大戦アルクトゥルス-旧世紀の終焉-

北風 西野

序章.閃光の雄姿に捧げる花

―第一〇激戦区 プトレマイオス島 敵陣目前―


薄暗く狭い空間に三人の息づかいが、聞こえる。

「何だと!?」

一人目(リューベチ)がモニターに映し出されたメッセージに悪態をつく。

敵陣が目の前だというのに、燃料が足りないと知らせる危険信号がチカチカと光っているからだ。

一〇〇〇キロ爆弾を手に括りつけたアケルナルと呼ばれる複座式のロボットは、それでもなお全速力で鉄条網へ向けて走り続ける。

「リーサ!!上空に敵機発見!!」

二人目(チャーイカ)が、三人目(リーサ)に報告すると直ぐに返事が来た。

「了解。これより迎撃を行う。」

粗末な迎撃システムがモニター上に立ち上がり、仰角砲が上空の敵を捉えた。

「砲撃開始!!」

その返答の後に、リーサの声はしばらく聞こえなくなった。

敵機を撃ち落とす事に必死になっているからだろう。

『帰還セヨ』

駐屯地から暗号文で帰投命令が出る。

「リューベチ、帰還命令が出ました。帰還しなければ無駄死になります!!」

「分かっている…」

額に脂汗を滲ませながら、リューベチはアケルナルの操縦を続ける。

話を聞いていたのか、リーサは苦笑しながらリューベチとチャーイカに告げる。

「この作戦は、成功しても失敗しても死ぬと決まっているのですから、戻らない方がいいでしょうね。戻れば確実に処分されますよ」

燃料ギリギリで何とか鉄条網の前に着くと、リューベチとリーサは静かに席を立つ。

「……何か言ってくれませんか?もう、そろそろ死ぬのに。」

何を言えば良いのだろうか?

何も分からなかった。

ただ、「まだ死にたくない」と言葉が何処からか聞こえた。

こちらを振り返ったリューベチは笑う。

「二人共、それぞれの席に脱出用の落下傘を置いておいたから、それで外に出るといいよ」

「待て、リューベチ、お前は…」

リーサの言葉が終わる前に、微笑んでリューベチはレバーを引いた。

―どうして、こんな時でも笑えるの?

混乱する頭で考え付いたことを口にする。

「ですが…私だけ生き残るなんて卑怯な事をしたくありません!!」

「犬死したいのですか?」

確かにこれは犬死だ。

それでも、この体に、精神に深く刻み込まれた〝軍規〟がどうしても見殺しにはできないと叫んでいる。

チャーイカが『でも、生きる意味なんて…ないのに』と言いかけた時、フッとリューベチが笑う。

「誰かが犠牲になれば、誰かは生き残れる…それが、この大戦の理(ことわり)ですよ」

落下傘を背負ったリーサが、泣き叫ぶチャーイカに落下傘を背負わせて非常脱出口へ向かう。

リューベチがチャーイカに拳銃を投げ渡して微笑む。

「…後は、任せろ」

リーサが、涙を流すのをこらえてリューベチへ告げる。

「嗚呼…」

名残惜しそうに呟くと、リューベチは未来へ進む二人の名前を呼んだ。

「彩葉、ラカイユ…ありがとう。楽しかったよ」

コンピュータが無機質な声で爆発までのカウントダウンを数える。

〈十…九…八…七…六…〉

残り五秒。

何とか脱出口から飛び降り、落下傘を開く。

〈…二…一…〉

リューベチは脱出することなく、機体ごと眩しい閃光に包まれた。

その姿を呆然と見つめながら、己の無力さに唇を強く噛みしめる。

閃光の消えた先に見えたのは、破壊された鉄条網とただの鉄屑を越えて突き進む味方のロボットたち。

その光景の全体像を見て、思わず息を呑む。

戦場には不釣り合いなほど美しく咲き誇る竜胆(りんどう)の花が暁に染まりゆく遥か彼方までも続いていた。花は敵陣や自陣の方にも広がって、戦場が竜胆色で彩られていた。

その光景は、天と地が曖昧だったという神代の時代のようで、戦争とは何と愚かな行いなのだろうと思った。

「花言葉は…」

―誠実

この時代の生き方を、素直に受け入れた成れの果てである鉄屑を見て彩葉はまばたきを一つした。

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