1-4 宿場?

 延々と続くリンディの食べ物ネタの影響で、ふたりの空腹感が増加の一途をたどっていた頃、ようやく本日の中継地点である宿場に到着した……はずだった。それなのに、目の前にあるのは、二軒の半壊した建物……。唖然としたリンディは、二度ほどゆっくり瞬きをすると、いったん目を閉じて、深呼吸一回。落ち着きを取り戻してから、もう一度目を開く……すると、幸いにして……。

 どうやら半壊というのは見間違いだとわかった。……建設中である。その違いは大きくとも、泊まれないという点では、何の違いもない。まったく幸いではない点でも……。地図をもう一度見直して「宿場」と書かれた部分を確認し、セデイターは辺りを見回す……。


 ちょうどそこへ、今度こそ幸いなことに人が通りかかったので、駆け寄って宿場がどこか尋ねてみたところ……。

「宿場ねぇ……。あんたで何人目かなぁ。それ、聞いてくるの……」

 後方に離れているナユカの見立てでは、今はもうない某スナック菓子のひげのおじさんにそっくりなその人は、気の毒そうな表情を質問者へ向けてきた。いやな予感を隠せないリンディが無言で眉をひそめるのを視界に捉えたそのおじさんは、彼女が手にしている地図に気づいて、首を軽く左右に振る。

「ああ、その地図か……やっぱり」

「え」

 地図に目をやるブロンドの旅人に、カールおじさんが尋ねる。

「それ、お役所のだな?」

「……!」

 ふっと地図から視線を上げ、カールに向ける。

「ここが『宿場』って書いてあるんだよなぁ」ちょっとなまったセレンディー語で話すひげのおじさんは、建設中の二棟のほうへ振り向き、大きく息を吸い込んでから、声を吐き出す。「……見てのとおり、建設中だ」

「それはわかるんだけど……」嫌な予感マックスのリンディ。それでも、聞かざるを得ない。「他は?」

「ない」

 一言、きっぱりとした答えは、尋ねた者の予感に違わぬもの。思った通りでも、受け流すのは無理。はい、そうですか……とはいかない。

「ないってなに? 宿場でしょ?」

「宿場を建設中だ。あれが最初の二棟」

 聞きたくなかった単語。「最初」なんだ……「最後」じゃないんだ……。ということは、完成品は……。

「じゃ、じゃあ……なに? 宿はないの?」

「ないなぁ」

「一つも?」

「そうだなぁ」

「ぅ……」

 認めたくない事実でも、これだけ駄目を押されれば、もはや返す言葉もない。リンディは、一瞬、泣いてやろうかという気分になった。さすがに、それは押し留め、後ろに振り返って、少し離れたところで後方に佇むナユカをチラッと見る。

「気の毒になぁ……」目の前の女性の視線が向かった先にいる、もう一人の女性も視界に入り、同情的なカールおじ。「今頃は出来てるはずだったんだがなぁ」

「はず?」

「着工が遅れてなぁ……。権利関係とかいうことだがぁ、おれらにはようわからんわ」

 たぶん、今頃は出来てるはずだったから、役所の地図には「宿場」と記述されていたのだろう。完成していないのなら、それは「地図」ではなく、ただの「企画書」である。

 ここの街道は昨今開通したばかりで、未整備な部分もあり、いまだ正式な街道として認可されていない。それゆえ、現状では交通網の埒外で、人通りもほぼない。とはいえ、この場所はさほど大きくない街へのではあっても、中継地点としては距離的に適切な場所だ。したがって、当局としては、権利関係のごたごたがあっても、何とかして宿場を造りたいという意思はあったのだろう。それを示すためにも、完成前にもかかわらず、「建設予定地」や「建設中」という文言をすっ飛ばして、明白に「宿場」と記述したのかもしれない。着工するんだから完成するよね、ってことで……。

 そういえば、以前この近辺に来たこともある、例の筋肉姉さんサンディことサンドラが、地図を見たときに、「こんなところに、宿場なんてできたんだ。よかったじゃない」とか言ってたっけ。出来てなかったんだよ、あはは……。役所のバカヤローーー! きっちり完成させてから地図に書けよっ! 


 地図……のようなものを握り締めたまま、溢れ出る怒りと悲嘆に浸って呆然としている旅の女を見て、気の毒に思ったカールおじさんが、先と矛盾するようなことをのたまう。

「泊まるところなら、あるぞぉ」

 その声へ、はっと顔を向けるリンディ。

「え? あるの?」

「おれら、工事関係者の簡易宿舎だがなぁ」

「宿舎? どこ?」

「あっちさぁ」おじさんの指し示す先、建設中の二棟の隙間から、ちらっとそれらしき屋根が見えている。「予備の部屋があってなぁ。たまにあんたらみたいな人が来るから、泊めてやってるんさぁ」

