第30話 タング少年のたくらみ
レイフたちがその隠れ家にたどり着く直前。
建物の内部では二つの勢力が口論を起こしていた。
「なぜ引き渡せない」
「だから、さっきから何度も云ってるだろ、神官さんよ」
マローター義勇団のリーダーを名乗る、髭面のひときわ濃いその男は挑むような目つきで云った。
彼の周囲では十人を下らないヒンガル人の男たちが
「気が変わったんだよ。コイツは、俺たちが祖国解放のために利用する。正当なる
「通るか! そんな勝手がッ。貴様たちに支払った活動資金。その対価はミレミラ・オーランドの引き渡し。初めからそう決まっていただろう!」
「あぁ、そいつには感謝してるよ。おかげで、中々いい目が見れた」
髭面の男は目尻で笑う。
対するタング・フィー・ランクスは奥歯を音がするほど噛みしめた。
焦げ茶色の髪を高価な整髪料で塗り固め、目の奥に粘り気のある陰気な光をたたえた少年。
彼の中にはなぜこうも上手くいかないのか、という不満が渦巻いていた。
それは今回の件に限った話ではない。
神学院時代の卒業成績は、目の敵にしていた相手に遅れをとるどころか眼中にもなかったヤツに出し抜かれて序列三位。
羊計画の統括者として要塞フィグネリアにおもむいたものの、当の羊は反抗ばかりで要塞は陥落。危うく死にかけた。
第一、あの羊。見た目ばかりはこの世のものとも思えぬほど良いから、栄えあるランクス家に迎え入れてやろうと誘ってやったのに鼻で笑いやがった。あとでわかったことだが、ヤツはどうやら俺を出し抜いた序列二位レイフ・ブルーウィルと繋がりがあるらしい。
まぁ、どうせ死んだ女だ。レイフの妾を消せたと考えれば胸もすく。
そう考えた矢先に次期羊計画の主導権をカーティス・レイ・ホーディアルに奪われた。
死ぬような目に合う羊計画への執着はそれほどなかったが、あのカーティスに役を奪われるのだけは許せなかった。特に、目立った結果を残せなかった自分のあとに、何か成果でも残されたらたまったものじゃない。後発の方が有利であるはずの事実を無視して、ヤツだけが評価されるようなことがあってはならない。
後発としての有利を打ち消すために、正当なハンディキャップとして羊の一人を排除しようと考えたが、それすらも目の前にいる社会のゴミ共に邪魔されている。
「おい、さっきから何一人でブツブツ云ってんだ。何かこじらせてんのか? まぁいい、用がないなら邪魔だ。さっさとお引き取り願おうか」
「お引き取り? なら、契約不履行として渡した金の全てを返して―――」
そこまで云いかけたところで、タングの肩を隣にいた人物が叩いた。
平均的な身長のタングよりも頭一つ高い。
長い髪を後ろで硬く縛り、細くも鍛え上げられた身体つき。
美形とは云えないが、修羅場をくぐり抜けてきた猛者たる貫禄のある顔つき。
青衣区からの協力者としてタングに同行している彼が、無言でこちらに視線を送っていた。
その意図するところは理解できた。しかし、タングはすぐにはそれに答えない。
この男も何かと気にくわなかった。いまだひとかどの者としての自信と実績が備わっていないタングにとって、こういう確かな実績の上に立つ自信を持った人間というのは、その存在だけで鼻持ちならない相手であった。
「……ランクス殿、ここは素直に引き下がるのがよろしいかと。一定の目的は果たされました。これ以上を求めるのは、必要な対価に見合わないでしょう。それに我々は今、多勢に無勢です」
こちらは二人。相手は十人を超える。さらに云えば、武装はこちらが鋭剣と
「さすがは腕利きだけあって、そっちの兄ちゃんは分かってるじゃねぇか。そう云うことだ、坊ちゃん。素直に帰るのが身のためだぜ」
タングは視線に陰気を込めて周囲をにらみつけた。
その中には、両手両足、口元を拘束されたミレミラの姿もある。
そもそもは、この小娘がもっと早くに捕まっていればこちらの損失も少なくて済んだはずだった。彼女をさらうことを幾度も失敗し、目くらましで行っていた他の犯罪行為にも事あるごとに横やりで邪魔をしてきた。無駄に時が流れる間に周囲のチンピラを吸収しながら大きくなった義勇団は、変な自信をつけるにいたってしまった。
全てが上手くいかない原因は、この小娘にあると云っても過言ではない。
であるにも関わらず、その小娘は生意気にもこちらへ敵意の視線を向けている。
その顔を蹴り飛ばしてやりたいと心底思ったが、
「おいッ、さっさとしねぇか。いつまでも、俺たちがのんびり待ってやるわけじゃねぇぞ」
「ランクス殿」
「いいだろう。ここは一時引く。だが、貴様たち覚えていろよ。自分たちが何をして、何を敵に回したかを」
「おぅおぅ、金持ちの坊ちゃまが偉そうに。声が震えてるぜ」
室内の男たちが笑い声を一斉にあげた。
タングは心の中で、それは怒りのせいだと叫んだ。
拳を握りしめたタングの背を、青衣官の男が抱えるようにして部屋の外へと導く。
「毎度ありぃ。またのお越しを」
調子づいてそんなことを云い放つ奴らには振り返らず、タングは必死に復讐の方法をひねりだそう顔を真っ赤に染め上げていた。
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