こちら、アイスベルグ公国鉄道警備隊!~彼と私の三日間~

星月 香凜

本編

第1話

 公暦587年12月――雪と氷に覆われた大国、アイスベルグ公国の冬模様は相も変わらぬ厳しさを誇り、国中を凍てつく寒さが覆っていた。にもかかわらず、人々の表情はどこか明るい。


 


 582年7月、公国西部に隣接する軍事国家――ゴルド共和国により突如発せられた宣戦布告は、瞬く間に大陸中を巻き込み、大きな戦火の渦となった。

 圧倒的な軍事力を誇る共和国を前に、アイスベルグは諸国と連合を結び果敢に交戦した。

 しかしながら戦争は長期化。多くの兵が疲弊し、また命を散らしていった――そんな中、公国の軍事戦略において要となったのが、我がアイスベルグ軍の誇る補給部隊である。

 膠着する戦況の中、公国軍参謀本部は軍内における物資補給体制の再整備を決定。陸・海・魔導軍それぞれの傘下に設置されていた補給部隊の他に、新たな部隊が整備された。


 アイスベルグ公国軍参謀部 補給統制課 鉄道輸送保全室 鉄道警備隊――通称、公国鉄道警備隊――それが、彼らの名である。


 元来、魔導鉄道が発達していた我が国において、鉄道による物資の高速輸送は非常に重宝されていた。今や我が国の鉄道は、国内だけでなく国外に渡ってもその路線を伸ばし続けている。戦時中、共和国の手により路線の一部は分断されてしまったが、国内および同盟諸国においては未だ貴重な物資供給源として機能していた。


 公国鉄道警備隊は、我が国及び同盟諸国においての軍および民への物資補給を安全かつ円滑に行うべく、新たに設立された精鋭たちの集まりである。



 今回の話は、そんな精鋭たちの―――



 終戦後の―――わりと、どうでもいい、日常の記録である。



 *   *   *


「――よいか!先の戦争は、我々鉄道警備隊の尽力によって勝利を得たと標榜しても差し支えないであろう!貴君らにおいては、この名誉ある第一部隊に所属したことを誇りに思うがいい!」


 公国鉄道警備隊 第一部隊本部食堂――1人の派手な男が、隊員たちの前で良く通る声を張り上げていた。


 エドウィン・アルスター、28歳。

 第一部隊の長にして、アイスベルグ公国軍大尉である。

 空色の瞳と、それによく似合う金の長髪は緩やかに巻かれ――輝くようなその容姿は、まさに貴族と言ったところか。

 事実、彼はこの国を統治しているアイスベルグ大公の親類であるのだが。


「皆の者、喜ぶがいい!クリスマスには一足遅かったが、新たなる年はよく燃える暖炉の前で迎えることができるぞ!」


 食堂に集った隊員たちから、「おお!」という歓声が上がる。

 待ちに待った終戦だ。喜ぶな、というほうが無理というものだ。


「――と、言うわけで、貴君らには即刻帰省を命じる!せいぜい今まで離れて暮らしていた家族との絆でも深めるがいい。というか、年の瀬にまで貴君らのむさくるしい顔など見たくないわ!安心しろ、全員有給にしておいてやるからな!!」


「うおー!!隊長最高!!!」

「ヒューッ!!!さっすがエド隊長!!!一生ついていくぜ!!!!!」


 罵りなのか褒め言葉なのかよくわからない隊長の言葉に、隊員たちが囃し立てる。

 いつもの光景だ。


「そこ!うるっさいわ!とにかく、今日すべきことは最低限に留め、とっとと帰省の準備を始めるように!隊長命令だ!業務連絡は以上!」


 サー!イエッサー!!という元気な掛け声とともに隊員たちが散っていく。

 そんな中、エドウィンに黒髪の女性が声を掛けた。


「あの、エドウィン大尉」


「あ?……あ、ああ、すまない。リディア君、キミか……」


 なんだ、まだ言いたいことでもあるのか!むさっくるしい隊員共!…とでも言いたげに振り向いた顔が、一瞬で真顔に戻る。


 リディア・イーリス――25歳の彼女は、この第一部隊に於いて数少ない女性隊員だ。

 彼女の実家は、アイスベルグ公国西部に位置する都市エルネロにあり、ゴルド共和国との戦闘において大きな被害を受けた。

 当然、終戦直後の今においては交通が復旧しておらず、帰省するのも一苦労である。


 開戦当時、首都オルテンシアの魔法大学に学生として在籍していた彼女は、そのまま帰省できなくなり――自らの意思で軍へ入隊し、鉄道警備隊に配属され、現在に至る。配属当初は女性であることを理由に侮られていた彼女であったが、持ち前の魔術と機転を糧に、めきめきと頭角を現していった。今では隊でも一目置かれる存在のうちの一人である。


「ご両親との連絡は取れたのか?」

「ええ、お陰様で!ただ――やはり帰省が厳しい状況でして」

「そうか……」


 エドウィンは、悩まし気に目頭を押さえた。


 戦後とはいえ、終戦直後の損害激しい地域に彼女一人で行かせるなどと――もし万が一、彼女の身に何かあれば彼女のご両親に申し訳が立たない。いや、彼女ほどの実力者となれば、何か起きたとしても対処できるとは思うのだが――しかし――


「もし、君が良ければの話だが…今回はここに残ったらどうだ?交通が復旧次第、帰省する機会は必ず君に与えよう」


 彼女の顔が、みるみるうちに明るくなる。


「ありがとうございます!私も丁度、その件について相談しようと――隊長もご実家に帰省なさるのでしょう?ならばその間、この宿舎の管理業務でもさせていただこうかと。帰省できない私であれば、適任でしょうし」

「――いや、私も残る」

「え、」

「私も残る」




 かくして、エドウィン・アルスターとリディア・イーリスの短い共同生活が始まったのであった。

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