「本当に? いいの?」

「何もない部屋だがなぁ。ベッドくらいはあるぞぉ」

「いいよ、それで。ありがとう、おじさん」眼前の親切な工事関係者に感謝する旅人。いったん覚悟した野宿は、どうやら避けられた。「ちなみに、いくらで?」

 当然のこととしてなされた確認に対し、おじさんは首を横に振る。

「金なんて取れねぇよ、宿じゃないんだから」

「……それって、ただってこと?」

「おうよ」

「……なんか悪いなぁ」

 普通の宿代程度なら払ってもいいんだけど……。食べ物以外は節約志向のリンディでも、恐縮気味。

「気にすんなって。おれが管理人に話しておくから」

「そう? なら、お言葉に甘えて……ありがと」再度、謝辞を述べた旅人は後ろを振り返り、同行者を手招きして説明しようとする。「あのね、ユーカ……宿についてだけど……」

 応じて、近づいてきたもう一人の旅人は、それをさえぎる。

「あ……いちおう、聞いてました。わたしは、泊まれるだけで十分です。ありがとうございます」

 ふたりに交互にお辞儀するナユカ。カールおじは、少し照れる。

「いやぁ、お役所のせいだからなぁ。おれらもそこから給金もらってるわけだし、放ってはおけないさ」

 殊勝なことだ。役所の金で簡易宿舎が管理されているとはいえ、見知らぬ旅人に貸す筋合いはないのだから。フリーランスのリンディには、そういう宮仕えの感覚はない。そのため、むしろ、あまりにもまっとうすぎる発言と親切さに若干の警戒心を抱いてしまう。信用しないわけではないものの、警戒をゼロにするのは好ましくない。今日は、自分だけではなく、守るべき同行者もいる……。

 その当人はといえば、屈託なく、素直におじさんを持ち上げている。

「立派です、そういうの。なかなかできないことだと思います」

 勝手に貸すとお役所からとがめられるかもしれない……と思っての賞賛である。

「いやぁ……、はっはっは」

 褒められた方は、照れながら気をよくしている……あるいは、ナユカにうまく転がされているのかも。もしかしたら、彼女は確信犯の小悪魔なのだろうか……? 現状では、リンディには判断がつかない。賞賛が本心かおだてなのかはともかく、見る限り、カールおじさんは、シンプルに気をよくしているようだ。どうやら別に裏はなさそうだと思い直し、賛辞に乗りまくっている当人を目の前の現実へと引き戻す。

「えーと、それじゃ……早速だけど、案内してくれる?」

「お。おう」はっとして現世へと戻ってきた気のいいおじさんは、目的の建物へ足を向ける。「じゃ、付いてきてくれや」

 視線の先の簡易宿舎は、いわゆるプレハブ風の建物で、素っ気ないことこの上ない。おじさんによれば、工事が終わったら宿舎を取り壊すことにはなってはいるものの、現在建築中の宿二棟ができた後の計画が不明瞭なため、いつ撤去されるかはわからないという。

 ちなみに、現在ここに常駐している工事関係者は二十人程度で、女性も半数近くいるらしく、男たちの巣窟に若い女二人が投げ出されるわけではないから、安心してほしいとのこと。もとより、戦闘慣れしているセデイターは、たとえなにかがあっても、筋肉勝負の素人相手に負ける気はしていないが、同行者の存在を考えれば、女性が多いのは安心材料だ。


 ほどなく案内された部屋は、ほぼ寝るためだけのものといっていいだろう。大きめのベッド以外には、簡素なテーブルといすが設置してある程度で、おしゃれな内装などは当然なく、基本、殺風景だ。その分、掃除しやすいのか、室内がきれいに清掃してあるのは、建設現場の雑多な印象とは逆で、利用者には好感が持てる。

 そして、なんといっても気になる食事は、定期的に運び込まれる食材から専門の食事係がまとめて作っており、材料の実費程度を払いさえすれば、旅人たちも食堂でご相伴に与れるそうだ。

 この朗報を受けた食道楽は、軽いガッツポーズで喜ぶと同時に、カールおじさん――本名は当たらずといえども遠からずの「クァルドス」さん――に対し、さきほどは多少の疑念を抱いたことを反省。多少の罪悪感もあって、少し前のナユカ以上に、おじさんを持ち上げ始める。一時は「野宿アンド保存食」を覚悟した状態からの大幅な格上げであり、食い意地の張った旅人として、賞賛するのに躊躇はない。

 すると、リンディから連続して放たれるほめ言葉を聞き続けたクァルドスことカールおじさんの意識が、いつの間にか完全にあちらへ飛んでしまった……。きらきらした目で笑顔を浮かべながら、部屋の中でボーっと立ちすくんでいる。

「やばっ」

 あわててヨイショを停止するセデイター。……どうやら、気づかないうちに言葉に魔力がこもってしまったようだ。強力な感情とイメージを伴った言葉には、意図しなくても魔力が込められるもの。ついつい、ご飯を食べられることを喜びすぎた……。喜びと食事のイメージが言葉に乗り、ちょっとした魔法が発動されたわけだ。

