私たちはモノに悩まされてきた。そしてこれからも悩まされ続ける。

文字ツヅル

第1話 モノが多いんだよな、モノがさ。

 拝啓

読者の皆々様。はじめまして。私は月刊誌Orionで編集者をしている、カケルと申します。この度、ひょんなことからOrionのウェブにて記事の連載を始めることと相成りました。

テーマは「物が捨てられない女の断捨離」です。正直、ブログのお話を頂いてからも、断捨離なんてできる気がしないんですが、そんなこと言うと職場の仲間Aに怒られてしまいますから、私も腹をくくっております。(Aはものすごく怖いのです。)

私事でお恥ずかしい限りですが、どうか皆様の心に少しでも届き、笑い話にでもして頂ければ幸いです。


敬具



 やっぱ、無理よ。久木カケルは大きくため息をついた。何度もブログ用の文章を繰り返しチェックしてみるが、そこに書いてあるのは、私が断捨離することについてである。正式に言うと、ウェブOrionの連載記事であるのだが、そんなことはどーでもよくて、つまりはアレだアレ。

「あー。めんどくさい。ってさっきから顔に出てるわよ、カケル。」

 振りかって見ると、同じ職場の仲間Aこと、安住 けいが立っていた。

「だって・・・無理に私じゃなくてもいいじゃないの。」

「あんただから、成り立つのよ。この企画は。」

そういって、けいはおもむろに私の机を見やる。そこには今にも隣の机に雪崩れそうなほど積みあがった書類の山々。

「富士山・・・なんてね。」

「はいはい、立派な富士山ですこと。」

けいはそんな私に呆れつつ、パソコンをのぞき込んで、このちんけな文章をチェックした。

「ふーん。手紙風に書きだすのね。」

「うん。」

「まあ、いいんじゃない。カケルの変な感じがよく出てて。」

「変って。」

私とけいのやり取りはいつもこんな感じだ。入社した時、同期は三十人くらいいたが、すぐにこの子とは気が合うと私の直感が告げたのだ。いい意味で、大人。けいは中途採用でもなく、フレッシャーズだったのだが、とにかく何をしてもそつなくこなし、ユーモアがあるという、素敵な新入社員だったのだ。私とは笑いのツボというか、ふざけるところが同じという点で意気投合した。

「けい、私この企画・・・成功するのかなあ・・・。」

「かな・・・じゃなくて、させるんでしょ、あんたが。すべてはカケルのやる気次第でしょ。」

「ごもっともです。」

 けいが仕事へ戻ってから、私も別の仕事をやり始めた。Orionの人気企画、「オリオン女子、旅のすすめ」IN京都の編集作業だ。編集記事がやりかけだったので、まずそこから手を付け始めた。そして、見知った名前を見つけて思わず、にやけてしまう。取材協力の欄にあるアースツアーズ森山 政春の名前。この名前を見るたびに、私は幸せだなと思う。政春さんは私の恋人だ。付き合って二年目。大好きな仕事と大好きな恋人、そしてその恋人と一緒に仕事ができるという幸せ。幸せすぎて、私そのうち事故にでも遭うんじゃないか、でもケガしても政春さんが看護してくれるな、安心安心。なんて時々考えるぐらい今の私は目出たい。

 しかし、ただ幸せでいたのも一か月前の話だ。私はこの幸せを守るために、この断捨離に挑んでいるとも過言ではない。少し、昔に戻ってみよう。そう、始まりは2か月前だった。



 「あー外出たくない。億劫だ億劫だ。」

私は自分の部屋で、ゴロゴロしながら顔を覆った。五月の連休最終日、一番仕事に行きたくない思いで、いっぱい。

「あのさ・・・なら、うち来ないか。」

「ん?ああ、政春さんの家、うちの会社から徒歩十分圏内の好アクセスでしたね。じゃあ、来週泊まったらそのまま出勤させてもらおうかなー。」

「そーじゃなくてさ、そのさ、俺と一緒に住もうってこと。」

「え・・・。」

 ななんと。まあ。同棲の申し出。私はこういう場面に出くわしたことが今までで、一度ある。しかし、この一言でそれは終わったのだ。

「カケル、お前って、ほんと整理整頓できないんだな。女と暮らしている感じしねーわ。」

 それからというもの、私は家族以外の誰かに自分のテリトリーを見せるというのがトラウマになっていた。

「私・・・。汚いの。」

「ん?」

「私、整理整頓うまくできなくて・・・。部屋がものすごく散らかっていて、汚いのよ。とてもじゃないけど、政春さんは耐えられないよ・・・。」

政春さんはキョトンとしてから、突然笑い出したのだ。

「何を心配してるかと思いきや、そんなことか。」

「そんなことなんて。」

「あのね、それくらい気が付いてた。」

「え。」

隠してたのに。隠してたのに。ば、ばれてるとは。

「部屋に行くと、不自然なくらい物がないし。でも、絶対人前でクローゼットとか開けないし。多分、物をクローゼットに突っ込んで、隠してるのかなーとか。あと、バックの中よくごそごそ、物探してるし。」

そんなところまで見られているとは。は、恥ずかしい。穴があったら入りたい。

「カケルの部屋って、モノが多いんだよな、モノがさ。だから、一緒に片付けよう。」

さらっといわれた一言が、私を地獄に突き落とした。



 「けい、私どうしたらいいの。」

月曜日のオフィス、人もまばら。朝礼が始まる前ののほほんとした時間。私は机に附しながら、泣く真似をした。事態は深刻だ。しかし、事情を聞いたけいは無碍なく言った。

「片付ければいい。」

「スバッといわないでよ。無理無理。何度やっても、うまくいかない片付けなんて突然できるわけがないよ。」

「あのさ、したことないから偉そうに言えないけど、もし、結婚とかしたらそんなこと言えないんじゃないの。そういうことって、お互いに妥協し合いながら進めていくんじゃないの。どっちかは嫌だと思っていても、『しょうがないか』って先に進んでいくんでしょ。」

「そうかもしれないけど・・・。」

はあ、とけいはため息を一つつき、

「デスクはこんなにきれいなのにね。」

とつぶやいた。そう、私は見栄っ張りなのだ。昔から私の部屋は昔からものすごく汚い。子ども部屋をもらった時から、私のテリトリーとなるところは、すべからく汚い。ただ、学校や会社の共同スペースはきれいにしていた。本当は見えないところもきれいにしたいのにできない。

「その話、聞かせてもらったわ。」

「は、葉山編集長。」

 後ろを振り返ると、Orion編集長の葉山玲子が立っていた。彼女の立てた企画は当たる。生きた伝説。そう会社内では言われている。しかし、私にとっては、時には姉のように、時には母のようにかわいがってくれる上司の一人なのだ。まさか、ここで生きる伝説を発揮されるとは。

「要は久木が片付けができればよいことでしょ。なら、いい考えがあるわ。」

「な、なにを企んでいるんですか。」

「あなた、記事を書きなさい。『捨てられない女の断捨離日記』ってね。」

彼女は少し、意地悪そうにウィンクした。

 こうして私の受難の日々が始まったのだ。

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