第15話:『参』の型


 庭園での会話から数分後。


 カヤと水地は、望とメイを庭園での守備に回し、森林地帯の中にいた。

 森林地帯は数日間降り積もった雪が溜まりに溜まり、足の踏み場がない。

 踏み抜いてしまってもいいのだが、大木が埋まっていることからどれだけ深いのか分からない。


 2人は今、大木の枝を飛び移りながら移動を行っていた。

 遭遇した際に深雪に足が埋まっていると支障をきたすし、こちらからの奇襲を想定すると足跡が残るようであれば意味がない。

 ただ、相手も殺し屋。2人とも奇襲が成功するとは思っていない。


「2人、別行動し始めたな」

「ああ、多分ばれたな」


 大木を移動していた2人が急に立ち止まり枝の上に姿を現し探知を開始する。

 2人の探知にかかった華月が動きを変えていた。


「どうする?」

「……Aランクだろう。俺が行く」

「わかった……こっちは何とかする」

「頼む。無理ならメイ達のところに退いて協力しあってくれ。……なるべく早く合流する」


 そう言い、カヤが大木の枝から姿を消した。


「さて…と」


 水地はこれから目の前に現れるであろう3人の相手をしなければならない。

 その中の相手がAランクがいればそれで水地は終わりと考えていた。

 ただ、別行動をした相手がAとカヤが断定したのであれば、3人は同等ランクの敬と下位ランクの玲。そして一般人である駕籠の3人となる。


 ランカー2人とノーマル1人を同時に相手をするのは少し辛くはあるが、最悪、ノーマルだけを抜かして後で倒せばいいとも考えていた。


「抜けさす気もないが、とにかく時間は稼がないとな」


 呟くように言葉を発した直後、目の前に気配を感じた。

 まだ、相手には気づかれてはいない。

 そう感じた水地は、『流』の型を発動させる。


 右手に近場の雪が集まり圧縮され、鋭利な白い矢と姿を変える。

 雪玉のように圧縮させて固くしたものと原理は一緒ではあるが、圧縮率がまったく違う。

 そのまま放てば木々さえ貫通するほどの強度を持たせてあった。


 時折重さで落ちる雪塊の音が聞こえるだけの静寂の場で静かに相手を大木の枝の上で待ち続けると、ぼすぼすと雪の中を歩く音が聞こえてきた。


 そして、3人を目視。


 矢を同じく精製した弓の矢弦にかけ、的を選ぶことなく、一気に引き放つ。


 ひゅんっと音と共に、矢は水地の手を離れ、8つの細い矢に分裂。それぞれが意思を持つかのように独立した動きをし、3つの標的に向かって弧を描いて炸裂。

 月の光か、雪が反射した光が炸裂地点に溢れた。


 ぱらぱらと辺りに飛び散る粉雪をカーテンに、水地も深雪の中へと飛び降り次の襲撃へと準備を整えようとする。


「ちっ……」


 地面に着陸した時、周りはまだ弾け飛んだ深雪が細かな粉塵となって、霧のように視界を遮っていたが、視界が悪いという理由で水地は舌打ちしたわけではない。


 水地は自分の攻撃で、誰一人として傷を負っていないことを感じ取っていた。


 霧が晴れ、姿を現したのは男が3人。


「敬だけでやる。玲と駕籠は先に行け」


 視界を塞ぐようにバンダナをした、自分のことを敬と呼ぶ男が指示を出す。


「へっ、俺いなくても大丈夫かぁ?」


 長髪を、華の刺繍がされたバンダナで纏めている玲と呼ばれた男は、額に赤い何かをぶつけられたかのような跡があるが、水地の攻撃で負った傷ではなさそうであった。


「いいから、先行くだに」


 頬に生新しい傷を持った、前の管理人である下弦駕籠。


 許可証所持者の攻撃をどうやって回避したかは分からなかったが、殺し屋2人のどちらかが防いだのだろう。


「大丈夫だ。今ので、底は知れた」

「あ~……お前等2人が、華月か」


 その言葉に、2人が揃って水地を見た。


「……なぜ、俺らが華月だと?」

「許可証所持者の情報網を甘く見るなよ? 元管理人がお前等と関係があることくらいすぐわかるさ」