 バジャバルをセデイトするときにも言葉に魔力を込める技を使ったが、今回はそれの無意識的な拡張版といえる。魔力のキャパシティが大きいこともあって、実のところ、彼女は魔力の出力コントロールが苦手だ。そのため、特定の精神系魔法を封じるという対策をとっており、こんなことはそうあることではない。


 幸い、不幸な……いや、幸福を満喫しすぎた被術者に解除の魔法をかけ、声をかけて身体を軽くゆすったりしたところ、どうやら正気に戻り、とりあえず事なきを得た。この程度の偶発的な魔法によってひどいことになることはないとはいえ、こういった「事故」がばれたら、フリーランスのセデイターでも始末書程度は必要となる。周囲には、魔法をよくわかっていない同行者しかいなかったのが、リンディには救いだ。適当に二人を誤魔化してこの場をやり過ごせばいい……。

「ちょっと疲れたんじゃない、おじさん。わたしたちのことはいいから、もう休んだら?」

「まだまだ疲れちゃいねぇよぉ。でも、ま……あんたらも疲れてると思うし、おれは退散するかなぁ」

 こういう意地の張り方も、ある意味、ツンデレのうちに入るのだろうか? 妙なことを思いつつ、ナユカは会釈する。

「お気遣い、ありがとうございます」

 クァルドスというより、やっぱり、カールおじさん……は、照れ隠しに頭を掻く。

「んじゃ、食事の時には呼びに来るから、ゆっくりしてろよぉ」

「いろいろありがとね、おじさん」

 ドアへ向かったカールに後ろから声をかけ、リンディが手を振る。振り返った笑顔のおじさんを、ナユカはお辞儀でお見送り。


 カールおじが去ると、リンディはベッドに向かい、ポンと腰掛けてから上体を倒す。そして、ふうっと息を吐いてから、つぶやく。

「なんとかなったな……」

 それに二重の意味が込められていることは知る由もないナユカも、同様にもう1つのベッドに腰を下ろして、ようやく一息ついた……ものの、なんとかなった寝床とは別に、頼まなければならないことがある。

「あの……食事代、貸していただけませんか」

 荷物をなくしたため、現在、虚しくも、文無し。それに、仮にあったとしても、持っていた通貨がここで使えるかどうかわからない。もはや、ここがどこなのか、さっぱりわからない。

「ああ、荷物なくしたんだよね。あたしが出しとくよ」

「すみません。後で必ず返しますから」

 そうは言ったものの、迷子にはその当てがない。ただ、返すつもりなのは本当だ。そこへ、貸し主から渡りに船の話。

「それは、たぶんいらない。後で出るから」

「出る……っていうのは……?」

「セデイト対象者が関係した犯罪の被害者を当局に送ってるわけだから、その経費はもらえるってこと」

 セデイターである自分の職域の範囲内であるから、請求により、経費は確実にもらえる。それプラス、ギャラ以外にもいくらかの手間賃や謝礼金の類が出るだろう。

「えーと、それは……?」

 まだ、ナユカには、セレンディー語の専門用語はわからない。

「とにかく、あたしが払っとくからいいの。あとであっちに請求するから」

 それできっちり出してくれるなんて、えらく太っ腹な当局だ……。ただ、これにはからくりがあって、多量の魔力を要する転送を行えば、ストレージしてある魔力源を相応に目減りさせてしまうため、二人で二-三泊程度なら、その費用を出すほうが当局にとって都合がいい。魔力源である魔法元素の大量確保にはそれ相応のコストと労力がかかっていることに加えて、いざというときに魔力不足に陥るようでは元も子もないからだ。そこで、経費を出すことで、転送回数を減らすインセンティブにしている。

「はい、ありがとうございます。いろいろすみません」

 とにかく、払わないでいいらしい。なんだか、世話になりっぱなしだ。この人がいなかったら今頃どうなっていたことか……。そう思うと、隣のベッドで横たわっているリンディを拝みたくもなってくる。さすがにそれはしないものの、ナユカの気持ちとしてはそうだ。

 当面の懸案が解決し、ようやくほっとした一文無しは、ベッドの上に腰かけ、手を上に挙げてぐっと伸びをしてから、隣に倣ってベッドへ倒れこむ。それから、ふたりとも無言のままで疲れた頭と身体を休めていた……。


