第28話 怪奇なるオズワルド

「ごめんエフォート、何を言っているのかさっぱりわからないから、少し詳しく」


 どうやら、オズワルドの残念な頭では理解できなかったらしい。

 貴族らしく少しは見栄を張れば良いものをと思いつつも、どうしてかエフォートは説明してやろうという気持ちになった。

 不思議な感触だ。

 確かにオズワルドは気にくわない男だ。

 しかし、根っからの悪人ではない。どうやらそれはわかる。


「……やれやれ。では最初から行きますよ」


「うん、頼むよ。……座ったら?」


「お構いなく。尻に吹き出物がありましてね」


 オズワルドごときに見栄を張る必要は無い。

 リッチモンド家から支給される食料を横流しして孤児へ渡していたため、栄養バランスが崩れたのだ。


「つまりですね――」


 ジョージ王が現れて以来、この世界には多くの地球人が進んだ科学知識と道具を持って転移してきた。

 地球人のもたらす科学知識と進んだ道具は、エイプルだけでなく全世界に大改革をもたらした。

 それは、マジックアイテムで貴族だけが送っていた文化的生活を平民にも広げる事になったが、既得権を奪われた貴族の中には、それを快く思わない者も居た。


「ええと……?」


「オズワルドさま。つまり、それが『マイオリス』なのです」


 無惨にもアホ面を晒すオズワルドにナオミが耳打ちする。

 どうやらそれで納得したらしい。


「ええ、ナオミさんの言うとおりです。地球と地球人に対する嫌悪が根底にある『思想』です。ジョージ王を暗殺した過激派も、その一人でした」


「ふむふむ。つまり、憎悪が戦争のきっかけだった、と」


「おっしゃるとおりです。問題はこれが『思想』であること。統率された組織はありませんでした」


「でした、って?」


「ええ。過去形です。いつの間にか実態を持った組織が出来上がっていました。起源はわかりません。闇にまみれて、いつの間にか密かに。構成員自身も誰がメンバーなのか知ることなく」


 オズワルドは手をポン、と叩く。


「僕、知ってるよ。そういうのを『秘密結社』って言うんだ。ライト・ノヴェルで読んだから知ってる」


 確かにオズワルドの言うとおりなのだが、どことなく神経を逆なでする言い方だった。

 気を取り直してエフォートは続けた。


「彼らはジョージ王の血を引く王女を追放しました。それが……」


「『神聖エイプル』だね」


 この事はオズワルドも知っていたようだ。『神聖エイプル』とは、大陸戦争の末期に旗揚げされた革命政権であった。

 彼らは当時最強と言われた魔法使いを首領として祭り上げた事で『同士』を得たのだ。

 閉ざされた世界では、言動が次々と過激化していく。

 最後には実力行使に出てしまった。


「彼は地球人の魂を宿した『異世界転生者』だと言われています」


「異世界……転生?」


 オズワルドは首を傾げた。

 聞いたことのない言葉だったのだろう。当然だ。


「買ったは良いけど、積んである本のあらすじにあったな」


「オズワルドさま、あの本は恐ろしくつまらないので読まない方がよろしいかと」


「じゃあいいや。後でかいつまんで設定を教えてよ」


「かしこまりました」


「…………」


 ナオミの方は理解しているらしい。

 オズワルドはまたサンドイッチを一つつまむと、口に放り込む。

 気が付けばいつの間にか、エフォートが食べる分が無くなっていた。

 エフォートは一つも食べていない。

 なぜこの男は人の分を残しておくという事を考えないのだろう。

 沸々と怒りが湧いてくるが、考えてみれば相手は貴族でこちらはただの使用人だ。

 オズワルドに雇われている訳ではないが。

 気を取り直して――気を取り直すのももう何度目かわからないが――話を続ける。


「オズワルド様は『魂』とか『精神』とかいったものの正体は何だと思います?」


「……僕にはよくわからないな」


「まあ、諸説あるので厳密には違うかもしれませんが。人の精神は、脳の神経細胞のネットワークに流れる電流ではないか、と言われています」


「ふむ」


「地球のコンピューター技術者たちは、心……人工知能を作り出すことを目標としていたそうですが、困難だったようです。そこで、生きた人間の精神をコンピューター上に写すことで人工知能に仕立て上げる方法を考えました」


「なるほど」


 オズワルドは腕を組み、珍しく真面目な顔で頷いた。


「……本当にわかってます?」


「ライト・ノヴェルで読んだよ」


「なるほど。『剣の芸術シリーズ』ですか」


「知ってるの?」


「お嬢様の好きな本くらいは目を通しませんと。私は主人公が嫌いですが」


「はっはっは、さすがだね。僕もさ。僕もあの主人公は好きじゃない。でも、人気作はとりあえず目を通さなきゃね。……続けてよ、わからなければ聞くから」


 くだらない三文小説などどうでも良いので、エフォートは続ける。


「かつて転移・召喚魔法で地球人たちを呼び寄せていた頃です。偶然生きた地球人の記憶だけを呼び寄せてしまう事件がありました。ある種のマジックアイテムの干渉によって、呼び出された記憶は生後間もない赤ん坊の脳に書き込まれたようです。彼は大人の記憶を持ったまま、人生を赤ん坊からやり直すことになりました」


