第7話 貨幣を得よう

「………きろ……お………起きろ!」


「………ふぇ?」



 誰かに肩を揺すられパチリと目を覚ました。横を振り向けば呆れ顔でわたしを見つめるガジェドさん。そして円らな瞳のフリエラさんがわたしのことを何かを懐かしむように見つめていた。


 どうやらわたしはしばらく眠っていたようだ。窓の外を見やれば夕日を浴びて草花が茜色に染まりつつあった。


 あまりにフリエラさんがだんまりしたままで、その顔を見ていたらいつの間にやら眠りに落ちてしまったらしい。



「というわけじゃ。ガジェ坊、任せたよ」


「マジかよ……」



 わたしが寝入っている間に何かが決まったらしい。



「結局何がどうなったのでしょうか?」


「そうじゃな、まずアスピはここからエインヴェルズの街までどれくらいの距離があると考えておる?」


「えっと……徒歩で3日ぐらい?」



 すると、フリエラさんは頭を振り、指を一本立てた。



「え、もしかして1日!?」


「んなわけあるかい! 1週間じゃよ1週間」


「うわぁ……」



 思ったよりもわたしのお婆ちゃんの昔描いた地図は縮尺がガバガバだったようだ。


 森から抜けたのが15日と少し。だから大樹の家から森の外周を表す枠の縁までの距離を15分割して、縁からエインヴェルズの街までの日数を求めた結果が最初に言った3日だった。だけど倍以上も違うとは正直びっくりである。



「それにじゃ、地図には書かれて居らぬが道行く道には宿屋がある。じゃがアスピよ、宿に泊まるにはお金が必要じゃ。森からやってきたお前さんにその持ち合わせはあるのかい」


「ないです」



 そういえばお婆ちゃんが言っていた――――外の世界ではお金を使ってモノのやり取りをするのだと。お金が無ければ外の世界で生きていくのは難しいと。


 森で暮らしてきたわたしは自給自足の生活だった。だから誰かとモノのやり取り自体したことがない。正直、お金がどれほど重要なのかわたしには分からない。


 だけど、理由は分からないけど、それが無ければ外の世界では生きてはいけないのだろう。どうすればお金が手に入るのだろうか……。


 お金が無く、宿に泊まれなかったとしても、野宿はこれまでにも幾度となく熟してきた。


 しかし、街に入るにもお金が必要だと聞いたことがある。そして、街で生活するにもいろいろとお金が掛かると幼い頃に読んだ本に記されていたことを今更になって思い出した。


 衝動に駆られて深く考えず、無我夢中で飛び出したのが裏目に出たのだと、わたしは今になって酷く痛感した。だけど、せっかくここまで来たのに引き返すのも勿体無い。どうしよう……。


 わたしの葛藤を見て取ったのか、フリエラさんが助け舟を出してくれた。



「そうじゃろう、そうじゃろう。じゃが安心せい。お前さんはもしや錬金術師ではないかい?」


「え、どうして――――」


「みなまで言うなさんな。わたしはこう見えて、昔、とある商会の会長の妻じゃったのじゃ。人を本質を見ることには長けているのじゃ」


「うわぁすごい!」


「……単純じゃのう」


「え、何か今言いました?」


「何も言ってないがの? ゴッホン。それよりもじゃ」



 軽く咳払いしたフリエラさんは陽気な様子から一変、キリッとした真剣な面持ちへと表情を変える。



「今じゃあたしは婆婆じゃが、これでも商人の端くれじゃ。目の前に現れた商機を逃すほど老いぼれちゃ居ない」


「・・・?」


「よくわからないって顔をしておるのう。あたしは商人。モノを仕入れて、それを捌いて、その差額で利を得るのじゃ。つまりじゃ、お主から錬金術由来の珍品を買い取りたいというわけじゃ」


「――――なるほど!」


「そうすればお前さんは金が手に入ったハッピー。あたしも高値で売れる珍品を仕入れられてハッピー。お互い、ウィンウィンってわけじゃ。で、じゃ。何か珍しい品や売れそうなモノとかあるかい?」


「そうですね……」



 正直、何が高く売れるかなんて生まれてこのかた人里離れて森で育ったわたしには分かる訳がない。だからフリエラさんに助言を求めた。



「一概にはそういうわけじゃないがの、作るのに手間暇掛かるものやあまり数が揃わないものほど高い傾向があるのう」



 なるほど――――とにかく手に入れるのが難しいものほど高く売れるってことか。と、わたしは理解した。それならばと、わたしは腰に巻いてあるホルスターの革蓋を開き、1本のポーションを取り出した。


 翡翠色に透き通り、煌めく粒子の舞うポーションの詰まった瓶に目を奪われたフリエラさんは思わずといった様子で感嘆の声をあげる。



「ほぉ……これはすごい」


「これなら、高く売れますか?」


「そうじゃのう……本物ならばの話じゃが、効力次第でピンからキリまで値段が変わるからのう。煌めくポーションなぞ初めて見た故、如何にも効果は高そうじゃが生憎とあたしゃ専門外じゃのう。ガジェ坊はどうじゃい?」


「悪いが俺にもさっぱりだ」


「じゃろう」


「つまり……」


「そうじゃのう……あたしらじゃ買い取りできないってことじゃのう」


「そうですか……」



 意気消沈するわたしを励ますかのようにフリエラさんは再び口を開く。



「まぁ諦めるにはちと早い。お前さんからして、このポーションはどれくらいの効力があると視る?」


「切り落とされた手首が生えてくる程度には効力があるはずです」


「ぶっとんだ性能じゃのう……それでポーション自体は日持ちするのかの?」


「半年から1年は保つかと。2週間前に造ったばかりのポーションなので少なくとも半年は保つはずです」


「そうかい。ならばお前さんを信じてそれを、金貨10枚で買い取ってやろう」


「え!?」


「婆ちゃん!?」



 ガジェドさんの顔が驚愕に染まった。おそらく、これは普通ではないのだろう。事実、初対面のわたしのことをどうして信じられるのだろうか。わたしには分からない。



「どうして信じられるのか分からないって顔しておるのう。何度も言うが、あたしは商人じゃ。それも何十年もの年月をありとありゆる魑魅魍魎を相手に商売を続けてきたのじゃ。それで培われてきた商人としての勘がお前さんを信じても大丈夫じゃと言っておるのじゃ」



 そして「これで騙されたのならばあたしももう年じゃて、引退時じゃろうな」と楽しげに笑った――――

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