幕間 スチューピッド その一

 エフォートはスクラップ・ヤードに来ていた。

 あらゆる製品が解体され、細かく砕かれて次なる製品の原料へと生まれ変わる場所である。

 ここで適当な部品を見繕っては、奇術のタネを作るのだ。

 そのまま使う場合もあるし、加工して何かの部品にする事もある。


「さあて、何か掘り出し物は、っと」


 異臭のする中、軍からちょろまかした防毒マスクをつけて発掘作業に入る。

 今日は先客が何人かいるようだ。

 ほとんどが年端も行かない子供で、ゴミとして出された物の中から小銭になりそうな物を探すのだ。

 ぼろ布同然の粗末なマスクに、素手。

 怪我をすれば破傷風の恐れもある。

 ただの小遣い稼ぎならまだ良いが、大抵の場合売上金は悪い大人にピンハネされてしまい、手元に残るのは雀の涙ほどだろう。

 児童労働を禁じる法律もあるが、罰則が緩く機能しているとは言い難い。

 言いたい事は山ほどある。

 しかし彼らを追い出すということは、硬くなった古パンを買う金すら取り上げることにもなる。


 子供たちから少し離れたところで、エフォートは奇妙な箱を発見した。


「……これは?」


 十五センチ角ほどの正方形で、高さは十センチほど。

 中央には穴が開き、モーターで動くらしいファンが見える。

 一つの面から、奇妙な形に束ねられたケーブルが何本も飛び出していた。

 ケーブルの先端には何かのコネクターがぶら下がっている。


「何かの……電源装置かな。スチューピッドが居れば……」


 そこでエフォートは言葉を飲み込んだ。

 もう、スチューピッドは居ないのだ。


「馬鹿な話だ。アイツのような技術者をよく考えずに前線へ送り出すから、外国に技術力で負けるんだよ」


 大陸戦争では、歴史上初めて飛行機が実戦に投入された。

 兵の配置や塹壕の形をいかに巧妙に隠そうと、空からは丸見えだ。

 やがて、その厄介な飛行機を撃ち落とすために機関銃を搭載した飛行機が現れる。戦闘機だ。

 やられる側もただやられっ放しという訳には行かないから、次々と新型機を投入する。

 しかし、エイプル王国は最後までまともな飛行機を飛ばせなかった。

 オルス帝国やピネプル共和国にはできたのに、だ。

 科学文明発祥の地としての慢心が、指導者たちの目を曇らせたのだろうか。

 それで死ぬのは、現場の兵隊だ。


「まさか……エフォート?」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこにはボロをまとった小柄な男。

 顔はフードで見えないが、その声には聞き覚えがある。


「…………」


 エフォートは返事をするのに躊躇した。

 生きているはずがないからだ。

 足を引きずりながら、男は近づいてくる。


「俺っすよ……。分かりにくいかもしれないけど……」


 フードを外した男は、顔中が痛々しい火傷で覆われていた。

 しかし、片方だけ開かれたその眼を忘れるはずがない。


「まさか……スチューピッドか? 生きていたのか!」


「ええ。俺はもう、自分でも死んだとばかり思っていましたがね」


「ずいぶんやられたようだな」


「砲弾穴の中で目覚めた時、すっかりクレイシク兵に囲まれてたんです。捕虜になって、帰ってきたのはわりかし最近っす」


 スチューピッドはすぐにフードを戻す。

 焼けただれた顔を隠すように。


「エフォート……それ、とんでもないモノだよ……」


 ◇ ◇ ◇


 スチューピッドは近所の橋の下に、掘っ立て小屋を建てて住んでいた。

 小屋の周りには、何に使うのかわからない奇妙な機械で埋め尽くされている。


「この身体じゃアパルトメントも借りられないし、雇ってくれる所もない。恩給だって雀の涙で……ゴホッ、ゴホッ!」


「どこか、悪いのか」


「全部っすよ。肺は穴が開いているし、指は何本かクレイシクに置いてきた。脚もダメっす」


「それでも、生きていてくれて……ありがとう」


「ははは、変なことを言うんすねぇ」


「お前は俺の戦友だからな。ただ、生きていてくれた。それだけでも嬉しいものさ」


「…………ふふ、クサい台詞だ」


 スチューピッドは顔を伏せ、鼻の下をこすった。


「何とでも言え。それより、さっきのこれだ」


 木箱をひっくり返した机に、エフォートは先ほどの機械を乗せた。


「これ、何だか知っているのか?」


「ええ。ジョージ王、最後の発明。その部品です」


 時折咳き込みながらスチューピッドが話したのは、にわかには信じられない話だった。


「異世界……転移装置……?」


「ええ。三十年ほど前、当時のマリア王女が偶然に転移・召喚魔法でジョージ王……栗須穰二を呼び寄せました」


「何だと!?」


 エイプル人が信じている魂の還る場所『チキュー』は、『地球』とも呼ばれる異世界で、そこには魔法を使えない平民だけが暮らしているという。

 魔法が無いため科学文明が非常に発達しており、そこは『コンピューター』と呼ばれる計算機によって全てが支配されているそうだ。


「スゲェんすよ。ビル一つ丸ごと使う解析機関なんかより、よっぽど高性能な物が机の上に載っちゃうんですから」


 そのコンピューターは誰でも簡単に買うことができ、規格化された部品を組み合わせてオリジナルの物を作ることができるらしい。


「ジョージ王はそのコンピューターのネットワークがこちらと繋がることを発見して、地球と連絡を取ったんです。それを使って大量の工作機械と『賢者』と呼ばれてる技術者をたくさん集めた。それが、『産業革命』の実態っす」


 にわかには信じがたい事だった。

 しかし、科学文明の発展はあまりにも性急すぎるというのは、誰しもが思っていることだろう。

 通常であれば失敗、すなわち『これでは上手く行かない事の証明』を繰り返し、試行錯誤の末に答えを導き出すのが科学だ。

 しかしその課程を吹き飛ばし、与えられる正解だけを選び続けていたのであれば。

 地球という異世界で数百年かけて発展した科学を、数十年で再現することは可能かもしれない。


「……でも」


 可能かもしれないが、それだけだ。

 いずれは行き詰まり、試行錯誤の時代が始まる。

 エイプルの停滞はそこから始まったという。

 その間に諸外国は、失敗の積み重ねから『本物の科学』を手に入れていた。そういう事だろう。


「さらに追い打ちを掛けたのが……」


「まだあるのか」


「ええ。賢者たちの中には、地球から持ち込まれた色々な物と一緒に外国に逃げる人もいたんすよ。エイプルよりもよっぽど良い条件で雇われたから。とどめはジョージ王の暗殺っす。エイプルの貴族社会では、停滞を地球人が原因のように扱われ始めました」


 エイプル国内に残っていた賢者たちは、王が死ぬや弾圧を受け始めた。

 そして、ますます国外へ散っていったという。


「逃げなかった者の中には、徴兵されて前線に送られた者もいます。……俺のようにね」


「だとするとスチューピッド。お前は……」


「信じてもらえないかもしれませんが……地球人。つまり異世界人です」

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