第15話 盗賊のアジトにて



 ――現在、メリルリース・ラーン・エルトリシャは、人生で最大の危機に陥っていた。



 それは、女の危機と言い換えることもできるだろう。

 場所は、盗賊団がねぐらに定めた坑道の中。

 目の前にはその頭目がいて、彼女はいま囚われている状態にある。



 男女の営みを知らないネンネでなければ、これからどんな目に遭うかは、簡単に想像がつくだろう。

 普段のメリルリースならば、こんな失態など演じない。

 彼女が就いている職業は、魔術師メイジ系の中では最上位職業に当たる【古代魔術師エンシェントメイジ】であり、レベルの総計は31。



 盗賊相手になど後れを取らない実力を持つからだ。

 だがそれでもこうして捕まっているのには、れっきとした理由がある。

 そもそもの発端は、メリルリースの故国であるラビリア帝国が、魔王軍の討伐に乗り出したことから始まる。

 ろくに魔王軍のことも知らない帝国上層部が、自分たちの威厳を属国に示すというためだけに、見積もりの甘い戦に臨んだのだ。



 属国から兵を集め、魔王軍と戦えば、属国の力を削ぐことができる。

 そして魔王軍を倒すことができれば、その名誉は支配者である帝国のもの。

 だが結局、ラビリア帝国は敗北の憂き目を見ることになった。



 メリルリースは徴収された魔術師メイジの内の一人であり、彼女もまた戦に駆り出され、魔王軍の圧倒的な物量の前にあっけなく敗走。

 そのタイミングを狙って、盗賊団が帝国の敗残兵を強襲。

 その結果が、奴隷落ちという屈辱だ。



 いまメリルリースの右手には、奴隷を魔力によって束縛する【隷下の呪術印】という印章が付与されている。

 これが、メリルリースが【古代魔術師エンシェントメイジ】であるにもかかわらず、盗賊に反抗できない原因だ。

 襲われたときにこれを付与されたせいで、多くの帝国兵が奴隷に落とされ、奴隷商に売られていった。



 残っているのは、メリルリース一人だけ。

 売れ残った。

 いや、残されたのだ。

 このときのために。

 魔術師メイジの装備であるローブや杖は奪われて久しい。

 いまは代わりに着せられていた粗末な一枚布の貫頭衣さえ剥ぎ取られて、清潔とは呼べないベッドの上に転がされている。



 相手は、【軽脚かるあしの盗賊団】という、帝国ではそれなりに有名な盗賊兵団の親玉だ。

 さながら熊を思わせるひげ面の見た目。

 偉躯と呼べる体格をした中年男。

 でっぷりとしただらしない腹を出してはいるが、レベルは30を超える強力な【斧戦士アックスウォーリア】である。

 いまは同じように裸になって、獣欲に満ちた瞳をらんらんと光らせていた。



「長く待たせたな。ようやく仕事が終わってお前の相手ができるぜ」


「……それまで、取っておいてたってワケ?」


「そうよ。俺様は好きなものは最後まで取っておいて、あとでゆっくりと味わう派の人間だからな。お前も、いまかいまかと待ってたんだろう?」


「――っ、待ってなんているわけないじゃない!」



 強く叫び返すと、頭目は嫌らしく笑う。



「お前も言うな。ここにいる間、ずっとそわそわしてたじゃねぇか。他の連中が売られていく中、自分だけが取り残されて、これからどうなるのか不安で不安で仕方ねぇって顔してたぜ?」


「アンタ、それがわかってて……」


「当然だ。本当はすぐにでも手を付けたかったが、そうしちゃあ過程を楽しめねぇし味気ねぇ。折角の上玉だ。しっかりじわじわと嬲ってから、弱ったところを食らうのがいいのよ」


