第4章 少女・ディステニア

第1話 未来からの使者

 加賀は再度艦首付近で大爆発を起こし、浸水が生じたが、隔壁を閉じ後進で撤退を開始。飛龍は南中時刻を待たずして沈没、二航戦指揮官の山口多聞中将と飛龍艦長・加来留男大佐は、総員退艦を指示した後に艦と運命をともにした。赤城は一見、浮いてはいるが、中は火災で手がつけられず、機関復旧の見込みもないことから、夕刻、雷撃処分が決まった。

「やれやれ、結局俺が貧乏くじを引かされるのか」

 駆逐艦嵐の松原艦長は、そう言いながら、赤城に対する雷撃を下令した。

 3本の九三式魚雷、2本の九五式魚雷が、避けるはずもない赤城に突き刺さり、日没頃、赤城はミッドウェイの海に沈んでいった。


 第一航空艦隊司令部は軽巡洋艦木曾から指揮を取り、警戒しながら、まだ動ける加賀を守るようにして、蒼龍、瑞鶴、祥鳳と、それらを護衛する第一七駆逐艦とともに撤退を開始していった。

 第一戦隊は日没後、ミッドウェイ島に対し艦砲射撃を実施。八つ当たりのような攻撃だったが、航空機の並べられた滑走路に巨弾を打ち込み、破壊した。


 一方、反転する攻略部隊でも事件が起きていた。

 第七戦隊(重巡『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』)が敵の潜水艦(タンバー級潜水艦『タンバー』)を発見、回避のために転舵するが、この際、第七戦隊司令部が紛らわしい回頭指示を出したため、最上と三隈が衝突してしまう。最上は艦首に、三隈は後部に、それぞれ重大な損傷を負ってしまった。

 第七戦隊司令の栗田健男少将は三隈に最上の救出を任せ、自身は鈴谷の司令部に座乗したまま撤退を続けてしまう。

 結果、最上と三隈は分離に成功したものの、最上は回航中に艦首からの浸水が激しくなり沈没。

 一方、三隈は撤退中に魚雷が爆発する事故を起こしてしまう。三隈の後部砲塔2基が吹き飛ぶほどの惨事だったが、三隈はなんとか横須賀への回航を果たした。


 6月7日、この時点でワスプはまだ辛うじて浮いていた。奇跡としか言いようがなかったが、修理工を乗せたまま航海していたのが幸いした形だった。

「あれか……」

 そのワスプに、しかし、刺客が迫っていた。そこにいたのは、ミッドウェイ作戦に索敵艦として参加していた伊号一六八潜水艦だった。

 艦長・田辺弥八少佐は、潜望鏡深度でその姿を確認すると、

「潜望鏡降ろせ! 深度30」

 と、下令した。

「モーター停止のまま、魚雷戦準備、近づいてくるのを待つ」

 護衛の駆逐艦の航行音が近づいてくる。それをやり過ごす。

「潜望鏡深度」

 伊一六八は、果たして、ワスプの護衛駆逐艦の輪の中に入り込んでいた。

「いいぞ、発射管1番から4番、発射」

 潜望鏡や発射時の気泡には気づかれなかったようだ。ほぼ無航跡の九五式魚雷が、ワスプに迫る。

 2本が命中、水柱が上がった。

 さらに、ワスプの艦底を通過した1本が、駆逐艦『ベンハム』に命中していたが、伊一六八からはそれは確認できなかった。

「潜望鏡降ろせ! 深度30、引き続き無音潜航実施」

 伊一六八はただ潜り、モーターも動かさず、海流に紛れて離脱する。


 MI作戦──ミッドウェイ海戦の結果は、日本は空母2隻と重巡1隻を失い、空母1隻と重巡1隻が大破。アメリカは空母2隻と駆逐艦1隻を失った。

 事故によるものを除けば、戦果は痛み分け。だが、日本はミッドウェイの占領という作戦目標が未達成に終わり、アメリカは同島の防衛に成功した。日本の敗北と言える。

 しかし一方で、日本の航空機搭乗員の損失がほとんどなかったのに対し、アメリカ側の空母搭載機隊はほぼ全滅に等しい、という状況だった。

 そして、戦略的には、日本は──日本と同盟国は、大勝利を得ていた。



 昭和13年、陸軍省、陸軍次官公室。

「すまない、もう一度言ってくれないか?」


「私の名はディステニア・フェタール。和名は命領めいりょう時子ときこ。破滅の未来を回避するために、西暦2111年からやってきたの。元号で言うと────」


 少女の言った元号は、東條が聞いたこともないようなものだった。


「破滅の未来、とは、どういうことだね?」

 東條はそれを問いただす。

「西暦2106年に人類は最終戦争を起こしてしまうわ。そして9月2日、最終兵器『ソドム』が使われ、地球人類の90%が死滅するの。生き残った人々も、変わり果てた環境の中で身を寄せ合って生きていくしかなくなるわ」

