第49話 エピローグ

 そうして、シャーロットは修道院へ旅立った。

 元々、継母との折り合いも悪かったシャーロットは、トラウマによって支配していた父親からも追い払われるようにして、予定より早く家を出ることになったらしい。

 そのため、修道院側の準備が整わず、数日ほど大聖堂で修道女達に見張られて生活していたとか。


 そんなことを聞くと、なんとも気の毒な気がする。

 彼女は、家族に邪険にされ続けたせいで、人を簡単に苦しめる選択ができるような人になってしまったのかもしれない、と感じてしまって。


 でもこうなってしまった以上、常に誰かを操ってきた彼女は、何かにつまずいたり恨んだりするたびに同じことをしてしまう可能性が高い。

 それ以上に、なんとか修道院を抜け出し、もう一度セリアンに報復することも考えられる。

 だから彼女には、遠くで静かな生活を送ってほしいものだと思う。


「本当は忘れてほしいけど、修道院送りの原因になってしまったのだから無理よね……」


 しかも厳格な修道院で、一生監視され続ける生活だ。うちの姉が駆け込んだ修道院みたいな、牧歌的な生活とはいかないでしょうし。


「だからといって、こちらが覚えている必要はないよ。彼女はそれ相応のことをしたんだ。むやみに人を傷つけ続けたんだから、修道院生活で済んだだけマシだと思うよ」


 隣で大聖堂の裏口から出発していった簡素な馬車を見送っていたセリアンがそう言う。

 私達もまた、馬車の中にいた。

 セリアンに『きちんと見送った方が、安心できるんじゃないかな』と誘われて、シャーロットが旅立つのを見送っていたのだ。


「なんにせよ決着がついてよかった。そして君が無事でよかったよ」


 ほっとセリアンが息をつく。

 シャーロットの祝福を暴いたら、逆上したシャーロットに何をされるかわからない、とセリアンは心配していたのだ。

 祝福をかけてもらうためには、彼女に接近しなければならないのだから。


「彼女は祝福を持っている以外、普通のご令嬢と変わらない人だったもの。取っ組み合いになったって、たぶん鍬やスコップを日々使っていた私の方が、腕力では勝てたと思うのよ」


 なにせ普通の令嬢は、農作業のまねごとなんてしないもの。


「君の方が腕力があるのは認めるけれど、追い詰められた人間って、何をするかわからないからね。でも、あれから体調は問題ないのかい?」

「大丈夫。ああいった使い方さえしなければ、疲れたりしないから」


 シャーロットに祝福を使用した後でへたってしまったのは、いつもと違う使い方をしたからだ。

 触れて、ものすごく集中して聞き取ろうとすると、相手の考えていることが頭の中に思い浮かぶのだ。代わりに貧血を起こしたようにめまいがして、しばらく立ち上がれない。


「でも君が、祝福持ちだとは知らなかった」

「あはは……。私も、もっと違う祝福を持っているものだと」


 祝福をこういう使い方ができるのでは、と教えてくれたのはもちろんヤン司祭だ。

 私の物から記憶を読み取った際に、別の使い方ができるはずだということを知ったのだとか。

 どうやら私が覚えてもいない幼児の頃、私は自分に触れた大人の心を読み取ろうとしては、気絶するように眠っていたらしく。それに気づいた今は亡き母が、必死にそれをしてはいけないと教えたらしい。


 その後も心の奥底で「やっちゃダメなやつ」とその行動が記憶されていたので、試そうとも思わなかったのだろうと、ヤン司祭は言っていた。

 だから勝手に聞こえる『他人が強い感情とともに漏らす気持ち』……情熱やらが溢れすぎてポエムになってしまっていたものだけを受信しては、それを私は『自分の祝福の力はこれだ』と思い込んでいたようだ。


 まぁ、この祝福のおかげでシャーロットの思惑は形にならずに終わったのだけど。代わりに人の心を読めてしまう力を、その場にいた人……猊下が目に止めてしまった。

 猊下は私に言った。「教会のためにその力を貸してもらうことはできるかな?」と。


「正しいことを成すためとあれば、列聖など必要なく、お手伝いいたします」


 私は言外に「正しくないことならば手を貸しませんよ」とくぎをさした。

 教会が清らかなだけの存在ではないと知っているからだ。妙なごたごたに巻き込まれたり、利用されてはかなわない。聖女なんてものにされては、もっと面倒なことになりそうだし。

 セリアンにはいい判断だとほめられた。


「違う祝福って?」


 そのセリアンに尋ねられて、私は返答に窮する。

 ……心のポエムが聞こえるとか、口にするのは嫌なのですが。


「えっとまぁ、シャーロットに使った祝福よりちょっと弱い版かしら? 触れなくても、強く考えていることが聞こえてくるのだけど」

「ということは……僕の気持ちも、君には聞こえていたのかい?」

「いいえ?」


 セリアンの気持ちって、一度も聞こえたことがないし。


「全く?」


 私はうなずく。

 するとセリアンは考え込むような顔をして、それから微笑んだ。


「そうか。それなら一生、僕の心の声は聞こえない方がいいかな」

「どうして? ……あ」


 まさか。私に同情して結婚しようとしてくれているから? 他の人に気持ちが向いた時に、私に知られたくないって思ってのことでは。

 ちょっと胸が痛む。

 最近ずっと接触が多かったり、耳に口づけとか、可愛いとほめたのも、あれは婚約者としての心遣いというかそういうものだったのかも……。


「またリヴィアは変なことを考えていそうだけど」


 セリアンはそう言って私の肩を引き寄せて、抱きしめてくる。

 ちょっ。同情で結婚するくせに、どうしてこうセリアンは接触が多いの!?

 わけがわからないと思っていたら、とんでもないことを言われた。


「本来なら祝福が効くはずの相手に効果がない場合ってね、相手のことを強く想っている場合が多いそうだよ」

「……え?」


 強く想ってる?

 目を丸くする私に、さらにセリアンは言った。


「君に想われているならとても嬉しいな。好きだよ、リヴィア」

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