「よくしゃべる……」


「なんだ? おしゃべりは嫌いか? いますぐにでも始めたいって、そう言うんだな?」


「誰がそんなこと――きゃっ!?」



 突然、頭目にシーツを奪われた。

 咄嗟に手や腕を使って身体を隠すも、その動作すら頭目の目論見通りだったらしく、にやにやとした笑みをさらに強める。



「い、いや……」



 覆い被さろうとする毛むくじゃらの身体に、反射的に目を閉じたそのとき。

 洞窟内に取り付けられた扉が、開く音が聞こえた。






「…………あー、これはなんと言いますか、お取込み中でしたかー」





 次いで聞こえてきたのは、間延びした声。

 まるで最悪のタイミングで場に現れてしまったような、そんな物言いだ。

 目を開けると、扉の前に赤い髪の少年が立っていた。



「え……?」



 年のころはおそらく自分と同じくらい。

 背は低く小柄で、同年代の少年たちと比べると見劣りするほどの体格。

 表情には幼さが残るが、目元は凛々しく、美少年と言っていいほど。

 盗賊たちとは、まるで異なる出で立ち。

 いや、衣装の材質さえ、見たことのないものだ。

 しかも、武器も荷も持っていない。



 何者、だろうか。



「……なんだぁ? ガキ、だと……?」


「うわこっち向くなよ! 嫌なモンが目に入るじゃねぇか! うっわー、最悪……」



 赤髪の少年は頭目のイチモツを見たせいで気分を悪くしたらしく、表情を嫌そうにゆがめている。



「うるせぇ! 誰だテメェは!? どこから出やがった!?」


「……どこからもなにもそこの扉からだけど……俺はほら、あれだよあれ。通りすがりってヤツ」


「通りすがりだと? いや待て! その前に外の連中はどうした!? おい! 誰かいねぇのか! 侵入者だぞ!」



 頭目は怒鳴り声をあげて部下を呼ぶが、彼らが来る気配はない。

 すると、



 ――パン!



「ざんねん、ぜんいんごりんじゅうです」



 赤髪の少年は、両方の手のひらを合わせて、祈るように目を閉じた。



「なに言ってやがるテメェ!? いや……まさか!?」


「……?」



 頭目が見せた驚きに、赤髪の少年は怪訝な表情浮かべる。



「おいテメェ、まさかこの女を助けに来たのか!?」


「ヘ? え? なに? ん?」


「そうなんだろ! 答えやがれ!」


「いや、勝手に決めつけられても困るんだけど。つーか誰それ?」


「あくまでしらばっくれるつもりか……だがこのタイミングでここに現れるなんてそれしかねぇ。いや、そうだ! そうに違いねぇ! それなら辻褄が合う! そうじゃなけりゃこのアジトのことを知るなんてできやしねぇからな……」


「あ、あのー、勝手に設定盛られても困るんだけどさ」


「うるせぇ! テメェはラビリアの人間だ! この女を助けに来たに決まってる!」



 頭目はどうにも、赤髪の少年を帝国の人間だと決めつけたいらしい。

 おしゃべりなうえ、思い込みが激しいとは面倒くさいことこの上ない。



 それに関しては、赤髪の少年もそう思っているらしく。



「いやいや、ほんとまったく話が見えないんですけど? なんでそんなにドヤってるんですかね? 誤解です。ほんと誤解です。というかラビリアってどういうことだよ、ここエルブン王国だぜ? なんで帝国の話になるんだよ――って、はぁ!? そちらでいまにもヤられそうになってる方、【古代魔術師エンシェントメイジ】じゃねのか? つーか最上級職業じゃないですか? なんで盗賊なんかに捕まって――げ、それ隷下の呪術印じゃん。なんでそんな最上級職業が喰らってんの!?」