 ディステニアは淡々と説明する。

「待ってくれ……日本は? 元号があるということは、皇統は維持されるということだろう?」

 東條は、困惑しきった表情で問いただす。

「ええ、日本はかなりマシ、な方よ、あくまで比較論だけどね」

 ディステニアは、そう言って1本の8ミリ映画フィルムを取り出した。

 総天然色カラーのフィルムに撮影されたものは、おぞましい光景だった。毒々しい色をした海、赤茶けた土のような色をした空、奇っ怪に姿を変えた植物たち。そして──身を寄せ合って暮らしている人々。

「日本は国土のおかげでエネルギーを自給できるからまだ人口を背負っていられるの。2000万人ほどだけどね」

「に、2000万人……」

 淡々と言うディステニアに対し、東條は愕然とその数字を口にするのがやっとだった。

「あ、この日本って、ほぼ日本列島だけだから」

「それでも1/4ではないか……」

 それでも、全人類の90%が死滅した、という事実からすれば、確かに“まだマシ”な方なのだろう。

「なぜ日本はエネルギーを自給できているんだ?」

「水力と地熱、風力、太陽光で凌いでいるわ。日本の起伏に富んだ国土がそれを支えてくれているのよ」

「石油や石炭は?」

「国内から出る微量と、海外から輸入があるけど、微々たるものね。殆どは燃料としてじゃなく、化学合成製品に使われているわ」

「皮肉なものだな……」

 今、日本は石油をアメリカからの輸入に頼り、それがアキレス腱になっていると言うのに、だ。

「日本と、日本に資源を提供できる国──というか、地域だけがなんとか文明を維持しているわ。それ以外は、石器時代に逆戻りね」

「なんてことだ……」

 東條は嘆く。

「しかし、わからないことがいくつかある」

 東條は聞き返した。

「君が自称しているし、占い師も君が人間ではないと言った。神霊のような存在であると」

「ええ、私はエルフ……十字教徒から逃れて日本に定住した精霊種のひとつよ」

 ディステニアは、薄く笑いながら答えた。

「ならば、人類の衰退は君らにとって都合がいいのではないのかね?」

「地球の環境がまったく破壊されるのよ、それも自然なものではない、人間の兵器によってね。私達エルフは人間と同じように血肉を持っているからまだ存在していられるけど、他の精霊種は……変質して悪性化するか、死滅かのどちらかよ」

「なるほど……」

「それに、私が和名を持っているって説明したでしょう? 私達エルフにとっては、日本の人間社会は穏やかで必ずしも忌避するものではないの。その文化を好む者も多かったわ」

 ディステニアがそう説明する。

 すると、東條はある言い回しに気がついた。

、か」

「ええ、あの日、運命の火が落ちて、大地を焼き尽くし変貌させてしまうまではね」

「…………」

 カラー8ミリフィルムの映像、それにディステニアが持ってきた何枚かの写真を見せられた後では、東條も唸るしか出来ない。

「しかしだ……なぜ、この時代の日本なのだ?」

 東條は、困惑した様子で訊ねる。

「いくつかの可能性を考えたけれど、歴史書を読む限り、あの悪夢の戦争を回避するには、十字教徒に世界のイニシアチブを渡さないことが重要と気づいたの」

 ディステニアはそう答える。

「それで、この時代の我が国に?」

「ターニングポイントはいくつか存在したけど、もっとも最大のものがこれだと判断したのよ」

「待ってくれ」

 東條は、慌てたような声を出す。

「それでは、やはり我が国は、米英と戦争に?」

「なるわ。日本がどんなに譲歩しようとも、手を出すまで次から次へと難癖をふっかけてくるでしょうね。来年辺りから、じわじわと真綿で締め付けるように、戦争に追い込んでくるはずよ」

 東條の問いかけに、しかし少女の答える口調は、こころなしか弾んでいた。

「勝てる方法が、あるのかね?」

 東條の口調は、重々しい。

「もちろん。アメリカだって、無敵の超国家なんかじゃないわ。きちんとアキレス腱があるのよ。そこをつく」

「そんなことが、可能なのか?」

「今から準備すれば、ギリギリ」

「それで山本次官に取り入ろうとしていたのか。対米戦になれば、否が応でも海軍が主導することになるからな」

「その主導権争いも問題のひとつだったんだけどね」

「……なるほどな。開戦時は、彼はさしづめ、海軍大臣かね?」

「いいえ、聯合艦隊司令長官よ」

「山本君が? 意外だな。彼は政治色が強いように思えたが」

「政治色が強い人間が実戦部隊の指揮官になるのは、陸軍の専売特許じゃないってことよ」

「なるほど」

「その聯合艦隊を整備する必要があったの。今の聯合艦隊は、抑止力のための張子の虎だから。継続して戦争ができる体勢にしないとならないわ」

「そういうことだったか……」

「もちろん、陸軍には支那大陸への進出を限定的にしてもらうつもりだったけどね」

「何っ」

 聞き捨てならないという様子で、東條は聞き返した。

「どんなに重要拠点を落とされても、蒋介石は奥へ奥へと逃げるだけで降伏なんかしないわ。当たり前よね、この頃の中国って軍閥の集まりで、国家の体をなしてないもの。責任取る気なんかないから、無責任に後退しまくって、日本はどんどん奥地に足を取られていくだけ」

