雪が止む頃に 〜殺し屋さんの数日のんびり(したい)休暇の先は雪降る町の寮の管理人?〜

ともはっと

プロローグ:降り続ける雪



 今日、俺は初めてこの町に降り立った。


 一応県庁所在地ではあるのだが、さほど大きな町ではない。

 新幹線を降り、そこから見えた都会とまったく違う静かな町並みに困惑しながら人の少ない駅構内を歩いていると、妙に魚臭い物産展に人が殺到していた。

 構内に入ってから土産を買おうとする人の為に用意されたものではあるとは思うが、この魚臭さはみんな気にならないのだろうかと思う。

 とか思っていながら物色して見つけた十字マークの鰤の乾き物を見つけてついつい買ってしまう俺も俺ではある。

 恐るべし。物産展。


 自分の体に魚の匂いがついていないか少し心配しながら、宿泊先についたらビールのつまみに食べようと思いつつ、やっとの思いで出口まで辿りついた。


 階段を上がったり下がったり。南口に出たいのになぜか北口に出たり。

 北口にはエスカレーターがあるのに南口は徒歩とか。

 なぜにここまで迷路のように入り組んでいるのかと。

 いや、南口の出口は新幹線を降りてすぐそこに見えていたんだ。

 俺がただ、ちょっと暗い階段を見つけて何があるのかと年甲斐もなくわくわくして上ってしまったのがいけないんだ。

 その結果の物産展。

 酒のつまみが買えただけよしとしよう。


 ちょうど近くに喫煙所と思われる人の密集率の高い場所を見つけ、そこでお仲間達と黙々と胸ポケットから煙草を取り出し吸う。

 白い煙が立ち込める中、辺りを見てみるが車の音もあまりしない。

 駅前特有のガタンガタンと電車の音が聞こえる程度。これが都会であれば分単位で聞こえてくるので煩わしさを感じるのだが、1時間に何本程度だろうから騒音と思える程の大きさにも感じない。


 駅前のバスターミナルのベンチに座り、ぼーっと、ちょうど正面を走る路面電車を見つめる。


 路面電車がメインで活躍している都市なんてほとんどないのではないだろうか。

 その路面電車も近未来を意識しているのか妙にスタイリッシュさがある。

 乗客もほとんど乗っていないのによく回るものだと思った。

 むしろ……路面電車と車が並走するとか、よく事故に合わないなと思った。


 ガタンガタンと不快感を与えない小さな機械音で「まだ現役、まだまだいける」と喋っていそうな、黄色い所々舗装の禿げた路面電車が通った。

 あんなボロい電車もまだ現役なのか。と思った矢先にまたスタイリッシュな青い路面電車が目の前を通り過ぎていく。

 新旧勢ぞろいか。すごいなあのボロい路面電車……いや、もう路面電車のことを考えるのはやめよう。


 改めて深呼吸してみると、都会に比べて空気が美味い気がした。

 空気の匂いもそこまで汚いといった匂いがするわけでもない。

 都会よりも排気ガス臭の薄い町。混雑して窮屈でもない、立派とも言えないその町並みと辺りを歩く人達の言葉に混じる方言に、


  『田舎に来た』


 そう実感する。


 休養するなら間違いなく、こういう『のんびり』とできそうな、そんな町が一番だとも一緒に浮かんだ。


 気づけばすでに目の前にはバスが停留していた。路面電車に夢中になりすぎだと思いつつ、バスに乗り込むと、先に乗車していた客に、「路面電車がそんなに珍しいのか」と言う目を向けられた。

 「ほとんど見ないものを珍しく感じてしまうのもしょうがないだろ」と周りとの認識の違いに違和感を覚えつつ荷物を持ってバスに乗り込む。


 お金を払う準備をしていたが料金口がない。後払いだと気づき、青い字で『1』と書かれた整理券を取って真ん中付近二人がけの窓側の席に座る。

 短いスパンで停留所があり、その都度バスが停車して人が乗り降りするが、時間がかかっても走行車線が妙に広い為か車が渋滞するようなこともない。


 気になったのは、バスの先頭にある電光掲示板に30程まである数字が書かれており、ある一定の間隔で停留所に停まる度に数字が増えていくが、「1」の下に金額と思われる数字が数字が追加される度にどんどんと増えていっている。

