第17話:2人の許可証所持者


 華月が女子寮園庭、妖精の園に侵入を果たしていた頃。

 女子寮から離れた森林地帯が光り輝いていた。


 閃光。

 眩い光が辺りを包み込む中、B級許可証所持者水地と、女子寮を襲う華月の一員である敬の争いは収束を迎えようとしていた。



「――っ」


 対処法なら、あるっ!


 水地の声さえも掻き消えるその光の中、水地は咄嗟に構えていた雪で生成された矢を地面に向かって放つ。

 放たれた矢がするっと雪の中へと吸い込まれていき地面に接触すると、吸い込まれた先に矢から波紋のような衝撃が放たれ、深雪が舞い上がる。

 辺り一面に雪飛沫が舞う雪塵の中で、水地はその一つ一つの飛沫全てに言うように言葉を発した。


「『流』の型っ!」


 その言葉をキーワードとして、目の前に舞った雪飛沫は一瞬にして『水』へと姿を変えた。

 水地に一直線に向かっていった閃光が水地の作り出した水と接触する。

 光は水と接触すると同時に方向を変え、さらにまた近くの水へ、近くの水へと方向を変え続けていく。


 屈折。


 冷たく、綺麗に研ぎ澄まされて凍ったその水の塊は鏡の役割を果たし、その光は様々な水の塊にぶつかり、反射し、人にとってはとても短い時間をかけて、それを放った敬に向かって戻っていく。


