―近郊にて―


 ――時はカヤが女子寮に訪れる数日前に遡る。



 女子寮近郊。


 女子寮の裏側に位置する森林地帯。

 そこは人が足を踏み入れることがないため、新雪が深雪となり、足を踏み込むだけで自分の体がめり込み、抜け出せなくなるほどの雪が積もっていた。

 森林を形成する大木も、半分ほど雪に埋もれている。それはまるで雪の中に生えてきたかのような錯覚を思わすほどであった。


 真夜中だが、雪の白さにどこかから反射されてきた光のせいか薄暗さはなく、きらきらと光が反目し、幻想的な明るさがその場を支配している。


 その森林地帯に人影が4つ、そこにあった。

 深雪の中、埋もれることなく、新雪の上に、そこが地面であるかのように立っている。


「なあ、駕籠かご


 まるで雪のような白い頭髪の男が、近くの雪を握り、雪玉を作りながら駕籠と呼ばれた男が自分の方に振り返るのを待つ。


 駕籠と呼ばれた男はジャージのポケットから煙草を取り出しながら振り返り、白い頭髪の男を見据える。


 瞳は黒く淀み、右目から顎にかけて真新しい傷跡がついている。その傷跡が三十半ば頃であろう駕籠と呼ばれた男の人相を、元々悪かったであろうその雰囲気を更に悪く見せていた。


「……なんに?」


 煙草に火をつけながら、駕籠は笑みを浮かべる。笑顔が苦手なのか傷痕が引きつるのか、下品という言葉がぴったりと当てはまるようなそんな笑み。


「その、なんていえばいいんだろうな。ここを抜けた先にある、お前が元、働いていたっていう女子寮だが――」

「――ほんっっっっっとに可愛い子ばっかりなんだなっ!」


 長い髪を赤と黒の斑模様のバンダナで纏めた男ががっつくように会話に紛れ込んでくる。


「人それぞれだに。……俺の見立てではに」

「お前の見立てだったら大丈夫そうだな! あ~! 楽し――ぶへっ」


 雪玉を作り終えた男がバンダナの男――玲の顔面に雪玉を投げつけ、黙らせる。


「……人が話してるんだ、邪魔をするな、れい


 石が入っていたのか、玲は雪玉の当たった額を抑えて声をあげずにふるふると痛みに震えている。

 どうやら、見事に入ったらしい。


「俺達『華月かげつ』は依頼主の希望に答えるだけだ」

「べ、別にいいだろっ! 女子寮なんて入るの初めてだしっ! 結構な数なんだろっ。一人くらい味見したって!」

「……解、今回の仕事で、玲は女にしか興味がない。それが今回の任務についてきた理由だ。敬は、興味ないが」

「敬。玲が仕事に女が絡まないとやる気がでないのはわかってる。でも、今回はそうもいかん。玲にも働いてもらわないと、俺らが死ぬぞ」


 解と呼ばれた白い頭髪の男は、呆れた表情を浮かべ、しかし目は真剣な眼差しで自分を敬と呼ぶ男に言う。


 敬は玲と同じ赤と黒の斑模様のバンダナを目隠しするかのように使っていた。ぴくぴくと震える玲と呼応するかのように大木からさらさらと落ちてくる細雪がわかるのか、手の平に乗せてその雪がさらさらと自分の手から消えるのを見つめている。


「……女子寮に出入りしていた男は、そんなに強いだに?」

「特徴を聞く限り、な。裏世界での格付けは上位だ。最も、一部の能力が上位であって他は中位程度のようだが」


 解は駕籠の問いかけに答えながら、雪玉をまた作り始める。


「『弓鳴りの水』って弐つ名の男だ。B級殺人許可証所持者。つまり、俺ら裏世界の暗殺組織の敵だ。最も、俺ら――『華月』と戦ったことはないが」


 解は自分の左腕に巻かれた黒いバンダナを指差しながら、一呼吸置いて『華月』と自分達を指してそう言った。


「あの男も殺人許可証所持者だったにか……じゃああの女が一人で見つけたわけじゃなさそうだにな」

「どうだろうな。出入りもさほど多いわけではないんだろ?」


 駕籠の言葉に、近くの雪で雪玉を作りお手玉をしながら解が答える。

 解としては、仕掛けを見つけること自体は許可証所持者でなくてもできると思っていた。


「とはいえ、上に援軍を頼むことになるかもしれん。B級で唯一の弐つ名持ちということもあるからな」

「えーーーっ! ここまで来て出直しかよ! 一人くらい味見さ――ぐあっ」


 やっと痛みから立ち直った玲の顔面に再度雪玉が二つぶつかる。今度は「ゴンっ」っと妙な音が辺りに響き渡った。

 間違いなく、石が入っている。


「それよりも、女のほうの所持者は俺ら華月を使うほど警戒すべき対象者か?」

「……別に、普通の女だに。殺人許可証も取り立てって聞いただに」

「……障害になりそうでもなければすぐに殺すか。問題は弓鳴りの水だな」

「でも、殺しちゃだめだに」

「……ん?」

「俺の目的はあの女だに。あの女のせいで追い出されたに。あの女だけには『躾け』しないと気がすまないだに」


目標物を手に入れて楽しむ様を想像したのか、にちゃぁっと唾液混じりの笑みを浮かべる依頼人に、敬は玲と同様かそれ以上の女性の「扱い」が好きだと感づく。


「……ああ、なるほど。おーけぃ。わかった。俺らの目的の邪魔さえしなきゃ、殺さない。邪魔しても半殺しだ」

「助かるだに」


 今回の依頼は内容の割には報酬がいい。

 成功報酬も高ければ中にはも入っている。

 事が終われば解体市場でも売買所でもどこでも売れば金にもなる。

 健康的な若い少女は、高く売れる。

 それが裏で擦れたで少女でなく、表であればなおさら嗜虐心をそそられる。


 だが、イージーとも思える依頼も、殺人許可証所持者が絡むのであれば対策も必要だ。


「……敬はここにいるのも疲れた。そろそろ戻ろう」

「楽しみだなっ! とっととキメちまおうぜっ!」


 依頼完遂後の楽しみをそれぞれが思い描きながら、そして四人の男はその場から消えた。


 

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