#20 南沙諸島海戦、会敵

 9月2日の午後22時30分、私が所属する第1空母艦隊は南沙諸島北部のスビ礁基地から西部にあるファイアリー・クロス礁基地へ移動を開始した。


 シンガポールから東へ450キロのところにあるリアウ諸島の沖合にいたS.A.T.Oの空母“ヴィシャル”を中心としたマレーシア海軍が出撃したとの報告があり、加えてベトナム海軍も出撃したため、その2つの艦隊の針路から、南沙諸島最西端のバンガード堆沖で合流するものだと判断し、それを迎え撃つためだった。


 私は航海中、眼前に広がる海を眺めていた。暗い浅瀬を航海するのは慣れていたが、やはり恐ろしかった。いつ船体を擦るかわからないからだ。


 そんな中、連絡があったと通信士から報告があった。一瞬敵襲かと焦ったがそうではなかった。こんな夜更けに迷惑な、と思っていたがその連絡は司令官からだった。ファイアリー・クロス礁沖での配置についてだった。


 どうやら基本的には基地の防空圏内に留まり、第1空母艦隊の内側に基地防衛艦隊の4隻─フリゲート1隻とコルベット3隻─を組み込むといった形をとるらしく、基地の飛行隊も合わせれば、かなりの防御力と攻撃力を誇るはずだった。


 敵の戦力の詳細については分かっていなかったが、南沙諸島の他の2つの基地から戦力を割かなくても十分であろうという結論がなされていた。


 私は不安に駆られながらも、いつの時代も戦場であった海原を再び眺めた。


 暗い海は、その波は、ただひたすらに、揺りかごの如く我々を揺らし続けていた。


 翌日早朝にはファイアリー・クロス礁の20キロほど沖に展開を完了していた。私が乗っていた“廊坊”は空母艦隊の正面に位置していて、もっとも基地に近く、水上艦でもっとも前線に近い位置にいた。


 そして、戦闘開始の瞬間は通信士の落ち着いた叫びによって訪れた。


「味方の早期警戒機が、敵の飛行編隊を捉えました!」


 艦橋に緊張が走った。今までのような小競り合いではなく、主力空母艦隊同士の衝突……。


「数と距離は?」


「最低でも2個飛行隊24機、距離は南西に200キロ。味方飛行隊と交戦状態に入ります」


「分かった。敵の艦隊を捉えたら教えてくれ」


「分かりました」


 私は艦内放送で叫んだ。


「相手は敵の主力艦隊だ。今までの戦闘とは比にならない飽和攻撃に晒されかねない。対空警戒と対潜警戒を怠るな。一機一隻一発たりとも接近させるなよ。祖国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ。」


 ……あぁ、そんな顔しないでくれよヤン。正直なところこういうことが言ってみたかっただけなんだ。今でこそ戦争をしているが別に日本が嫌いなわけじゃないんでね。ちょっと変えて引用させてもらった。さて、話を戻そう。


 放送を終えた後、副長で砲雷長のチョーがその発言にこう返してきた。


「どうします?Z旗でもあげますか?」


「……いやあげなくていい。なかったことにしてくれ」


「……だそうだ。全員死ぬなよ」


 チョーは放送を切った。私は一瞬何が起きたかわからなかった。そして何が起きたか理解した。


「今の取り消した部分流したな?」


「何か問題が?ほら艦長、敵が来ますよ集中して」


 チョーは悪びれずにいった。私も何か言い返そうとしたが彼に降伏して頰を緩めた。


「いや、何にもない」


 “廊坊”の上を“山東”から発艦した後続の戦闘機が飛び去っていくのを、耳で感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る