 赤髪の少年も頭目に負けず劣らず勢いよくまくし立ててはいたが、どうやら頭目にも少年が言いたかったことは伝わったようで、



「なんだ、違うのか……」


「だから言ってるだろ。違うって。つーか勝手にペラペラ重要情報しゃべりまくって、あんたアホだろ?」


「アホだと……? テメェこの俺様が何者か知ってて言ってんのか……?」



 頭目は罵倒されたことに腹が立ったか【武威】スキルを発動する。

 他の賊たちが発するものとは別次元の力の発露だ。

 おそらく【武威】レベルは3相当。



 赤髪の少年の言う通り頭は悪いようだが、その実力は端倪すべからざるものがある。

 やがてスキルの見せる幻か、巨大な蛇が赤髪の少年をぐるりと囲む。

 赤髪の少年も、それを感じ取ったのか。



「あ、悪い。すごく強そう。そんな強そうなあなた様ですけど、どうやって古代魔術師エンシェントメイジに隷下の呪術印を施せたのか知りたいなって」



 少年が突然おもねり始めたことで、頭目は【武威】で彼を圧倒できたと思ったのだろう。

 おまけの追従笑いで気分を良くしたらしく、景気よく笑い出す。



「ガハハ、これはな。恐れ多くも魔王軍に挑んだ奴らの成れの果てってやつだ。魔王軍に敗走した奴らを片っ端からとっ捕まえて、奴隷にしたってわけよ。いや、楽な仕事だったぜ? 普段は強さを鼻にかけた連中が、弱りに弱った状態でそこら中から湧いてくるんだ。それで一通りの処分が終わって、残してあった上玉をいまここで味わおうってところだ」


「あ、俺と同じで好きなものをあとに残して取っとくタイプなんですね」


「お? お前もか? ハハハハ! そうだよな。好きなものは最後にゆっくり味わって食うのがいいよな。……で、結局お前は何者なんだ? どうして俺様のアジトに来やがった?」


「そんなの決まってるだろ? お前ら全員ぶっ殺して、金目のものを全ていただくためさ」


「…………」


「…………」



 頭目は置いてあった巨大な戦斧をおもむろに手に取って、赤髪の少年に斬りかかる。



「うぉらぁあああああああああ!!」


「うわ怖ぇ。いきなり何すんだよ? 危ないだろうが」



 赤髪の少年は怖がったような演技をしながら、横薙ぎを回避する。



「かわしたか……そう言えば、外の連中は全員死んだって言ってたな」



 ――ズビシ!



「それ今更すぎだろ? ほんとアホだなあんた」



 赤髪の少年の態度のせいで、頭目は顔を真っ赤にさせて、額に青筋を増やす。

 怒り心頭か。



「よくも俺の部下どもを! 死ね! 【ビッグスラッシュ】!」



 頭目が【斧戦士アックスウォーリア】の武術スキルを使用する。



 武術スキル【ビッグスラッシュ】は強力なスキルだ。

 斧から巨大な斬撃の波動を発生させて、近、中距離の対象に強力な一撃を浴びせる。

 それは斧の破壊的な力を持ち合わせ、斬ると同時に相手を砕き、ひしゃげさせるほどだ。



 スキルの発動、斬撃波動の速度ともにかなり速い。

 総計レベル30以上の実力は伊達ではない。

 距離は……数メートルもなかった。

 これは、かわせない。



 そう思ったそのとき、赤髪の少年の身体が突然ブレた。



「――残念。見てから回避余裕でした。というかお前もすぐにスキル使うタイプなのな。先にけん制するとか、ちゃんと戦術に組み込むとかしてから使えよこのド素人noob



 気付けば、赤髪の少年は先ほどいた場所から大きく離れていた。

 頭目はまさか回避されたことに、目を見開いて驚く。



「バ、バカな……いまの一撃をかわすだと!?」


「上には上がいるってことだ」


「何が上だ! 俺様はレベル総計35だぞ!?」


「ハッ! 総計しても35とかハナクソですわ」


「なんだとぉおおおお!」



 頭目は赤髪の少年に向かって斧をやたらめったらに振るう。

 稚拙な攻撃の仕方だが、その速度、威力と共にすさまじく、並みの兵士ならば回避することもできないだろう。



 しかし、赤髪の少年には通じない。

 その速度の攻撃をすべて見切っているらしく、足運びだけで軽々と回避していく。



(回避系のスキルも使わないの……?)