 しばらくそうしていると、少しばかりは脳がリフレッシュされたらしく、ナユカはもうひとつ気にかかっていたことを思い出した。

「そういえば……さっきの、あれ……ですけど……」

 ギクッとしたリンディ。「さっきのあれ」といえば……。慎重に聞き返す。

「……『あれ』って……なに?」

 おそらく、あれのことだろう。

「その……クァルドスさんが、止まっちゃったやつです」

 やっぱりそれ。なんだかんだで、きっちり聞いてくるよね……このは。どうしよう……。

「と……止まった……かな?」

「ええ、立ったまま。びっくりしました」

 はっきり見てたか……。そりゃそうだ、目の前だもん。……誤魔化そう。

「……そ、そうだね……どうしちゃったのかなー、あはは」

「どうしたんでしょうねぇ……」

 その聞き方ってわざと? わざとなの? 困ったリンディは対応できず。

「……」

「変ですよねぇ……」

 わかったよ、もう。話すよ、話します。

「……不可抗力だよ」

「はい?」

 わからないようだ……言葉が難しかった……わざとだけど。これで諦めて……。ナユカに視線を向けたリンディのほうが諦める。……くれそうにはないな。

「……だから……魔法が発動しちゃったの、勝手に」

「あ、そうなんだ……やっぱり」

 ……わかってたんだ……この小悪魔。あたしより背が高いけど。

「もういいでしょ。忘れて」

「は?」

 わかるでしょ、全部言わせる気? 天然なの? それとも、やっぱり、わざとなの? 

「都合が悪いの。そういうこと」

「はあ……わかりました」

 ここでの「都合」がナユカにはよくわからないが、これ以上このことに触れないほうが良さそうだ。ここで恩人を追い詰めるメリットはどこにもない。ただ、勝手に発動というのが不思議で、「そんなこともあるんだ……」と隣に聞こえないようにつぶやいていた。

 一方、セデイターは、この素直なのかあざといのかわからない同行者に気づかれたことは、この際、仕方がないとしても、魔法が勝手に発動したこと自体がどうにも気にかかる。これはもしかして……? いや、そんなはずは……。現状、メンタルにも影響はないし……ま、たまたまでしょ。ご飯の大幅な格上げに喜んだだけ……。とりあえず、お腹すいたし、食事まで休んでよっと。空腹時の思考は疲れを倍化させるので、リンディはさらなる休息に入る。


 少ししてから、改めてぼーっと休んでいるふたりの部屋へ、やはりカールでしかないクァルドスと、この簡易宿舎の管理人が現れた。話はカールからすでに聞かされている管理人は、内容の確認のため、部屋の外からおじさん越しにふたりをさっと視認しただけで、あっさり退散。カールおじがよほど信用されているのか、あるいは、単にルーズなのか……。非公式な宿泊なので、わざとあまり関わらないようにしているかもしれない……後からお役所に詳細を報告するのも面倒ということで。

「夕食が……」

 室内へ通されたカールがその先を口にする前に、待ってましたと喜ぶ空腹の食道楽プラス一名。走り出したい気持ちを抑えながら、ふたりはおじさんに連れられて食堂へ向かい、空いている席へと案内された。

 セルフサービスだから適当にやってくれとのことで、なにかあったら呼ぶように言い残して、カールおじさんは仲間たちのテーブルへと去っていく……。彼なりにふたりの邪魔をしないように気を遣ったのだろうか……そうであれば、わりと気が回る人だ。なんといっても、食事に集中できる……。リンディはカールへの評価をさらに一段上げた。


 料理は、短期的に交替で出張ってきている料理人が作っているそうで、定番ながらそれなりにしっかりした味だ。新設中であってもいちおう街道沿いというロケーションのためだろうか、素材も悪くない。品数のほうも、デザートを含めて七品ほどと、それなりにある。見れば、料理の前に置かれているセルフサービス用の皿や鉢は、肉体労働をしている人たちへの食事ゆえに、一回り大きめだ。これだけあると、それらを載せる木製のトレイで一度に運ぶことはできず、全種類に手を出すと、自分の席との間を二往復するのが必要となるほど。料理の質と量を充実させた、なかなかの福利厚生といえる。このような周囲になにもないところでは、食事くらいしか楽しみがないということで配慮しているのだろうが、たまたまこの場へ足を踏み入れてしまった旅人、特に食道楽には、災い転じて福としかいいようがない。

 一方、ナユカにとっては、それぞれの料理は初めて食べるものであり、ふつうなら若干の躊躇があってもおかしくはない。しかし、調理されていれば、人間の食べるものならなんでも食べられると思っている彼女には、それがない。空腹に任せて、ためらいなくメインディッシュらしきものから食べ始めてから、リンディに何の料理かを聞いたところ、知らないのかと少し驚かれた。

 知らない一品をためらいなく口に運ぶ眼前の迷子の、その容赦ない食べっぷりに目を見張りつつも、そのような姿勢には好感を持っている食道楽は、食べながら快く説明を始めた。実のところ、それを聞いても、とりわけ素材に関してはわからない部分が多いナユカだが、嬉々として説明をしているリンディを見るにつけ、なんとなく可愛げを感じてしまう。どちらかというと、最初は凛々しいイメージだったので、少し距離感が縮まったように思え、気持ちが和んでくる。この先、どうなるかはわからなくても、付いてきたのは正解だったと、迷子は改めて実感した。