 固定料金ではないことにも若干驚きを感じた。

 30まで行ったら1の金額は1000円を軽く超えるのではないだろうか。


 窓から見る景色も、先ほどバスターミナルのベンチで見た景色と同じように都会とは全く違った町並みだった。


 何が違うのだろうとふと考える。


 人はいるがそれほど多いわけでもない、娯楽のなさそうな町。しかしそれでも皆楽しそうにはしゃいでいる。

 ぐるっと見渡す視線の先にそびえる大きな横に長いビル郡。圧迫感がないように所々の空間が空いている。横に長いため、高さのあるビルが少ない。そのおかげか、空がどこから見ても大きく見えるのも特徴的だ。


 空気が美味いと感じた。それは久しぶりの感覚だった。



 考えに耽っていると、目の前の窓に、ぽつっと水滴が落ちる。窓から空を見ると、濁った灰色の雲が空一面に広がり、小雨を降らし始めていた。


(……雨、か……)


 空を見つめたままでバスの発車を待っていると、小雨は徐々に白くなり始める。


 久方ぶりにリアルに見る、テレビの向こう側でよく見る雪。

 その雪は停留所を過ぎて進むにつれて、吹雪くという言葉が合うと思えるほど降り始める。

 ほんの少しの時間で歩道に雪を積もらせ始めていた。


 俺の住んでいた町でこんなに雪が降ったら、交通渋滞は麻痺し、学校も会社も休みになるだろう。


(バスも進まなくなるのだろうか…進まなくても、当たり前だろうな……)


「雪降ってきちゃったねぇ…お兄さん、どこからきなさったね?」

「雪が降ると老体には堪えるねぇ…」


 隣に「よっこいしょっ」と声を出して座る、人の良さそうなお婆さんが俺と同じように窓から外をみて笑顔で声をかけてくる。もう一人のお婆さんも手すりに捕まりながら外を覗き込み俺に笑顔を向ける。


「東京からです。仕事であまり地方に出たことなかったので……雪ってこんなに降るものなんですね……。正直、町中でこんな降るところを見るのは初めてかも」


 手すりに捕まるお婆さんに席を譲りながらそう答える。お婆さんは俺にお礼を言いながらごそごそとバッグの中から黒飴を取り出し俺にくれる。


(必需品?……そういや、飴なんて最近食べてないな……)


「そうかえそうかえ……これでも昔よりは雪降らなくなったほうさね……昔はねぇ――」


 こんな降りしきる雪を見ても、周りの乗客やお婆さんはバスから降りる気配を見せない。それは俺に、の雪では止まることはないということを教えてくれた。


 バスはまた進み始め、ゆっくりと景色が変わっていく。辺りは一面真っ白。大きな建物はなくなっていき、民家がときおり白い世界の中で見え隠れする。

 真っ白な広大な土地が広がっているが少し窪んでいることから畑や田んぼなのであろうか。


 そう言えばこの辺りは米が美味いということでも有名だったか。

 夏や秋であればこの窪んだ土地には小麦の黄色い草原ができているのだろうか。

 四季によって見た目ががらっと変わるのであればまた違った味わいがありそうだし、こんなバスの旅も悪くない。


「――あらま、もうついちゃったよ。老婆の戯言を聞いてくれてありがとねぇ、若いお兄さん」

「いえいえ、僕のほうこそ、いろいろ聞けて面白かったですよ。体お大事に。

 ……ありがとうございました」


 次の停留所に着いたとアナウンスが流れ、お婆さん達が俺に丁寧にお辞儀をしてバスから降りていく。降りた後も俺に手を振ってくれるお婆さん達に俺も笑顔で手を振り返す。


 バスが動き、お婆さん達が見えなくなった後で腰を落ち着かせる。

 普段長いこと他人と接しないためか、話に花を咲かせてしまい、時が経つのも忘れてしまっていた。

 軽く1時間は経っている。


「面白いお婆さん達だったなぁ……」


 人との触れ合いも大切だと感じながら窓からまた外を見始める。

 気づくと外の景色は辺り一面白面だった。


 景色の移り変わりの激しく感じるその短い時間のバスの旅に、一層遠く感じる目的地はどんな風景なのだろうと思いに耽る。


 そう思いながら、俺は車内の暖かさとバスの揺れに眠気を誘われ、うとうとと眠りにつく。



 目的地に着く頃には、雪が止んでいるようにと祈りながらバスに揺られ――。



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