「なら、どうすればいいと言うんだ」

 東條は憤った口調で言うが、ディステニアはサラリと言う。

「文字通り“相手にしない”。ほっときゃいいのよ。日本の権益を守るのに必要最低限の地域だけ確保しておけばいいの。日本が相手しなきゃ後はそのうち内紛で自滅するわ」

「ぬ……」

「それに蒋介石のバックにアメリカがいる以上、そのアメリカを全力で叩いちゃったほうが、後腐れなく立ち枯れてくれるわ」

「それは……確かに」

 ディステニアの説明に、東條は唸る。

「できれば海軍だけではなく、陸軍も対米決戦の体勢に持ち込みたいのよね」

「具体的には?」

「南進体勢の徹底ね。さっきも言ったように支那大陸方面に多くのリソースを割いたまま対米戦に突入するから、戦線が広がって戦闘も激化するたびに支那大陸から戦力を引っこ抜いては南方に投入するもんだから、装備の統一も取れなくて補給も滞るわ」

「戦力の逐次投入をしてしまうということか」

「そう言うこと。割と最悪のパターンでね」

「ふむ……」

 東條の表情が曇る。

「だったら最初から、戦力を支那大陸から引き上げて、南方、対米装備に回したほうが得策だわ。それに余剰の動員を解除して、生産力を回復させないと」

 手振りを加えながら、ディステニアはそう言った。

「しかし、蒋介石はいいとしても、ソヴィエトに対する防御は考えなくていいのかね?」

「あ、それは大丈夫。それどころじゃなくなるから」

 難しそうな表情をして言う東條に対し、ディステニアはあっさりと軽く言った。

「と、言うと?」

「ドイツがソ連に宣戦布告して攻め込むわ。昭和16年の6月にね」

「それで、北満で行動する余力はなくなると」

「そう言うこと。できればドイツに情報を流して、ソ連との戦いを有利に進めてもらいたいのよね。ついでにソ満国境あたりで大演習なんかやってあげるといいんじゃないかしら」

「ソヴィエトに戦力の集中をさせないということか」

「そうよ。ナチスもいけ好かないけど共産党幾分マシだわ。それにそのソ連に協力しようとする米英も痛い目にあってもらう」

 そこまでは、軽そうに言ったディステニアだったが、

「そして日本が戦後世界のイニシアチブを握るのよ」

 と、表情を険しくして、はっきりとそう言った。

「できるだろうか?」

 東條は、難しい表情をしてそう言ったが、それに対するディステニアの答えは至ってシンプルなものだった。

「やるしかないのよ」



 昭和17年、陸軍省、ディステニアの自室。

「でも、結局、この時間軸と私の来た時間軸はつながっていないことが、すぐわかっちゃったのよね」


 それは昭和14年、聯合艦隊の編成表を見ていたときだった。

「え……第六駆逐隊が……どうして?」

 ディステニアが手にした昭和14年11月15日付の第六駆逐隊は、駆逐艦『深雪』『暁』『響』『いかずち』で編成されていた。

「どういうこと……?」

 再度、すべての駆逐隊の所属駆逐艦を調べなおす。

 しかし、そのどこにも、駆逐艦『いなずま』の姿はなかった。

 ──私の知っている歴史書と違う、ということは、この時間軸は過去であっても、私の来た2111年とは繋がっていない?


「それでも、君は自分の計画をやめようとしなかった」

 東條が言った。

「そう」

 第1に、ディステニアにはそもそも戻る手段がないということ。最初から承知の上での片道切符でのタイムトラベルだった。

 第2に、たとえ別の時間軸であっても破滅の未来を迎えさせたくないということ。まず、ディステニアにとっては、2106年9月2日はまだ生きている可能性が高いのだ。その惨劇を二度は見たくないし、この時間軸で生まれてくるだろう自身にも見せたくない。

 第3に、基本、日本人の、都市コミュニティ、サブカルチャーに好意的だと言うこと。それが滅ぶ様を見たいとは思わない。

「たとえ別世界なんだとしても、破滅の未来なんか、認めないわ」



 ──※─※─※─※──

今回の執筆に至りまして、設定矛盾が生じていることから、第1章第3話を手直しいたしました。どうかご容赦ください。

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