 それからも、尋ねられれば、食通は料理を逐一解説。素材や調理法、おいしい食べ方、おいしい店、豆知識など、豊富な知識を披露してくれる……。道中も、食べ物の話を聞かされたが、そのときに比べれば、今は耳に入ってくる。耳を傾けつつ、ナユカがふと思ったのは、その本人は料理をよくするのだろうか、ということ。そのことを質問してみると、「……あまりやらない」という答え。もっぱらの消費者であると理解し、その点は追求しないことにする。


 こうして、主に食べ物に関する会話を交わしつつ、心地よく食事が終わった頃合いに、工事関係者――見たところ、リンディよりも少しばかり年上の女性が、ふたりのテーブルへと近づいてきた。

「聞いたよ、災難だったね。ま、たまにいるんだけど……『被害者』」役所の「地図もどき」による災難を被ったふたりに声をかけ、持っているボトルを見せる。「どう? 飲まない?」

「あ、それは……」

 ボトルのラベルに注目する食通。なかなか高い酒だ……アルコール度も。

「へへ、いいでしょ。もちろん、おごり」にこっと笑うお姉さん。少し酔っているようで、お色気放出中。「その代わり、話……聞かせてよ」

 酒をテーブルにトンと置いて、空いているいすに掛ける。どこの世界でも、セクシーなお姉さんには要注意。ここは自重……といっても、酒のほうにだが、リンディは身構える。

「何の話?」

「魔法省から来たんでしょ? その辺りの話」

 お姉さんは、ボトルを人差し指で軽くはじく。

「……話せることならね」

 どうやら、差し入れには効力がありそうな気配。

「それでいいよ。別に秘密を聞こうってわけじゃないんだ」

「そう?」

 疑わしげな魔法省常連。まだ警戒中ではある……。

「ちょっと、近況をね……あたしの知人のこととか……知ってればだけど……」

 ほろ酔いのお姉さんがちらっと見せた、どことなく憂いのある表情を目にするにつけ、魔法省の秘密を探ろうとしているのではないように思える……。いくら魔法省にしょっちゅう通っているとはいえ、フリーランスのセデイターは、かの省の詳しい内情など、さほどに知るものでもない。それらに通じている体力系の中間管理職は知っていても、その当人は肝心なことは教えてくれないし……。てことで……まぁ、ちょっと飲むくらい、いいかな……知らないことは答えられないわけで……。

「……グラスは?」

「今、持ってくるよ」

 グラスを取りに戻ろうとターンするお姉さんを、話の流れからボトルの中身が酒らしいと察知したナユカが呼び止める。

「あ、あの……」

「なに?」

 振り返るセクシー姉さん。どちらかといえば細身の体型でも、さすがに肉体労働をしているだけのことはあって、服の上からでも、その筋肉の質は同系のスポーツウーマンの目を惹くが、今はその話ではない。

「わたしは……飲めないので」

 ここでは……どうなんだろう? フランスでは小学生でもワインの水割りを飲むと聞くけど……。ともあれ、飲酒経験のない異邦人が、法的な意味のみならず、「飲めない」と思っていることに変わりはない。……でも、お姉さんは……飲ん兵衛の常として飲ませたいらしい。

「あら、残念。おいしいのに」

「彼女は、魔法省とは関係ないから」

 飲ませても無駄だという、リンディの皮肉。

「……まぁ、そのにはジュースでも持ってくるよ」


 ほろ酔い姉さんは席を立ち、グラスとジュースを取りに向かった。すると、自分とリンディがきれいに平らげた食器群を片付けようと、ナユカも立ち上がる。自分と同系の筋肉を見透かして、なにかのスイッチが入った。

「わたしは食器を戻してきますね」

「じゃ……あたしも行くか……」

 でも、動くのがかったるい……気力がでない……。そんな、食後の食道楽に、天の声が。

「あ、わたしがまとめて持っていきます」

 二人分の食器をまとめるべく、まずは木製のトレイを重ねるナユカ。

「え? そう? でも……」

 などと、返事しつつも、そうしてくれるとうれしいなと。

「リンディさんがここにいないと、あのお姉さんが困るでしょう?」

「まぁ……そうだよねぇ」

 ずいぶんと気の回る理由を用意してくれるなぁ……自分で考え出さずに済んだ。

「なので、わたしがまとめて持っていきます」

 ここの食器類は陶磁器製で、薄っぺらくて安っぽい金属製などのように軽くはない。その点は、長期間となる生活の質に配慮した結果だろう。食事にこだわっても、それが盛られるものが貧弱では、味気もなくなるものだ。加えて、力自慢の集う現場での破損防止を避けるためか、皿や鉢の類がやけにがっちりしている。これには、割れて足りなくなり、こんな辺鄙なところへ重いものを再度搬入する事態に至るのを避けようという意図が見て取れる。さらに、大は小を兼ねる……ということで、各々の皿などは、肉体労働向けの食事の量を考慮しており、通常よりも一回り大きい。

