二章・色々な日々

天使の笑顔で

 わたしたちは今、日本語で話をしている。

「あんたも転生してたなんてビックリだわ」

「いやー、悪役令嬢も転生者だとは思ってたけど、まさかあんただったとわ」

 館の庭園で一緒にお茶をしている人物は、わたしと同じ転生者だ。

 しかも、前世の悪友。

 今日、彼女は わたしと面会したいと館を訪れ、そして日本語で

わたしに転生者かどうかストレートに聞いてきたのだ。

 自分も同じ転生者であると言い、そして色々話をした結果、なんと前世の悪友であることが分かった。

「乙女ゲームの世界のはずなのに、悪役令嬢が破滅を免れたって話を聞いてさ。それで悪役令嬢も転生者なんじゃないかなとは思ったんだけど。こんな偶然ってあるもんなのね」

「あんたはいつ前世を思い出したの?」

「冒険者ギルドの受付の就職が決まった時。脈絡もなく思いだして、しかもゲームとは全く関係ないから、いったいなんの必要があって思い出しちゃったんだか」

「わたしは卒業式の日の朝よ。破滅を迎える日に思い出したから、そんなんでどうしろと思ったわ。まあ、なんとかなったんだけどさ」

「前世であんたが死んで、けっこうみんな悲しんでたわよ。特にあんたの同人誌のファンはマジ泣きしたとか」

「うーん。18禁同人誌で泣かれても、あんま嬉しくない。

 家族はどうだったの? わたしの両親は?」

「お父さんとお母さんは、葬式の時は泣いてたけど、その後は結構 普通にしてた。死んじゃったもんは仕方ないって感じで」

「童貞オタク兄貴は? 泣いてた?」

「泣いてた。妹と禁断のアレができる可能性が完全に無くなったって」

「あの童貞オタクは……」

 頭が痛くなってきた。

「っていうか、まさか一生 童貞だったんじゃないでしょうね?」

「生涯 童貞を守ってた。ちなみに、あんたが同人誌で稼いだ大金、最終的に童貞オタクのお兄さんが相続したけど、エロゲーとか同人誌とかグッズとかにつぎ込んでた」

「あんの童貞オタクアホ兄貴ぃ! なに わたしの遺産 無駄遣いしてんのよ!」」



「で、あんたはどうして死んだの?」

「あたしは普通に寿命で死んだみたいだけど。まあ、最後辺りはボケてたみたいで、ぼんやりとしか思い出せないんだけどね」

 くっそー。

 寿命を全うしたのか。うらやましい。

 だけど、今世では わたしは公爵令嬢だ。

 冒険者ギルドの受付に比べれば、明らかに わたしが勝ち組。

「ところでさ、卒業式の断罪、どうやって回避したの?」

「前世の知識をフル活用したのよ」

「だから、どうやってよ? 卒業式の日の朝に前世を思い出したんでしょ。そんなんでどうやって断罪を回避できるのよ? もうヒロイン イジメまくった後じゃない」

「人聞きの悪い事言わないでくれる。わたし、ヒロインをイジメてないわよ」

「へ? そうなの?」

 わたしは事情を話した。

 現実とゲームでは異なる事を。

 そして王子に非がある事を。

「だから王子にありもしない罪をかぶせたのよ」

 前世の18禁同人誌作家の知識をフル活用して、わたしをもてあそんだという作り話を大声で皆に聞かせた。

 温室育ちの公爵令嬢がそんな事を知っているとは思っていないみんなには衝撃的で、わたしの話を信じ、王子は国王の命令で修道院に入れられた。

「ちょっと やりすぎたかなとは思ってるんだけど」

 でも、幸せになったみたいだし。

 ある意味でだけど。

 悪友は わたしの話を黙って聞いていたが、唐突に天使の様な笑顔になった。

「へえぇー、そうなんだぁ。大嘘で王子を陥れて修道院に入れちゃったんだぁ」

「……あ!」

 しまったー!