 武術スキルの中には、回避や防御のスキルも存在する。

 普通はそれを駆使して上位の武術スキルに対応するのだが、少年はそれを一切使用せず、頭目の斧から逃れていた。



 やがて、頭目は一向に攻撃を与えられないことに苛立ったか。

 突然赤髪の少年から距離を取って、こちらを向いた。



「クソッ、こうなったらお前も手ぇ貸しやがれ! 【印章スタム】!」



 頭目は右手を向けると、しもべに言うことを聞かせるための呪文を叫ぶ。

 すると即座に隷下の呪術印が働き、身体が自分の意に反して動き出した。



「あの野郎を動けなくさせる程度の魔術スキルでいい! 撃て!」



 予想に反し、倒してしまうほどではなかった。

 大きな力は発揮させたくはないらしい。

 制限がかかり、五割も力を引き出せない。

 命令のせいで、口が開く。



 だが呪文を口にするよりも早く、赤髪の少年の口が動いた。



「――【音死すサイレントシール】」



 赤髪の少年が口にしたのは、呪文封じの魔術スキルだ。

 魔術師メイジ系の職業に対しては有用なカウンター。

 だが――



「バカめ! そんな下位の魔術スキルが【古代魔術師エンシェントメイジ】に通用するとでも――」


「――――ぁ、ぉ――、ぉ……」



 突然、声が出なくなった。

 赤髪の少年の魔術スキルが、効力を発揮したのだ。

 頭目は予想外の事態に、呆然とする。



「な、に……?」


「お? かかったか。なんでもやってみるモンだなぁ……」



 一方で赤髪の少年は、図に当たったことで感慨深げ。

 一拍遅れて、山賊の頭目が叫び声を上げる。



「ば、バカな! そんな下位の魔術がどうして通用する!」



 それは、



「そりゃあお前がビビったからさ。そこの【古代魔術師エンシェントメイジ】がここでどデカイ魔術を使わないよう、制限かけただろ? 閉鎖空間だから、巻き込まれるんじゃねぇかってな。端から全力出させりゃいいものを。まー出させたところで、俺は倒されないんだけどな」


「ぐっ……」



 頭目は虎の子を封じられたことに、歯噛みする。

 赤髪の少年は頭目が警戒し身構えたことで、何を思ったのか。



「いいぜ。お前にハンデをくれてやるよ。俺はもうスキルを一切使わない」



 すると、頭目は勝機を見出したのか、下品な笑い声を上げる。



「はははははは! バカめぇ!」


「はぁ……バカはお前な」



 頭目が突撃する最中、赤髪の少年はその場で無防備に翻る。

 そんな不用意な動きに、彼が背中からばっさりと斬られるビジョンが幻視されたその直後、戦斧を振りかざした頭目の手が折れ曲がった。



 少年が繰り出したのは、蹴りだ。

 上体を倒すように下げつつ『回転しながら後ろ向きに出した蹴り』によって、頭目の腕はあらぬ方向へと折れ曲がり、身体もろともそのまま岩壁まで吹き飛ばされた。



 豪快な激突音に遅れて、坑道内に絶叫が響き渡る。



「うgyぁああああああAAあああA!」


「品のない叫び声だな。ロールするにしてももっとあるだろ?」



 姿勢をもとに戻した少年は、山賊の頭目に冷めた視線を向けた。



「な、なん、だっ! なんなんだっ! いまのは! スキルじゃねぇのになんでそんな動きができる!?」


「あ? こんなモン、スキルじゃなくてもできるだろうが? ほんと何言ってんだお前らはどいつもこいつも右ならえで同じようなこと言いやがって。お前も痛みで頭煮えたか?」