 ただ単にカヤから聞いた情報を伝えただけだが、そこまで食いつくとは思ってもいなかった。

 正直に答えを言ったら言ったで、かっこ悪い。


「わかる? わかるわけがない。華月はB級程度で閲覧できるレベルじゃない」

「っ!」


 敬の言葉に、水地は華月の力の大きさを見誤っていたことに気づく。


 カヤの枢機卿が知りえた情報。

 水地の枢機卿では見つからなかった情報の答え。

 それを意味するのは、許可証のランクによる事が大きい。


 SS級ともなればあらゆる情報が閲覧可能となる。B級とは大きな差がある。

 SS級のカヤにとってはどうでもいい組織だっただろうが、B級の水地にとってはまさに生命の危険を伴う危険な組織だったことに、改めて気づいた。


「あ~……なるほど、なかなか名のある組織だったわけ、か」


 やはり、締まりがなかった。


「……ここは敬に任せろ。さっさと依頼を終わらせる。恐らくはもう1人殺人許可証所持者がいる。粋の動きに釣られていれば楽だがな」

「許可証所持者のオンパレードだに、な」

「寮内は物色するんだろぉ? 俺も手伝ってもいいんだよな?」

「好きにするだに。邪魔者を消してくれれば何してくれてもいいだに」


 女子寮を見上げながら、真新しい傷口を歪めながら言う。


「んじゃ、先行くわ」

「待てっ」


 会話をしながら2人が先に進もうとした所を声で制しながら、水地は弓から解放を待ち望む矢を放つ。


 刹那。


「――先程言ったが、底は知れた」


 飛び出していく矢の正面に敬が左手を水地に向けながら姿を晒す。

 矢が放たれた、水地のまさに目の前だった。

 敬が翳した左手と矢が触れ合うその瞬間。


 光が、走った。


 黄色い光が音を消し、水地と敬の間に丸い球を作る。

 辺りに光が拡散し、強烈な音のない爆発。




「――……はっ」


 自分が雪場にめり込んだことをめり込んだ後に知覚した水地が息を吐く。


 数秒、いや、0,の世界。

 自分が息をしていなかったことに気づく。


「――敬は『光』を使う。お前は、『水』か?」

「光……? ありえない」


 雪場からゆっくりと立ち上がり、目の前の敬を見据える。敬は吹き飛ばされもせず、割り込んだその地点から一歩も動かず、水地に向かい左の手のひらを向けていた。


 すでに残りの2人の姿はなかった。水地が吹き飛ばされたことを確認し、女子寮へと向かっている。


 すでに、端とは言え、寮内が戦いの場になってしまうことは確実だった。


「『型式』を使える? しかし、型式にそんな型は存在しないはずだ」

「それは敬が特殊だから、で片付く」

「……ありえない――『呪』の型、いや、違う……」


 型式。


 その型は四大元素と『呪』の名を基とした五つの型から成る殺人技術。

 その中に、『光』は、存在してはいない。


「……まさかっ」


 水地はとある人から聞いた言葉を思い出した。

 それは、水地に型式を教えてくれた前時代の許可証所持者の言葉だった。

 

(型式は組み合わせたらいろんなことができるんや。わいの知る限り、『参式』と呼ばれるもんしか知らへんし、技術もありえんほど必要や)

(参式?)

(光、や。3つの型式を複合させた型やから『参』の型、や。使えた奴は一人しか知らへんが、あんな、けったくそ悪い危ない力はあまり相手しとうないないな。ま、いくらでも対処法はあるけどな)


「『参式』、かっ!」


 弓を再度構え直し、左手に矢を形作らせる。


「ふむ。敬も名は知らぬが、所持者がそういうのであれば、そのような名前なのであろう。そして名も知っているのであれば、対処法もないことも知ってる、な」


 そう言った敬の手のひらから、再度光が走った。

 辺りの音が消え、景色が反転する。


「――っ」


 対処法なら、あるっ!


 水地の声さえも掻き消え、辺り一面に雪飛沫が舞った。



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