鬼の国で花が散る

中村天音

序章 白

 何処かで鳥の声が聞こえた。

 名は分からないが、あれは漆黒の夜の鳥だと白(はく)は思った。あのように静かに大人しく鳴く鳥が、眩しい昼間の鳥であるはずがない。

 昼間の鳥はとにかく喧しい。彼らは自分に様々な巷談を教えてくれるが、とにかくしゃべり散らすので、いっそ食らってしまおうかと思ったことは一度や二度ではなかった。

 頭上に意識を集中すると、思った通り月光の気配がある。それも恐らく満月。通りで今夜は体に力が湧くはずだった。


 (そろそろかな)と白は思った。


 この山で眠りについてから随分になる。そろそろ体の傷も癒えてきた頃だった。かつてほどではないにしろ、全身から妖気が零れ毛並みも輝くようになってきている。これなら相手がよほどの術師でない限り後れを取ることはない。まあそれよりも、妖気に輝く自分の毛皮は何とも美しい、と白は自分の毛皮を思い浮かべた。


 (下山の頃合いだ)


 さて、これからどうするか、と考えたところで白は今一度この国の情勢について整理をした。自分が眠りについた頃、世は平家という集団の天下になろうとしている頃だった。長きに渡って雅な公家に仕えた武士達が、次第に権力を持ち出した頃だ。その急先鋒が平氏の一族、平家だった。しかし平家に天下は取れなかった。無用の情けが身を滅ぼしたのだと、鳥たちは白に告げた。一度は勝利し、見逃した源氏という敵方に滅ぼされたのである。


 その後、新たに天下を取った源氏は東に幕府という政権を打ち立てた。この国初の武門による政権らしい。

 しかし、白にしてみればこれが可笑しい。せっかく力を持ち政権を打ち立てたのだから、いっそひと思いに京の朝廷など討ち滅ぼしてしまえばよいものを、何故か彼らはそれをしなかった。これは現在でも同じである。白は大陸の始皇帝を思い出した。ふむ、この国の武門はよほどの犬なのだと、白は思った。

  幾星霜の内にまた世は変わり、新たな大将軍が幕府を開いたと聞く。だが近年大将軍の権威は翳り、また一方で、ここ数年天空には勇将の星々が輝き続けている。特に数年前、東、おそらく尾張辺りで誕生したであろう侍大将の子には、尋常ならざる霊気を感じた。あれはまさに風雲児。

 (これは一波乱ある)と確信していた。これは白の、ゆうに千年を越える経験からの確信であった。

 

 (ふむ、不穏な東にも、派手な都にも行きたくはない)

 

 仮に行くとしても、まだその時期ではないと考えた。しかしそうなれば当然行くのは西か南になる。

 白はとりえずどちらに向かうのかは保留にした。その前にやっておきたいことがあったのだ。

 白は赤い目を静かに見開くと、長年眠り続けた穴を出た。

 

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