 そして、今、テーブル上にあるのは二人分で、大皿6、中皿6、小皿2、小鉢2、カップ2……けっこう食べたな……食道楽は食卓を見回す。あとは木製のトレイが二つ。

「……それはありがたいけど……重くない?」

「このくらいなら楽です」立ち上がって食器をまとめながら、スレンダーな娘は微笑む。「これでも力あるんですよ」

「力、ね」手伝おうと大皿の一つに片手を伸ばして持ち上げたところ……。「重!」

 やけに重く感じ、いったんテーブルに置いた。すると、ナユカがすかさず手を伸ばす。

「あ、大丈夫ですよ。わたしがやります」

「……そう?」なんとなく、非力を馬鹿にされたような……。確かに魔法職なのでパワー勝負ではないものの、そんなにか弱くはない。「片手だったからねぇ……」

「そうですよね」

 相槌を打ちつつ、片手で皿を持つ目の前のスレンダー。当てつけのような意図はないのかもしれないが、なんとなくカチンと来た魔導士……挑発してみる。

「まぁ、全部を片手で運べればすごいと思うけどね」

「……やりましょうか」

 乗った……。まさか、乗るとは……。

「いや、やらないでいいから」

「できますよ」

 ずいぶん自信があるな……まさか、魔法を使う? その場合は、筋力強化魔法だろうか……? 方向指示の魔法も使えないのに。……とりあえず、見届けてやるか。使う魔法によっては、彼女の出自などにつながる手がかりが得られるかもしれない。片付けには手を出さず、リンディは黙って自信家の動向を見守る……。

 そうこうしているうちに、二枚重ねた木製トレイの上に、陶磁器の食器群が積みあがった。

「それでは……」

 ナユカがトレイに片手を……。魔法は? 

「ちょっと待った!」

「はい?」

 力自慢が静止。

「片手?」

「え? あ、いえ……やりませんけど……やりましょうか? できますよ」

「あ、やらないでいい」

「ですよね……。ここではちょっと……あれですし……」

 目立つし、泊めてもらっている立場上、好ましくないという判断。

「そうだよね」

 内容はともかく、結論はリンディと共有しているナユカは、トレイを両手で持ち上げる。

「じゃ、行ってきます」

 危なげなく食器群を運んでいく後姿を、リンディは見つめる。

「許可したら、やったのかな……」

 魔法を使う兆しは、まったくなかった。ただ、やってみせたいという意欲は感じた。いわば、みなぎる闘志……的なもの。魔法を使わないなら、そういったものを見せる人物は身近にいる……例の筋肉姉さん、サンドラ。スレンダーなナユカとは体型もキャラクターも違うが、力技系の醸し出す雰囲気には、近いものがある……。もしかしたら、本当は性格も同類で、猫を被っているだけなのだろうか。そうだったら、親しみが涌くような、ちょっとやばいような……。念のため、虎の尾は踏まないように気をつけたほうがいいのかも……。


 妙なミステリーを一つ抱えてしまったリンディが、離れたナユカのほうに視線を留め置いて、ひとりテーブルで待っていると、先のお姉さんが、グラス三つとジュース瓶、皿にはつまみ少々をトレーに載せて戻ってきた。

「あれ? あのは?」

 聞かれて、お姉さんに向けた視線を、遠方の当人に再度戻す。

「すぐ戻ってくる」

「それじゃ、先に始めよっか」

 席に着いたほろ酔い姉さんがグラスをリンディと自分の前に配り終えた頃、片付けを終えたナユカがこちらへ歩いてくるのが、二人の目に入った。

「あ、来た」魔導士は、力自慢が戻るのを待つ。「ありがと。ご苦労様」

 ねぎらいにうなずいてから新たな同席者に会釈し、筋力スレンダーは着席。お姉さんがその前へグラスを配り、テーブル上の瓶を指差す。

「あなたは、そのジュースでいい?」

「はい」

 なんのジュースかわからないが、とりあえず飲んでみようという異邦人。ジュースの瓶に貼ってあるラベルをいちおう調べてみたところ、フルーツらしきものが描いてあるから、特に問題はなさそう。でも、まさか、ドリアンジュースのようなものだったらどうしよう……。警戒しつつも、まだ飲んだことがないから、それもおもしろそうな気がしている。

