りつける。

 すると、メリルリースが、



「……やっぱり手を出すつもりはないのね」



 手を出す。

 要は襲いかかるとか、無理やりいかがわしいことをさせるとか、そういったことを言っているのだろう。



「お前だってそんなことされたら嫌だろ?」


「そりゃあ、そうだけど……」


「なに? やっぱりお前ってば無理やりされるのが好きな……」


「違うっての! どうしてそんな話になるのよ!」


「だってこの前からずっとそんなことばっかり言うからさ」


「だ、だだだだって、不安じゃない! あらかじめ知っていれば、それなりに覚悟もできるっていうか。その」


「…………」



 メリルリースは、赤くなって目を逸らす。

 乙女の恥じらいか。

 普通は嫌悪感を露わにするはずだが、一体この少女の思考回路はどうなっているのか。



 ともあれ、ハルトとて男だ。

 そういった気持ちがまったくないわけではない。

 だが――



(手ぇ出すなんて)



 できるはずもない。

 メリルリースのことはどうでもいいが、ベルベットのことを考えると。

 他の女に手を出すなんて不貞は絶対にできなかった。



 ふと、そこで背中を冷や汗が伝う。

 思った以上にぎこちなくなりつつ――



「……あのさ、メリルリース。お前って、婚約者とか、将来を誓い合った相手とかいる?」


「な、なによ急に?」


「いるの?」


「い、いないわよ! 悪い!」


「別に悪くないが」


「なに? いたらどうだってのよ? え? え?」



 突然、メリルリースのガラが悪くなった。



「いや、いるんなら解放してやろうかなって。婚約者さんに悪いし……」



 自分と同じような目に遭わせているということになる。

 それは嫌だ。



「いる! いるわ! すっごくいる!」


「はいダウト。というかすっごくいちゃダメだろ……」



 この話はお終いだった。

 小さな声で「ほんとなんなのよアンタは……」と聞こえた気がした。



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