映画のようなゲームからゲームのような映画へ……「ハードコア」

 ――その男、ヘンリーはサイボーグとして蘇った。事故にあったヘンリーは、科学者の妻エステルの手によって地獄の淵から蘇ったが、邪悪な超能力者エイカンによって妻は連れ去られてしまう。敵に四方を囲まれながらも、ヘンリーを手助けする無限沸きNPCのジミーの協力を受け、ヘンリーは立ちはだかる全ての敵をぶっ潰してノンストップで突き進む。全ては愛する妻を取り返すため――


 大画面で見ると酔う。POV(一人称視点)アクション映画は常々そう言われてきた。クローバーフィールドで酔ったという人がいるならば今作は間違いなく勧められないだろう。かくいう自分も少し酔った。

 でも「ハードコア」は最高のバイオレンス映画だ。それも暴力的なゲーム(特にFPS)が大好きな人なら、尚更素敵でロマンチックな映画だろう。


 改めて説明すると、この映画はロシアのオルタナティブバンド「Biting Elbows」のメンバーであるイリヤ・ナイシュラーが手がける初の長編映画だ。

 元々、このバンドのPVにPOVで男が暴れまわるものがあり、その完成度と独特の世界観から動画サイトで多大な注目を集めていた。

 この人はPOVで映画を撮るのが(あるいはFPSゲームが)大好きな人なんだろう。前編POVカットで進むアクション映画を撮ろう!と思い立ったのだと思われる。結果出来たのは野心的怪作だった。


 基本的にストーリーはあって無い様なものであり、映画の中では単純にエンディングへ向かう為だけのオブジェクト郡にすぎない。確かに意外性のある展開も用意はされているが、それでも際立って独特なストーリーと言えなくはないだろう。

 だが、この映画の魅力はそれを補って有り余る一人称視点によるアクションの飽和攻撃と奇想天外な光景――おおよそフィクションでしか体感できないであろう非日常で構成されている。これだけでも、この映画は最高だと言える。


 冒頭から空に浮かぶ研究施設からの脱出、落下、そして状況を飲み込む前に巻き込まれる銃撃戦、追っ手とのチェイス、そして逆襲。

 すべてが客観的な第三者の視点ではなく、自分の目から見た始点=一人称で紡がれるのは圧巻だ。声帯を持たずしゃべれないという主人公がさらに没入感を高めているし、そのへんのアクション映画で見れるような凡庸なアクションシーンすら大迫力の画面に生まれ変わっている。


 そして包み隠さないバイオレンス描写の連続も非常に面白い。架空の暴力をエンターテイメントとして見れる人間であれば拍手を送りたくなるようなシーンが目白押しになっている。

 銃で撃つ、ナイフで刺す、蹴る・殴ると言ったオーソドックスな描写は無論のこと、流れ弾の巻き添えをくって契れた主人の腕をひきずる飼い犬とか、ぐちゃぐちゃの死体に手を突っ込んでチャージポンプを引きずり出すシーンや、身の回りの物や設置物すら利用して迫りくる敵をボコボコにしていくシーンは爽快感すら覚えるし、ラストバトルに至っては反則技のようなバイオレンス描写が繰り出され思わず笑ってしまった。

 フィクションだからこそ許される禁忌を余す所なく移す、それも一人称視点で!バイオレンスなゲームが好きな人にはたまらない光景だろう。


 また、バイオレンスを抜きにしても、現在のテクノロジーではなしえないサイバーパンクな要素が、現代の世界にさも当たり前のように溶け込んでいる光景も面白かったし、シリアスな話にところどころ挟まれるブラックなユーモアを含む笑いなど、面白い要素が多くて楽しめた。


 また、シャールト・コプリーが怪演した主人公をサポートする男「ジミー」の百面相ぶりも非常に楽しかった。文字通り死ぬと“リスポーン”するこの男は、劇中様々な性格・容姿・能力を持って主人公の前に現れる。

 グラサンでカッコよくキメたタフガイとして現れたかと思えば、みずぼらしいホームレスとなって現れたり、コカインをキメて美女をはべらせるハイテンション男になったかと思えば、口髭をたくわえ軍服姿で敵をなぎ倒す軍人として現れたりする。

 それをすべてシャールト・コプリーが1人で演じている(!)、彼の役者の才能を余す所なく堪能できるという意味では「ハードコア」はそれだけでもお釣りが出る。


 タイトルに相応しく、文字通りのハードコアな映画ながら、それこそコントローラー無しのゲームをぶっ通しでやり続けるようなフレッシュな映像体験が出来る最高の野心作だろう。

 バイオレンスに抵抗がある人と、POVで酔いまくる人以外には。

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