 こいつ 人の弱みを握ると 天使の笑顔で悪魔の脅迫をする 自分の欲望に素直な奴だったー!

「ねえーん、冒険者ギルドの受付ってぇ、給料あんまりよくないんだよねぇ」

「そ、そうなの」

「だからぁ、最近美味しい物、食べてないんだよねぇ」

「……よかったら、今日、晩ご飯 食べてく?」

「わあぁー。本当ぉ。ありがとぉー。やっぱり持つべきは親友よねぇー」

 やばい。

 なにか手を打たないと、こいつにたかられ続けることになる。

 そうだ!

 夕食に下剤を仕込んで恥をかかせて、それを材料に逆に脅迫して……

「あ、普通に食べるのもなんだからぁ、一緒に食べさせあいっこしようかぁ。みんなが同じ物を食べるのぉ。一緒の料理をみんなで食べるのって楽しいよぉ」

 ちいっ!

 同じ物を食べると、わたしも両親も、みんな下剤を口にしてしまう。

 こいつ、わたしの考えを読んでやがる。

 仕方がない。

 ここはしばらく様子を見よう。

 そして必ずこいつを始末してやる!



 しばらくしてからある日、悪友は再び館にやって来た。

「一緒にお茶しよぉー。なんか聞いた話だとぉ、外国から取り寄せたお菓子が届いたんだってぇ?」

 どうやって知った!?

 くそう、一人で食べようと思ってたのに。

「わぁー、うんまーい。ねえぇー、もう一個ちょうだーい」

「それ、わたしの分……」

「えー? なにか言ったー? あ、大嘘で王子を修道院にぃ」

「どうぞ、食べてください」



 舞踏会に出席させろと脅迫された。

「わあー。私ぃ、こういう場所に来るのって 初めてなんだよねぇー」

「恥ずかしいまねしないでよ」

「分かってるわよぉ。あ、あのイケメン 紹介してくれないかなぁ」

 中隊長さん!?

「やあ、君がこういう場所に来られるようになって嬉しいよ。

 ところで、その女性は?」

「私ぃ、この子の親友になったんですぅ」

「そうなのかい?」

「ただの知り合いです」

「王子ぃ、今ぁ、修道院にいるんですってぇ? 当然の報いですよねぇ」

「大親友です」



 別の日。

「実はぁ、欲しかったブランド物のバッグがあるんだけどぉ、ちょっとだけお金が足りないのよねぇ」

「……いくら欲しいの?」

「やだぁ。そんな言い方だとぉ、まるでお金をせびりに来たみたいじゃなーい。貸して欲しいだけよぉ。これだけぇ」

「これ、バッグの金額全部……」

「大丈夫よぉ。ボーナスが入ったら返すからぁ」



 別の日。

「今度ギルドの仕事仲間と飲みに行くんだけどぉ、お金が足りないのよねぇ」

「いくら必要なの?」

「これだけぇ」

「これ、十人分の料金よ」

「みんなにおごるって言っちゃってぇ。みんなと約束したからぁ。約束を破るわけにはいかないでしょぉ」



 そして次の日。

「なんかこのお茶、不味いわねぇ。入れ直してくれなーい」

「メイドを呼ぶわ」

「あんたの入れたお茶が飲みたいなぁ」

「……分かった」

「それからぁ、お菓子も もっと美味しい物なーい? この前みたいに高いお菓子がいいなぁー」

「……取って置きのお菓子があるから持ってくる」



 わたしは台所に到着すると、壁に正拳突きを連打した。

「うっがぁあああああ!! あの女ー! なんてムカツクのよ!

