第8話:管理人室の整頓
「それにしても、おっさん」
「はい、何でしょうか? 望さん」
望の整えられた眉がぴくっと怒りを表現した。
よし。もう敬語使うのはやめよう。
そろそろ平常運転に戻りたいカヤである。
「……あんたの荷物はこれだけか?」
望の言葉を聞きながら、煙草を吸おうと煙草の箱を捜すが、どこにもない。
メイが、「荷物整理の間くらい我慢です」と、談話中にさりげなく取り上げていったことを思い出し、煙草を断念する。
「ああ、そうだな。それくらいだ」
『和歌山みかん』と書かれたダンボールが3箱。たったそれだけだ。
2箱のダンボールには衣服と小物しか入っていない。
それとは別の大きめなダンボールには、枢機卿から支給される高性能PCと今は必要のない小物が入っているだけである。
冬の田舎は恐るべしとカヤは思っていたが、普段着でスカートを着用した見た目寒そうな少女がダンボールの中身を片付けている姿を見てしまうと、この寒さをどう思っているのかと驚愕してしまう。
少女達からすると、寒さには慣れたもので苦になるわけでもない。
量があれば文句は出るが、少ない荷物整理を手伝わされているだけなので、面倒だったから呼び出されているのだろうとしか思っていないし、カヤはカヤで自分の正当性の為に動けないと言っているだけで、ただ単に面倒なだけなので、少女達が思っていることは正しかった。
そんなたった3箱のダンボールを面倒と言って他に片付けさせた結果としては、1箱目のダンボールの整理整頓はかなり雑に終わる。
美冬に至ってはカヤと一緒にこたつ虫と化している。
最初から手伝う気など毛頭ない。ないが、それはそれでなぜか許されるのも美冬の特権のようにも思えるから不思議だった。
「別に持ってくるものなんてないからな」
「えっちな本とかは♪」
「馬鹿かお前は。そう言う危険な代物は全てメイに任せる。……メイは、大きいほうのダンボールを頼む」
「え、はい? え?」
言われた意味が分からなかったのかメイが疑問を持ちながらも大きい和歌山みかんを広げだす。
その広げたダンボールを少女達がなぜか覗き込んでいる。
「メイ、えっちな本とか入ってる?」
「入ってます」
「マジか!?」
「入れた本人が驚いてどうすんだよ」
望がため息をつきながらカヤに言うが、望もなぜか覗き込んでいる一員となっているのもおかしい話ではある。
望と茜が恥ずかしくなったのか元の衣服の入ったダンボールへと戻っていく。
「いや、念のため、な。……それに、そんなもの入れてねえし」
「管理人さんの服♪ 黒い服ばっかり♪」
茜は次々と無造作に中から服を取り出しながら感想を言う。望は茜とは違い、丁寧に中身を取り出している。
性格が出ていると感じるカヤだったが、口調の荒い望が丁寧に畳んでいる姿は意外だった。
「茜。下のほうには俺の下着とかあるから見るなよ」
「ふ~ん。……♪ 見てみよ♪」
見て楽しいものか? と、考えながら、カヤはさらにこたつの中へと潜っていく。
「って……これ何?」
「……あ!」
茜が取り出した物体を見て、メイが少女達に気づかれないように、鼻の辺りまでこたつに潜りこんでいるカヤに近づいてくる。
そうだ。この瞬間を待っていたんだ。
今が裏世界で培った力を今こそ発揮するとき!
「……いいんですか?」
お前がどこに煙草を隠しているかは先ほどよぉく観察させてもらった。
……そこだ!
小声で話しかけてくるメイのスカートのポケットから、カヤは一瞬の動作で煙草を盗み取る。
「分かるのは俺とお前ぐらい。封印してあるから俺の『
慌てるメイに普通に言葉を返し、煙草に火をつける。
メイは、なぜそこに煙草が?と、カヤが煙草を吸い始めたことに驚き、自分のスカートに手を突っ込む。そこに煙草がないことを確認して盗み取られていることに気づく。
「セクハラですよ! カヤちゃん!」と恥ずかしそうに顔を赤らめているメイのことは無視して、カヤは煙草を堪能する。
「ね♪ これ何♪」
茜がカヤに見せたもの。
それは『手甲』だった。
いや、鉄のような物質で出来ているため、『鉄甲』が正しいか。
「見れば分かる」
「分からないから聞いてるの♪」
その『鉄甲』は、裏世界に身を置くものなら一度は見たことのあるものである。
暗器。
簡単に言えば、隠し持つことができる武器のことをそう呼ぶ。
カタールと呼ばれるインドで使われていた刀剣を、手首に装着できるように改良・コンパクト化したものが、茜が手に持つものであった。
付けているのか分からないほどの軽さと、手首に装着しても服の上からでは分からないため、裏世界はほぼ一般的に愛用されているものである。
それを見た望が驚きの顔を見せているが、カヤが殺人許可証所持者と先に聞いている為、すぐに表情を消して黙々と片付けに入った。
その表情を見逃さなかったカヤは、望「は」カタールを使う所持者なのだろうと考察する。
「説明するのがめんどい」
メイの背中をぽんぽんとたたく。
叩かれたメイは何がなんだか分からない。
そんな不思議そうなメイを見ながら、カヤはだるそうに、そう言えば、こんな風にタッチするだけでセクハラで訴えられることもあると思別のことを思っていた。今度から不必要なスキンシップは止めておこうと思う。
今にして思えば、30代のおっさんが高校の女子寮の管理人とは、かなり危険な立場なのではないだろうかと、これからしばらくが不安になる。
「え、あ、はい?」
「説明」
「私がですか!?」
「知ってるだろ、あれ」
「でも……」
「あ!」
メイが望に助けを求めようとしたとき、すでに鉄甲に興味を失った茜が再度何かを見つけたらしく大声をあげる。
びくっと、メイが驚いた。
「黒い中国服~♪」
言い方としては某猫型ロボットだ。
自分の体に当て、着れるかどうか確かめながらカヤに見せる。
どう考えても体格的に合わない。
「あ、あれって……」
「ああ、勝負服」
「勝負服? 何のだよ」
メイの焦りは無視しつつ、いつの間にかこたつでぬくぬくと温まっている望が聞いてくる。
どうやら茜が遊んでいる間に望がほとんど終わらせたらしい。
「決まってるだろ? 女を落とすときにいつも着る服のことだ」
「……変態だな」
「変態なのか!?」
「管理人さんって彼女、結構いたの?」
「私は、恋人は1人ぐらいしか……」
メイの言葉に、カヤは反射的にメイの頭を小突く。
「あのな。……そんな服。女を落とすときに着てたまるか」
他愛もない会話とともに時間が過ぎていき、数分後には少女たちの手際のよさも
あってか荷物整理は無事終了する。
雑に扱われた最初の1箱の中身もメイが綺麗に処理してくれた。
「……ご苦労。余は満足じゃ。……今日の夕飯の支度のついでといっちゃ何だが、まあ、お礼として、俺のおごりで少し早い夕食でも食いに行くか?」
優しいお兄さん気取りなことを言うカヤ。
カヤのその言葉に、少女達が一瞬にやっと笑ったことにカヤはまったく気づかなかった。
少女達が、文句を言わずに手伝っていたのは、その一言を引き出すためだったということにも勿論気づかない。
さあ、宴の始まりだ。
そう言わんばかりの少女達に、カヤは不思議そうに、けだるそうに首をこきっと鳴らすだけだった。
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