022  春に眠る命のかたまりⅥ

 二人がいなくなった病室は、物凄く静かになり下がり、気まずい空気が流れ込む。


「……まあ、行くか……」


「はい……」


 俺はさくらと目も合わせずに頭を掻きながら桜の荷物を半分持ち、共に廊下に出た。




 受付の待ち時間も話さず、精算し終えた後、帰り道も一言も話さずにただ、二人並んでゆっくりと歩いていた。


「…………」


「…………」


 自転車を押しながら道路側を歩く俺は、腕時計を確認する。


 午後三時四十分過ぎ————


 昼ご飯も食べていない俺は、目の前に見えるファミリーレストラン見つけると、駐輪場に自転車を止め、店内に入った。


「いらっしゃいませ。お客様は二名様でよろしいでしょうか?」


「あ、はい……」


「それでは禁煙席にご案内しますね」


 と、出迎えてくれた女性定員席へと案内してくれる。俺の後ろを桜が右手で服の後ろを引っぱりついてくる。店内の窓側席にある四人くらいが座れる席に向かい合って座ると、水をもらい、メニュー表を受け取る。


 俺はメニュー表を開き、どれにするか考え込む。


 桜はただ、俺の方をじっと見つめてくるだけでメニュー表に見ようともしない。


「はぁ……。ほら、お前も好きなものを頼めよ。遠慮はするな、これは俺のおごりだ」


 彼女のメニュー表まで開いてやり、どれにするか選ばせる。


「うん…………」


 桜は小さく頷き、ようやく自分が欲しいものを選び始める。


 まぁ、そうなるよな。いくら何でも目覚めてから自分の知らない世界が広がっていたら俺だって戸惑うし、怯えるよな。


 メニューを選び終えると、桜がどんなのを選ぶのか待ち続ける。


「あの……私、これがいいんですけど……」


 と、唐揚からあげ定食を指差して俺に言う。


「ああ、これね。スープバーとドリンクもセットで点いてくるから……。じゃあ、頼むか……」


 テーブルの上に置いてある定員を呼ぶボタンを押すと、調理場の方で音が鳴り、電子掲示板にテーブルの番号が表示される。


 それから一分後に来てくれたお姉さんに俺はステーキ定食、桜は唐揚げ定食を頼み、スープバーとドリンクも頼み終えると、桜の手を握ってドリンクバーの前に立つ。


「ええと、これはだな……。飲み放題と言ってな、ここ横一列に置いてある飲み物はどれでも飲んでもいい事になっているんだ。桜はどれが飲みたいんだ?」


 俺は優しく丁寧に説明する。


 コップを渡し、共にオレンジジュースを選ぶ。そして、スープバーの前に立つと、桜はコンソメスープを選び、俺はコーンスープを選んだ。


 すると、後ろから誰かが俺の名前を呼んだ。


「おや、かける。こんな所で会うとは珍しいな。春休み、あまり見かけなかったから心配していたぞ」

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