 赤髪の少年の言い回しはよくわからない。

 だが、彼は事実、スキルを使用しなかった。

 スキルの名前を叫んでいないのだ。

 ということは、だ。

 彼はあのような動きを、スキルなしでこなしたということになる。



 赤髪の少年は拳をぽきぽきと鳴らしながら、頭目に迫る。



「終わりだな。お前に恨みはないが。他のヤツの恨みが返ってきたと思って、諦めろ」



 赤髪の少年がそんな言葉を言い渡す。

 すると、頭目が突然、勢いよくその場に平伏した。



「た、助けてくれ! 頼む!」


「あ? この期に及んで命乞いかよ?」


「そ、そうだ! なんでもする! お前の……いえ、あなた様の言うことはなんでも聞きます! お望みなら靴も舐めます! だから、命だけはどうか!」


「ふん……お! なら、いいこと思い付いた」


「な、なんでしょう!?」


「――隷下の呪術印、俺に引き渡してくれ。ここで【古代魔術師エンシェントメイジ】を下僕にできるってのは、かなり有益だからな」


「――!? ――――!! ――――!!」



 赤髪の少年の提案に、叫び声を上げる。

 だが、抗議の声は詠唱無効の魔術スキルのせいで、音となって響くことはない。

 当然思いは届かず、交渉は手前勝手に締結されることになる。



「わ、わかった! わかりました! それでお願いします!」


「よろしい。じゃあ、譲渡だ。手ぇ出しな。あと、おかしなこと考えるなよ? 少しでも変な素振り見せたら、即その頭、みみっちい中身ごと消し飛ばすからな」



 少年がそんなことを言った直後、轟音と共に、洞窟が揺れた。

 見れば、岩肌をえぐるように拳のあと。

 拳撃を叩き込んだのか。

 頭目は「ひぃ――」と、情けない声を上げて震え出す。



 やがて頭目は恐る恐る呪印が刻まれた方の手を出した。

 それに突き合わせるように、少年も手を出す。



「お、俺はこのガ――」


「ガ? なんだ? ガキとでも言おうとしたのか? ん?」


「いっ、いえ滅相もない! 俺はこのお方に呪術印を譲渡する! 【印章スタム】!」


「譲渡に応じる。【再印章リ・スタム】」



 ……その輝きを見て懐いたのは、失望だった。

 助けに来てくれたというのは、当然のように幻想だった。

 そんなことなど、都合よく起こるはずもない。

 しもべとして生きるのは、変わらないらしい。

 赤髪の少年は右手を確かめるように回して、付与された印象を眺めている。

 しもべを手に入れて満足なのだろうか。

 そんな中、頭目がそろりそろりと扉の方へと歩き出す。



「じゃ、じゃあ、俺様はこの辺で」


「ん? どこ行くんだ」


「どこって、ここから出て行くんですが……」


「なんで? お前だけ都合よく生きて帰れるワケねぇだろうが」


「だ、だがさっきは!」


「ん? 俺はお前を助けるなんて、一言も言ってないぜ?」



 そう言って、赤髪の少年は不穏な笑みを口元に作る。

 確かに、少年は「いいこと思いついた」とか「俺に引き渡してくれ」としか言っていない。



 そう、助けてやると明確に口にしたのは、一度たりともないのだ。

 頭目は、図られたことをやっと悟たらしい。

 斧を拾い上げ、しゃにむに斬りかかる。



「このクソがぁああああああああああああああああああ!」


「クソはお前だ。テメェの背中に張り付いた亡者たちに、ずっと詫びてろこのボケナスが」


「うぁああああああああ!」



 頭目は猛獣の如き速度で迫るが、



「――遅えよ」



 赤髪の少年は無慈悲に吐き棄てた。

 直後、斧で斬りかかった頭目の頭が破裂する。

 その身体は斧の慣性に引っ張られ、あらぬ方向へ。

 気付けば赤髪の少年は、拳打を打ち出した格好で残心。



 動いたのが、斧が振り出されたあとだったにもかかわらず、頭目の頭に拳を叩きつけたのか。

 スキルもまったく使わずに。

 普通、身体能力には、レベルで補正がかかる。

 それは視力に関しても同じだ。

 レベルが上がれば上がるほど、速い動きを見切れるようになる。

 それは、魔術師だろうが闘士モンクだろうが、みな同じ。



 だが、そうであるにも関わらず――



(まったく、見えなかった)



 レベルが30以上あるにもかかわらず、動きの起こりさえ捉えることはできなかった。



 つまり、この赤髪の少年は、とてつもないレベルであるということになる。

 背筋に薄ら寒いものが走ったのは、その事実ゆえか。

 それとも、倒し際に少年が見せた、冷え切った眼差しゆえか。



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