第41話 セリアンとの話し合い

 セリアンはやや厳しい表情をしていた。

 また怒られるのかしら。やっぱりパーティーの時のことは何かの間違いだった?

 そう思うと近づけないでいたのだけど。


 セリアンが無言で手招きしていた。

 何か言っているけれど、遠すぎて声が聞こえない。……だから近づけというのかも?

 私は仕方なく庭に降りて、セリアンに向かって歩いて行った。


 自分から怒られに行くとか、気が重くて仕方ない。

 でも私は悪いことはしていない。私に説明のために会いにも来ないし、サロンでは避けるし、なのに花だけ送ってくるセリアンが悪いのだ。

 考えてみると、私って怒っていいんじゃないの? という気がしたので、むっとした表情をしてみせた。

 迫力なんて皆無だろうけれど、私が不愉快だと思っているのは伝わるはず。


 私を見たセリアンの方は無表情のままだった。

 やっぱりセリアンがトラウマになってしまったのは、私の顔なのかしらと思ったのだけど、近くに来た私の手を掴んだセリアンは、庭の木立の奥へと連れて行く。


「ちょっ、セリアン!?」


 急に引っ張られてたたらをふんだけれど、なんとかこらえてついて行く。


「あそこでは人に見られる可能性があるんだ」

「理由はわかったけど、それなら何か言って?」

「急いで隠れた方が良かったんだ」


 固い声で告げたセリアンが私の手を離してくれたのは、建物から木立と生い茂る枝葉で隠れる場所まで来た時だった。

 立ち止まったセリアンは、唐突に口にした。


「リヴィア……君を怒らせるようなことをして申し訳なかった」


 謝罪からはじまったことに戸惑った。でも私は怒っていたのだから謝ってくれて本望だ。なので「え、ええ」とうなずきかけたが。


「突然、あんなことして」


 ……ん? あんなことってまさか。


「強引に、女性に触れるものではないとわかっていたんだ。けど……君を不安にさせたまま、僕が君を嫌っていないことを知らせる方法として、あれが一番いいと」


 触れる、触れるってやっぱり。


「でも手を握ったぐらいで、信じられるかい? 誰だってがまんしたら、手を握るぐらいはできる。嫌悪感があってもね。君も、嫌な相手でも握手は可能だろう?」

「握手はたしかに我慢したら大嫌いな人とでもできるけど。セリアン、私が怒っているのはちが……」

「本当は、なぜあのパーティーに来たのかと問いただしたかった。どうしてもあの段階では、君が僕に突き放されたと感じてくれていなければならなかったから」


 セリアンが苦悩するようにそっと息をつく。


「あのパーティーの後だって、いつシャーロットと顔を合わせるのかは、僕にも全て予想できなかった。でもシャーロットは君に、絶望的な表情をしていることを期待しているんだ。だからその期待通りの表情を君がしなくては、油断させられない。それに君への攻撃も、ずっと過激なものになりかねない」


 セリアンのあの言葉の意味は、どうやら私の予想と同じだったようだ。

 シャーロットの前で、私が平然としていたら……。せっかくセリアンを引き離したのに、とシャーロットは悔しさに歯噛みして、他の手を打とうとしただろう。

 セリアンは、自分のトラウマが増やされることだけじゃなく、私になにかするのではないかと恐れていたみたい。


「でも……君が僕から離れてしまっては、意味がない」

「ということは、婚約を続ける気はあったのね?」


 思わず尋ねてしまった私は、セリアンが目を閉じて悲しそうにうつむいたので、ちょっと焦る。怒られるのなら反発してしまうけれど、落ち込まれる方がどうしようと慌てるものだ。


「君と結婚をするためだったんだ。ごめん」


 セリアンの言葉に、すうっと、今までのもやもやとした気持ちが晴れるような気がした。

 彼が、私が一番怒っている事が何なのかを勘違いしているのはわかっているけれど、最終的に、そのことについても謝罪されたようなものだ。


 それに、結婚をするためだったと言ってくれた。

 セリアンがちゃんと結婚を望んで、私に嫌われてでもそのために行動していたことがわかったから、ほっとした。

 だから私は、表情をゆるめて尋ねることができた。


「隠れるってシャーロット嬢の目から?」

「それだけじゃないよ。彼女の信奉者の目も避ける必要があった。ヤン司祭に聞いたと思うけど、シャーロット・オーリックは、意図的に心の傷を作り出している。そして消すことはできないが、彼女は自分が作り出した記憶を少し薄れさせることが可能なんだ」


「それは……。心を癒す聖女だって、信じてしまいそう」

「だが真実を知らせても、信じない人は多いよ」

「セリアンは最初からそれを知っていたの?」


 それとも、シャーロットの祝福の餌食になってから、おかしいということに気づいたの?

 彼は少し困ったような表情をした。


「最初からではないよ。ただ大聖堂に呼ばれたのだから、彼女に会うことになるとは思っていたんだ。だからいつもとおかしなことがあれば正してくれと、家族や信頼のできる使用人に頼んでいたから、すぐにわかったんだ」

「そう……そうなの」


 では、シャーロットと会って祝福の影響を受けた直後に会ったから、私はあんなに冷たい目で見られただけで。会わなければセリアンのそんな表情を見ることもなかったのかしら。

 でもサロンでも顔を合わせないとなれば、私のことだから、不審に思って家に訪ねて行ったりしただろう。その時に避けられたら……やっぱり今までのように、セリアンがおかしくなった原因を調べようとしたかも。


「でも、急に説明してくれる気になったのはどうして? ヤン司祭から私のことを聞いたから?」

「ヤン司祭がいたことで、君への説明が早まったことは確かだよ。シャーロットに気づかれずに会って、その後に君がほっとした表情でいるところを、彼女や彼女につながる人間が見かけないとも限らないから。なんにしろ……ようやく状況が整った」

「状況が?」


 セリアンはそこでようやく笑みを見せてくれる。


「彼女を追い込むことができる状況が、整ったんだ」

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