「そりゃあすごい。ますますラノベだよ。僕だったら子供のうちから魔法の勉強して、女の子にモテまくって……」


「近いことやってるでしょうに。現在の王立学院で、最強の魔法使いはあなたですよ」


「そうなの?」


「はい、ただ強いだけですが。地位や魔力、財力に魅力を感じて近付いてくる女の子も、これから出てくるかもしれません」


「ははは、照れるな」


 オズワルドはだらしない顔をして頭を掻いた。

 オズワルドは入学式の当日に停学を食らうという快挙を成し遂げているので、知り合いはあまり居ない。

 知らないのも当然である。

 なお、エフォートはオズワルドを全く褒めていない。

 むしろ貶しているが、アホすぎてポジティブに受け取ったようだ。


「でも、それです」


「え?」


「まさにそれがマイオリス首領、エリック・フィッツジェラルドですよ。しかし彼も油断したようで、最終的に鎮圧され投獄されました。マイオリスの残党は、転生を人為的に再現し、新たなフィッツジェラルドを作ろうとしているのではないか、というのがスチューピッドの懸念です。だから私は『コンピューター』の部品を集めている。……破壊するために」


「なるほどね。確かにそんなのズルイよ。一度きりの人生を、みんな必死に生きているのにさ」


「ぷっ!」


 思わず吹き出してしまう。

 オズワルドの口からそんな言葉が出てくるなど、思いもよらなかったからだ。


「デビッドさま! 今のは失礼なのです! オズワルドさまに謝ってください!」


 こんな時でも生真面目にデビッドと呼んでくれるが、ナオミは頬を膨らませておかんむりだ。

 しかし、当のオズワルドはそうでもないらしい。


「まあまあ、気にしていないから。僕も手伝うよ」


「何ですって?」


「漫画やラノベならともかくさ。来世に期待とか、やっぱりダメだよ。どんなに辛いことがあっても……次に瞬間には良いことがあるかもしれないじゃないか」


「…………」


 死んでいった仲間たち……グラットン、チャータボックス、スチューピッドの顔が浮かんでは消えていく。

 彼らの人生は終わってしまった。もう、それっきりだ。

 いや、彼らだけではない。何十万、何百万もの兵士たちが、志半ばで散っていった。

『転生装置』は天文学的に高価な部品の集合体だ。

 使えるのは当然、貴族に限られるだろう。

 庶民がやり直しのきかない一度きりの人生を送るのに、貴族は転生してやり直すことができる事になる。

 そうなれば『死』すらも格差ができてしまう。


「しかし、来世に期待するしかない人間だって居るんです。オズワルド様にはわからないでしょうが」


 胸に黒い染みが広がっていくのを感じる。

 浮かんでくるのは、いくつもの後悔。


「それでも、さ!」


 オズワルドは満面の笑みを浮かべ、エフォートの背中を叩いた。

 いつものように不快な笑顔ではない。


「生きていれば、いつかきっと良いことがあるんだ。そうに決まってるんだよ。ナオミだってそう思うだろ?」


「はい、オズワルドさまの言うとおりなのです」


 ナオミはいつものように、オズワルドを持ち上げる。

 しかしその後、小さな声でつぶやいた独り言も耳に入ってしまう。


「――たとえオズワルドさまが深く悔いていらっしゃるのが、昨日の晩ご飯のメニューだとしても、です」


 オズワルドの後悔とは、じつにくだらないものだったようだ。

 しかし、エフォートはそれはそれで良いような気がしてならなかった。


「…………」


 いつの間にか三人は、並んで海を眺めていた。

 雲間から差し込む光も、同じ事を言っているように思えた。

 カモメが一羽、風を受けて視界を横切ると、思い出したようにオズワルドが呟く。


「でも、理由はそれだけじゃないだろう?」


「…………」


 オズワルドの言うとおりだ。

 もちろん、理由はそれだけではない。


「ま、今はいいよ。しかし、あのフィッツジェラルドがねえ。……確か、お家取り潰しになって、領地は全て政府直轄になっているはずだね。僕のアパルトメントもその時に閣下が貰ったそうだよ」


「ほほう、それは初耳ですな」


「オレと仲間が! そのフィッツジェラルドをボコボコにしたんだぜ!」


 噂をすればなんとやら。

 爽やかな丘の上に全く無い合わない筋肉ダルマが、いつの間にか背後に這い寄っていたのだ。

 カーター・ボールドウィンの胸の筋肉が、手も触れていないのに蠢く。

 陽光を浴びて染み一つ無い歯が光ると、巨大な手ががっしりとエフォートの肩を掴んだ。


「どうした。オレがここに居ちゃおかしいか? 公共の場所だぜ。なぁ、『シルバー・ピジョン』さんよォ。ぬっふっふ!」

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