 その間に、ほろ酔い姉さんがリンディと自身のグラスに酒をつぎ終えたので、ナユカもしばし観察していたジュースの瓶をグラスへ傾けようとする。

「待って」そこで、リンディが自称下戸を制止した。「お酒、全然飲めないの?」

 もしかして、何らかの戒律で、とか? もしそうなら、この迷子の出自の手がかりになる。

「え? ええ、たぶん。飲んだことないので」

 手にしたジュースの瓶を、いったんテーブルに置く。

「飲んだことない?」

 たいてい、家で一口や二口や三口くらいは飲んだことがあるものだ……リンディの常識では。

「その……うちの家族は、あまり飲まないから……」

 お寺さんである。飲んでもほどほど。もちろん、どんな宗教法人であれ、そうでないところもあるようだが……是非はともかく。

「よし。じゃあ、飲んでみよう」ほろ酔い姉さんが立ち上がる……。気合が入ったのか、実際にすっくと立った。「この機会に」

「え……でも……」

 何の機会だろう? もちろん、好奇心はある。だけど、未成年だし……。大学のコンパでも、今まで飲まずにやり過ごしてきた常識人のナユカ。実家の「職業」柄、そういったトラブルは避けてきた。……ただ、もう合法の近似値かな……四捨五入すれば……って、それはアバウトすぎる。でも……フランスなら問題ないし……イギリスのエリート高校でもOKだとか……。ここでは……どうなんだろう? ていうか、ここって……どこ? いろいろなことが脳内を巡っているところへ、今度は別方向の美女からの誘惑が。

「少しだけならいいじゃない。これも経験ってことで」

 飲酒しない宗教的な理由とかはなさそうなので、とりあえず飲ませてみよう。酒の力でなにか思い出すかもしれない……迷子になった経緯とか。

「どうせそのうち飲むでしょ? それなら……」立ったまま酒のボトルを持ち上げたほろ酔い姉さんは、それを軽く左右に振る。「最初はいいもので始めようよ」

「そうそう」ボトルに目をやるリンディ。「それに、あたしたちが監督するから大丈夫だよ。へべれけになんてならないから」

 誘惑の一押しに、常識は敗北……しなかった。

「……いえ、やっぱりやめておきます」

 法的な問題はさて置き、やはり、今、自分の置かれた状況で飲むのはまずい。右も左もわからない場所で、右も左もわからなくなるようなリスクは冒せない。

「あら、残念」

 お持ち帰り期待のコンパ男と違い、お姉さんはそれ以上しつこくすることはなかった。というのも……。

「わたしが飲んだら、お二人の分が減りますし」

 ジョークは、酒好きの図星をついた。この初心者が間違って酒豪のポテンシャルを顕現でもさせたら、せっかく持ってきたいい酒の分け前が減る。

「言うねー。ま、言えてるけどねー」

「じゃ、ジュースついであげる」

 代わってリンディがジュース瓶をつかんだので、ナユカがグラスを差し出す。

「あ、すみません」

 ジュースではあるが、まじまじと中の液体を覗き込む……。食事と違って少し慎重だ。アルコール飲料の話をしていたせいか、どんな成分が入っているか気になってきた。たとえば、どこかのエナジードリンクのように過剰になにかが入っていたり……。

「それじゃ、乾杯しようよ」

 満足げにボトルをテーブルに置いて、再び席に座ったほろ酔いは、自分のグラスを持ち上げる。

「何に?」

 リンディに聞かれ、ご機嫌なお姉さんは二人を交互に見つめる。

「もちろん、素敵な出会いに。うふっ」

 投げキッスのような仕草。もしかしたら、見かけより酔っているのかもしれない。

「それでいいや」

 食道楽も、面倒なのか早く飲みたいのか、特に突っ込むこともなく、グラスを持ち上げる。苦笑しつつ、酒を飲まない者もそれに倣う。

「じゃ、かんぱーい」

 掛け声をかけて、お姉さんはグラスの縁を持っている反対の手の人差し指で軽く弾く。リンディも同様。……ここでは、こういう乾杯の仕方なのだろうか? 二人の仕草に少し戸惑いつつも、異邦人はそれに倣う。そして、一名を除いた酒宴の始まり。


「うん、いける」

 食通の一口目は、テイスティングのよう。ぐいっといかずにゆっくり味わうところは、それっぽい。

「でしょ、でしょ」

 一方、こちら、うなずきながら一杯をぐぐっと飲み干し、さらに陽気になったお姉さん……。その本人とグラスを、リンディが交互に見る。

「ちょっと、速くない?」

「けっこう待ったからねー」確かに、酒を持ってきてから飲むに至るまで、意外に時間がかかった。「あんたも、どんどんいってよ」

 ほろ酔いを通り越してきたお姉さんはボトルを鷲づかみにし、まだ半分は残っている食通のグラスに、上等な酒をなみなみと注ぐ。こうなると、コンパでへべれけになった学生と変わらない。

「ちょ、ちょっと」仕方なく、それをこぼれなさそうなところまですする。「もっと味わって飲もうよ。安酒じゃないんだから」

「おっと、そうだよね……。つい、いつもの調子で」

 味そのものよりも、酒の価値を思い出す、お姉さん。もちろん、おいしいからいってしまうわけだが……。

 ちなみに、リンディは普段から酒はたしなむ程度で、それほど飲まない。弱いからではなく、セデイターという職業柄、プロフェッショナルとして、精神に影響を及ぼすことのないよう自制している。そのため、今、目の当たりにしているような「いつもの調子」になることはない。


