#27 3ヶ月の月日

「ま、待ってくれ」


 看守が苦しげな声をあげた。


「まだ起きてるのか。早くその押さえてる手を離した方が楽になるぞ」


 男が看守の方を向いて答えた。


「聞いてくれ。逃げようなんて考えないし、捕虜も連れて行ってくれて構わない。だが、どうか彼らを休ませてあげてくれ。3ヶ月近くここにいて、体がボロボロなんだ」


「……善処しよう。名前は?」


「え?」


「君の名前だ」


「リ、竜帆リュウホだ」


「リュウホ、もう楽になれ。安心しろ、それはただの麻酔だ」


 看守は眠ったらしく、男は再びこちらを向いた。


「ついて来るんだ。乗り換えるぞ」


 護送車を降りると、外には3台のマイクロバスと黒い戦闘服の人間が10人ほど立っていて、何人かの警備員が倒れていた。先ほどの話から推測するに眠らされているのだろう。すると捕虜の誰かが彼らに質問をした。


「さっきの看守はあんたらの仲間なのか?」


「いや、違う。君たちを心配してただけの男だ。安心しろ、彼もそうだがここの連中は殺してない。眠らせただけだ。……他に質問は?」


 カトーはゆっくりと手を挙げた。


「君」


「今は何月何日なんだ」


「12月5日だ」




 数時間後、カトーたちはコンテナ船の食堂にいた。ヨーロッパの企業のコンテナ船の現地で雇われた操船要員という偽物の肩書きと、港にいた中国人に賄賂を掴ませ細かい検査を飛ばしたことで今ここにいることができている。人を欺き賄賂を渡したが、賄賂を受け取るような悪人を裏切ったところでなんの罪悪感もない。


 それはそうと黒い戦闘服の彼らには感謝しなければならない。あんな奴らのいるような場所にいては国のために戦うことなんてできないし、こちらまで悪に染まってしまう。国のためにも、まだ戦わなければならない。正義はこちらにある。それにしても3ヶ月もたってしまった。国は大丈夫だろうか。


「─トー君、カトー君?」


 馴染みのある声によってカトーは孤独な思考から引き戻された。顔を上げると同僚で整備士のセドリックがこちらを不思議そうに眺めていた。


「どうしたんだ?」


「どうしたんだ、って言われても。そりゃ、フォーク握りしめたまま昼食を凝視してたら声かけるでしょ。食べないの?美味しいよ?」


「え?」カトーが右手を見ると、確かに先端を上に向けてフォークを握りしめていた。そしてテーブルには、簡素ながらも収容所にいた頃に比べればはるかに豪華でバランスのとれた昼食……。


「君たち、聞いてくれ。この船はマレー半島を目指している。それまでに君たちに捕虜になっている間に起こった出来事を伝えておかなければならない」


 カトーは持ち上げていた皿とフォークを下ろし、声の方を向いた。そこには右の頬骨のあたりに傷のある男が立っていた。男は食堂が静かになったのを確認して言葉を続けた。


「まずは軽く俺について話しておこう。俺はインドネシア陸軍の大尉で、特殊部隊の者だ。そういったことなのでこれ以上は自己紹介出来ないが、何かあったら“ハリモー”と呼んでくれ。インドネシア語で“虎”を意味する。あー、それと質問は後でまとめて受ける。とりあえずは聞いてくれ」


 ハリモーはテーブルにあったコップに手を伸ばし水を一口飲んだ。


「まず、君たちが知っているように、10月4日、フィリピンの首都マニラは陥落した。その後政府はセブに中枢を移し、徹底抗戦を表明した。その後、ルソン島の全都市に無防備都市宣言がなされて、実質ルソン島は中国の手に落ちた。そして、撤退し損ねたりした君たちが捕虜になったわけだ。ここから先は知らないだろう。同月12日、S.A.T.O軍によるルソン島奪還作戦が実行された。結果は惨敗。察知していた中国軍によって揚陸部隊に甚大な被害が出た。南沙諸島を奪還したツケは大きかったらしく海軍戦力はボロボロで、フィリピン海に展開していた2個空母艦隊にしてやられたわけだ。20日、アメリカの空母打撃群2ユニットと中国の2個空母艦隊が衝突。どちらも被害を嫌って下がった。11月2日、セブも陥落。フィリピン政府はこれ以上の抵抗は無意味として降伏した。しかし、一部の軍はS.A.T.Oの他の国に落ち延び継戦の意思を示しているらしい。そして12月5日、ルソン島の収容所から捕虜が運び出されるという情報が入り、救出した。以上が今日までの概要だ。質問はあるかい?」


 話し合えた途端、いたるところで手が上がった。ハリモーは1人ずつ指名し、質問に答えていった。


「助けた捕虜は何人いるんです?」


「ここにいる247名だ。本来20人そこらで運用できるコンテナ船によくこんなに操船要員として入れてくれたものだ。見逃してくれた港の彼らに感謝だ」


「今の他の戦線は?」


「インド軍がカシミール地方全域で中国とパキスタン両方面に対し大規模攻勢を仕掛けた。半月ほどで勢力下に置いたとのことだ。2つの国相手によくやるよ。彼らは」


「S.A.T.O以外の他の国の様子はどうなんですか?」


「詳しくはわからないが、中国はボルネオ島侵攻を断念して、ニューギニア島侵攻とフィリピン及び本土の防衛に注力するらしい。アメリカと日本は高麗と膠着状態にある。えー、それじゃ次は君」


 カトーは立ち上がり質問しようとした。しかし、セドリックが彼の袖を引っ張った。


「どうしたんだ?」と小声で聞くと、「口の周りにソースがついてるよ」と指摘された。急いで口の周りを拭い、再び立ち上がった。


「質問です。なぜ我々を助けたのでしょうか」


 ハリモーはしばらく無言のままカトーを見つめた。そしてこう言った。


「仲間を救うのに理由なんかあるかい。と言いたいところだが、正直なところ、戦意高揚のため、だな。それに、一般兵の中から優秀な人材を引き抜きたいという人がいるもんでね」


「え?」


「質問はここまでにしよう。後で何人かに声をかける。それじゃ、またどこかで会おう」


 ハリモーは足早に食堂を出ていった。

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