第11話

 ピンポーンと奥野家のインターホンが鳴った。


「はーい」

 奥野家の母が玄関のドアを開ける。


「配達です」

 三つの食料が入った箱が玄関に入れられる。


「あらあら、ごくろうさま」


「こっちが冷凍になってますんで」


「ああ、これですね。わかりました」

 買い物は主に注文配達だ。

 商店街に店はあまり無い。


「じゃ、まいど」

 配達屋が玄関を出て行った。

 直ぐにトラックのエンジンがかかる。

 入れ替わりに奥野武志が家に帰ってきた。


「ただいまー」


「お帰り。武志。これちょっと台所までお願い」


「ああ」

 母に言われて、武志は三つの箱を台所まで運んだ。

 奥野家の娘、奥野武志の妹も家に帰ってきた。


「お帰り。あら?どうしたの?」

 奥野家の母は娘の様子が変だなと思った。

 

「お母さん。私、私。ううう。うわーん」

 奥野家の妹が手で顔を覆って泣き出した。


「どうしたの?何があったの」

 母親が娘の肩を抱える。


「私、私、殺しちゃった。人を殺しちゃった」


「ええ?!」

 驚きの声を上げる母親。

 玄関に出てきた武志は妹の言葉を聞いて、目を丸くしている。


「それは大変。お父さんに電話しないと」

 母は父に電話をかけに居間へ行った。

 奥野武志は妹の制服に付いた血を見ていた。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんは人を殺した事がある?」

 突然、妹が奥野武志に言った。


「お、おう。あるよ」

 奥野武志は言った。

 電話を持って母親が玄関へ戻ってきた。


「ほら、お父さんだよ」

 母親が娘に電話を渡した。


「千夏。どうした?人を殺したって?何があったんだ?」


「お父さん。学校の男子が数人で襲ってきて、それで」


「そうか。しかたないなそれは。今日は千夏の初殺しを祝ってお祝いだな。母さんに赤飯を炊いてもらわんと」


「ええ?何それ?」


「千夏ももうそんな年になったか」

 父は電話越しに男泣きをしている。


「ええ?お父さん泣かないでよ。泣きたいのは私なのよ」


「え?ごめんごめん。じゃ、父さん、早く帰る様にするからね」


「いいよ、別に」

 奥野家の廊下の奥からジジイが出てきた。


「千夏ちゃん」

 ジジイが孫の千夏に声をかける。


「あ、おじいちゃんが呼んでるから、お母さんにかわるね」

 千夏は電話を母親に渡した。


「千夏ちゃん。ほら、お小遣いをやろう」

 ジジイは二万円を千夏に握らせた。


「おい、じいさん。俺には?」

 奥野武志が言った。


「お前はもう自分で稼ぐ歳だろうが」


「いや、俺まだ学生だから」


「ははははは、青い青い」

 ジジイは廊下の奥に消えて行った。

 

 その夜の奥野家の晩餐は盛大にとり行われた。

 ジジイと父親と息子は酒を浴びるように飲み、娘も少し酒を飲んだ。

 赤飯に鳥の丸焼き、マグロの刺身や鯛がテーブルに並んだ。

 ジジイの裸踊り。

 どこからか借りてきたカラオケセットが設置され、みんなで歌った。

 喧嘩になった父とジジイのクロスカウンターの相打ちで晩餐はお開きになった。


「もう、飲みすぎなんですよ」

 母親に言われ父親とジジイはそれぞれの自室に戻っていった。


 居間には奥野武志と妹だけが残っている。


「ねえ、お兄ちゃん」


「ああ?なんだ」


「私、もう大丈夫そう」


「ん?そうか」


「殺しちゃった時、凄く怖かった。その後の罪の感情とか。私も死のうと思った」


「ああ。普通でいられる奴なんていなだろ」


「うん。けど、もし私に家族がいなかったら、私は駄目になってたと思う」


「そうか。そうかもな」


「お兄ちゃんも私の為に嘘ついたでしょ」


「え?」


「お兄ちゃんは人を殺したことが無いよ」


「うーん、まあ、どうだろうな。秘密だよそれは」


「ありがとう」


 殺人をした罪の感情。

 その感情を打ち消す為に開かれるお祝い。

 感情を感情で殺すのだ。

 それで人を救える。

 家族を救える。

 人を殺すと鳥の丸焼きが一つ出来上がる。

 この国ではその様な家庭が一般的だ。


 罪の意識を一人で抱えると自殺をする者もいる。


 この国では自殺者も多いのだ。

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