「っ!?」


 自分が放った光が戻ってくる。


 そう、気づいた時には、すでに光は敬自身を光で包み込み、何も見えなくしていた。

 そのうちの1つの光が、敬の心臓部を捉えて通り抜けていく。

 抜けていった光は、敬の背後の大木をも通過し、遥か彼方へと消えていく。

 通過された大木はまるで切り取られたかのような綺麗な切断面の大きな穴を開け、大きな音を立ててゆっくりと倒れていった。


 大木の轟音が辺りに響き渡り、細かな雪が辺りに煙のように舞うと、水地が作り出した、光が当たった際に鏡の役割を果たした水も、砕け散って欠片となって舞い散っていく。

 周りの寒さに、光をまといながら地面へと落ちる雪。それはダイヤモンドダストのように、きらきらと幻想的な光景を作り出した。


「う……?」


 敬が自分の胸に違和感を感じて触りだした。

 敬の胸には、先ほどの大木のように綺麗な切断面の穴がぽっかりと開いて、向こう側の景色がそこから見えている。


「悪いな。俺の勝ちだ」

「ありえな――」


 じわじわとあふれ出す血液。

 敬が自分の体に穴が開いていると認識したからか、穴の内部から一斉に体中からとも思える血液がはじける様に噴出し、体を濡らし、白面を赤く染め上げていく。


「そうだな。ほんと、『参』の型とかありえねぇよ」


 敬に背中を向けると、背後でぼすっと一際大きな音を立てて敬が倒れた音を聞いた。


 殺人許可証所持者でも習得できた者がほぼいないと言われる型式の複合。

 たかがBランクの殺し屋が使えることに、華月という組織の恐ろしさを知った。

 対処方法を聞いていなければ、間違いなくこっちが敬のように体に穴を開けられて殺されていたのは間違いなかった。


 ほっと一息を付くと、『流』の型で作った弓が消える。

 弓は水となって深雪に落ち、溶かして小さな穴を開けた。


 紙一重の一瞬の攻防ではあったが、それでも時間は少なからず経過している。

 とにかく今は、女子寮に向かわなければ、と焦りが生まれた。当初の予定より1人多く向かってしまっている。


 例えCランクであってもあの2人では太刀打ちできるとは思えない。

 特に望が足を引っ張ってしまうのは想定できた。

 カヤがすでに事を終えて向かってくれていればいいとも水地は思ったが、向こうはAランク2人を相手にしている。そう簡単に終わるとは思えない。


 そう思った水地が走り出そうとした時、水地は地面へと倒れこんでしまう。


「あ……やっちまった……」


 敬の光を全て跳ね返せていなかった。


 じくじくと、腹部や腕から這い上がる痛み。


 小さくはあるが、広範囲に広がった閃光のいくつかが、水地の体に小さな穴を作り出していた。


 動けない。

 ……駄目だ。茜を護らないと……


 雪の上を染め上げていく自分の血を見ながら、水地は意識を失った。




 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・



 森林地帯。


 女子寮から遥か遠くまで移動していたカヤは、遠くで聞こえる、辺り一体を震わす音で一度足を止めた。


「……まずいな。誘導されたか」


 カヤはAランクの殺し屋と思われる、別行動をしていた2人を追いかけていた。

 すでに目の前へと迫った殺し屋の気配は2人。両方とも只ならぬ気配を感じることから、経験上、間違いなくAランクだと感じている。


 ただ、片方の気配が若干希薄なことが気にはなっていた。


「気になるか?」

「気になるか?」


 そう、ふいに声をかけられ、目の前を見据える。

 そこに男が2人、いた。


「殺し屋組織『華月』、粋だ」

「殺し屋組織『華月』、粋だ」


 同じ声で同じ言葉を話す、同じ顔をした、同じ姿をし、同じ動作を行う男。

 どこにでもいそうな平凡な顔。鉢巻のように赤い華の刺繍がされたバンダナを巻きつけた2人の男。


「……なるほど。道理で2人の気配だったわけだ」


 型式『縛』の型は土で「形」を作ることができる。

 型式『流』の型は水を使って「息吹」を与えることができる。


 それらを複合すると、人に似通った『自己像幻視ドッペルゲンガー』を作ることができる。

 残像のように、扱う人間が早く動くことで残る幻像のようなものではなく、本当にそこに人を形作ることで、気配さえも、存在さえも作り出す技術。


 まさか、ここで複合の型式を見るとは思ってもいなかったとカヤは思う。

 上位にいけば行くほど、型式を複合させて新たな式を作る者もいるが、習得するのはかなりの技量と各型式の修練が必要となる。

 華月は、組織として人材教育もしっかりしているらしい。


 ただ、カヤからしてみると、正直に言ってしまえば、使に、よくAランクとなれたな、と思った。


 ただ、目の前のそれとは別に、カヤは釣りあげられたことにも気づく。

 先ほどの音も、水地が苦戦する程の敵と遭遇してしまったことになるが、水地と別れる前に感じた3人の気配としては、そこまで強そうな気配を感じていなかった。


 1人足りない。

 Aランクの解という男が、どこかで気配を殺している。


 それがこの場でないのであれば、水地の場所か、最悪は女子寮にすでに侵入されている可能性もあった。


 本来は、粋と名乗ったAランクの男で、水地辺りを女子寮から引き離そうとしていたのかもしれない。

 残るは初心者丸出しの所持者のみ。そこに他の協力者がいたとしても、華月の力であれば数的にも圧倒でき、いくらでも侵攻できると考えての今回の奇襲だったのだろう。


 本当に、俺がこの場にいてよかった。と、カヤはため息をつく。



 ただ、そうだとしても、水地は戦闘寄りの所持者ではないので苦戦はしているのだろう。

 水地のことも心配ではあるが、今は手遅れになる前に女子寮に向かうべきだとカヤは考えた。

 であれば、目の前のAランクはとっとと終わらすに限る。


「お前は殺人許可証所持者か?」

「お前は殺人許可証所持者か?」

「……悪いな。お前如きに構っていられなくなった」


 粋の目の前からカヤが消えた。


「一応名乗っておくが」


 粋の背後から声が聞こえ――


「殺人許可証所持者、コードネームは、ナノだ」


 ――2人の粋の視点が同時にずれ、目の前の視界が切り替わった。


「閃光の二重影?」

「閃光の二重影?」


 切り替わった視界は、今まで見ていた大木が今まで以上に上部に伸びているように見え、下部には表面が凍って硬くなった雪が目の前にあるかのように映る。まるで小人になったかのように、辺りの様々な物質が大きくなったように見えた。


 ぽてんと、意識はしていないのに、首が勝手に倒れる。

 接触面は冷たく、ころころと視界が目まぐるしく変わることに、転がっていることが分かった。転がった際に、自分の背後を見ることができた。

 そこには、首の辺りから咲き誇る赤い花を生やした2つの体が、立ち尽くしているだけ。


 ぷつっと、そこで粋の意識が途切れた。


「奇襲や囮に使う分には脅威かもしれないが、な。……2人とも姿を現してたら意味ないだろ」


 そんなカヤの呟きに、答える者は、そこには誰もいない。


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