 酔いどれ姉さんの二杯目は、一杯目のように一気ということはないにしても、相変わらずピッチが速く、話をしている間もない。いつもはゆっくり飲むセデイターも、このままでは、せっかくの酒を全部飲まれてしまうという思いに駆られ、いつになく速いペースで飲んでいき、早々にグラスを空にした。にもかかわらず、間違いなく大酒飲みらしいお姉さんは、見れば、すでに3杯目を自分のグラスにつごうとしているところ。食べるほうならまだしも、飲むほうでこれに追いつくのは不可能なミッションだと悟った食道楽は、ペースを落とさせようと声をかける。

「そうそう、知りたいことってなに?」

「そうだった、忘れてた」飲酒に夢中になって、肝心なことが飛んでいた……。のんべえは、なみなみまでではなく、理性的には適量である七分目程度でつぐのをやめた。「……そういえば、自己紹介もまだだったね、あはは」

 ここでようやく互いの名前を知り、まともな会話も始まって、飲酒は若干のペースダウンを見た。あのままでは、ダブルノックアウトになるところだ。両者の飲みっぷりを唖然として見ていたナユカだけが残ったことだろう……。


 この飲んだくれお姉さんの名前は、スウ=アン=クレイ。以前は、魔法省のある第二首都に住んでいた。そして、省内に知人が少なからずいるという。彼女が挙げた名前の中には、リンディの知っている名前もあった。魔法省に関わってはいても、セデイターはフリーランスであって魔法省勤務ではないので、かの省の職員をそれほど知っているわけではない。それに対して、同じ都市に住んでいたからというだけで、スウが省内の多くの人を知りすぎていることをいぶかしく思い、追求してみたところ、彼女は少々話し渋ったものの、最近別れた元旦那が実は魔法省の職員だと答えた。

 名前を聞けば、聞いたことあるような……ないような……。そんなリンディに、スウが元旦那の外見や人物像を聞かせてきたが、はっきりと思い当たる人物はいない。ただ、おもしろいのは、その説明を聞く限り、元妻が元夫に悪感情を抱いている風はなく、むしろ、その逆に思えること。離婚後のどろどろしたトラブルゆえに情報を引き出そうとしているのではなく、どちらかといえば、復縁などの可能性を探ろうとしているように、聞き手には思えた。元旦那の近況を知ることができず、スウは残念そうだったが、それ以上しつこく聞き出そうとすることはなく、場の雰囲気が悪化することはなかった。

 その後は、魔法省周辺の商店――この御両人なので、とりわけ、食堂や飲み屋――などの話に終始し、酒席は和やかに終わる。まともに会話が始まってからはゆっくり減っていった酒瓶はついに空となり、酔いどれ姉さんほどではないものの、セデイターはいつもなら飲まないほどの量の酒を飲んでしまった。気を張って、なんとか精神への影響がないようにしている分、身体のほうへの影響が大きく、席を立つと多少ふらつく。それをナユカが咄嗟に支えようとする直前に、リンディはなんとか自力で持ちこたえた。スウのほうはもう少し仲間と飲んでいくということなのでここで別れ、そのうわばみ加減に呆れつつ、ふたりは自室へとゆっくり戻ってゆく……。


 部屋に入ったリンディは、ベッドに直行して寝転がる……というよりも、倒れ込む。酩酊した脳内をよぎるのは、先ほどスウから聞いた、この宿舎には小さいながらも浴場があるということ。でも、今の、全身に酒が回った状況で風呂に入るのは、もちろん、よろしくない……残念ながら。

「お風呂、先に入っとけばよかったなぁ……」

「お風呂……」

 疲れた迷子の長い一日には、いろいろなことがありすぎた。入浴はその疲労を少なからず癒してくれるだろう……。イメージするのは、温かい湯につかってリラックスする自分……それはまるで魔法のような時間かも……。

「ユーカは入ってきなよ。あたしは酔いを醒ましてから……行くから」

 魔法使いからそう勧められ、すぐにでも入浴したいという欲望に駆られる……。とはいえ、見知らぬ土地で、勝手知らない簡易宿舎の浴場にてひとり入浴するのは気が引けるし、酔っ払いを放っておいていいとも思えず、目の前の当人からもう少しアルコールが抜けるのを、ナユカは待つことにする。

「……わたしも、後にします」

「そう? じゃ、後で一緒に……」

 このも酔ってるからかな……眠い頭で酔いどれは思う……いや、飲んでなかったっけ。眠気と酔いで頭が働かない。もちろん、ナユカが飲んだのはノンアルコール飲料のみなので、まったく酔っていない。普通のフルーツ系ジュースにつき、翼が生えることもなかった。

 それからしばらく待ってはみたものの、結局、リンディの酔いは醒めることはなく、そのまま寝入ってしまった。わざわざ起こすのは悪いと思ったナユカも、ひとりで浴場に向かうのは心細いため、仕方なく風呂には入らずに寝てしまう。こうして、うら若き乙女たちは、その属性にそぐわぬ残念な状態のまま、翌日の朝を迎えることとなる……。



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