 まずい。本格的にまずくなってきた。なんとかして始末しないと一生たかられ続けることに。

 ……しかたない。こうなったら下剤を仕込むなんて回りくどい方法じゃなくて……」

 わたしは台所の棚にしまってあった包丁を手にした。

 そうよ、私が直接 手を下して、あの女を庭に埋めてしまえば、万事解決。

「うふふふふふ……

 あんたが悪いのよ。人の弱みに付け込んで脅したりするから。

 前世じゃあんたは わたしより長生きしたけど、今世じゃ わたしの方が長生きしてあげるわ。

 あははは。あははははは!」



 わたしは取って置きのお菓子を持って悪友の待っている庭園に戻った。

「はい、お待ちどうさま。街で一番の老舗のお菓子よ」

「わあぁー。おいしそぉー。いただきまーす」

「味わって食べてね」

 それが今世で最後のお菓子になるんだから。

「うんまーい」

 わたしは悪友の背後にまわり、背後に隠した包丁を強く握りしめた。

 さあ、いくわよ!

「お嬢様、お客様がお見えです」

 メイドさんが現れた。

「わあ!」

 わたしはとっさに包丁を植木へ投げ捨てた。

 危ねー!

 こいつを始末する所を見られる所だった。

「お、お客様? どなたですの?」

 メイドさんが答える前に、その客は現れた。

 中隊長さんだ。

「失礼、勝手に上がらせてもらったよ」

「ご、ごきげんよう」

 悪友が上機嫌になる。

「あらぁ、中隊長さん。舞踏会 以来ですねぇ。もしかしてぇ、私に会いたくて来られたのですかぁ?」

 んなわけないでしょ。

「ある意味、そうとも言える」

 え?!

 まさか、この女に興味がでたの!?

「単刀直入に言う。君は彼女を脅迫しているね」

「うえ!」

 悪友は明らかに動揺した。

「な、なんの事ですか? 私はこの子と親友になったので遊びに来ているだけで……」

「すでに調べは付いている。君は何度も彼女に金の工面をしてもらっている。そして、それらは全て遊びなどで浪費している事も。

 君は彼女が王子に玩ばれた事を知り、それを脅迫材料に金などを脅し取っている」

「え? いや、それは、その……」

 まずい。

 このままじゃ、自棄になった悪友が、わたしが嘘をついた事を暴露してしまうかもしれない。

 なにか手を考えないと。

 先に手を打たないと!

 はっ! そうだ!

 わたしは閃くと同時に、嘘泣きを開始。

「……うぅっ……うううっ……実はこの女に、変態スケベメタボ親父の相手をするか、金をよこすか選べって脅されたんです。

 でないと、わたしが快楽調教の虜になってもうハードなアレじゃないと満足できない身体になったって言いふらすって。

 そんな噂が立ったら、わたしもう立ち直れない。

 でも、王子の時みたいなことをされるのは嫌。

 だから、お金を渡していたんです……うぅっ……うううぅっ」

「やはりそうだったんだね。気付くのが遅くて済まない」

 そして中隊長さんは悪友に怒りの眼を向け、

「貴様、同じ女性なら辱められる苦痛を理解できるだろう。だというのに脅迫するとは、恥を知れ!」

「ちょー!? 違います! 私そんなこと言ってない! そいつのでたらなの! 」

 悪友は わたしをキッと睨み付け、

「いいわよ! そっちがその気ならこっちだって!」

 そして改めて中隊長さんに、

「中隊長さん聞いて! 実は卒業式にそいつが言った王子のやったことって 全部その女の大嘘なの! 王子ホントはそいつに何もしてないのよ!」

「脅迫しただけでは飽き足らず、彼女が嘘まで付いていると言うのか! 貴様はどこまで腐った女なんだ! 兵士よ!」

 兵士が四人現れて悪友に手錠をかけた。

「おまえを逮捕する!」

「ちょっと待って! マジなの! いやホント! マジなのよ!」

「逮捕する!」

 中隊長さんたちは悪友を連行していった。



 とりあえず、悪友の言葉は信じてもらえなくなったので助かったみたい。

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