第8話 とりあえずは遠ざかるしかないので

 四阿では目立つので、そこからもさらに離れた庭の端へ移動した。

 椅子もない場所だけど、花壇を囲んでいる岩がちょうど座るのに都合がいい。

 紳士なセリアンは、ドレスが汚れては困るだろうと、自分のスカーフを敷いてくれたりもした。


「気にしないのに……」


 かぎざきさえ作らなければ、次のパーティーシーズンまで眠らせておく予定のドレスだ。じっくり洗う時間もあるので気遣わなくてもと思ったが、セリアンは笑顔で首を横に振った。


「気遣える時にしておかないと、忘れそうでね。なにせ聖職者の間は、そんなことをする必要がなかったから」


 それもそうだ。聖職者が夜会に出るのは時にあることとしても、女性と二人きりで語りあうために庭に出ることはそうそうないだろう。

 お言葉に甘えて、私はドレスを汚さないように座る。

 そしてすぐに今日のことについて切り出した。


「あのセリアン。実はうちのお父様が……」

「君に了解をとらずに、婚約の打診をしたのかな? マルグレット伯爵に」

「……どうしてわかったの?」


 尋ねれば、セリアンは苦笑いする。


「君、ものすごく嫌そうな顔をしていたから」


 私は思わず自分の頬に触れる。あからさまな表情をしていただろうか。だとしたら、マルグレット伯爵にもそれがバレていたかもしれない。

 だから他の男に媚を売るなと言ったのかしら? と想像したけど、違ったようだ。


「他の人はわからなかったかもしれないね。僕は、君が畑仕事の時に実に嬉しそうにしているのを見て知っているから、違いがわかっただけだと思うよ」

「それならよかった……」


 ほっと息をつく。


「お父様が勝手にお約束してしまったとはいえ、私が嫌そうな顔をしていたのがわかったら、さすがに問題があるもの。いずれは破談にしたいけど……」


 できるなら穏便に破談にしたい。


「手伝おうか?」


 セリアンはそう言ってくれるけれど、私は首を横に振るしかない。


「しばらくはあなたに近づくのも難しいわ。例の、私の婚約を破談にさせたりした方……シャーロット嬢が、あなたのことをものすごくうっとりした目で見ていたもの」

「シャーロット嬢が? なんでだろう」


 首をかしげるセリアンに、私は苦笑いする。


「ディオアール侯爵家と婚姻を結ぶことは、どの家でも望むと思うわ。それにあなた、自分でどう思っているかわからないけれど、容姿はすこぶるいいもの」


 むしろ家名が高くなくても、セリアンほどの美丈夫なら、婿に欲しいという貴族令嬢は沢山いるだろう。


「そうか……。うちは意外ときな臭い家だから、避けられるとばかり……」

「王家の番人だから? 昔はいざしらず、今は暗殺とかそんな話も聞かない状況だもの。むしろ王家とつながりが強い家だから、嫁ぎたい人でいっぱいだと思うわ。むしろセリアンの家の事情で取捨選別するしかないのではないの?」


 親の世代は暗殺の話を気にするかもしれないけど、恋に盲目になって押し切る令嬢は沢山いるはず。


「なるほどね。だとしても、そのシャーロット嬢は勘弁してほしいな。さすがに僕も、友人が迷惑をこうむった相手と結婚して上手くやっていける気がしないよ」


 肩をすくめるセリアンに、思わず笑ってしまう。


「なんにせよ、シャーロット嬢があなたをあきらめるまでは、私、近づけないわ。今度は何をされるかわからないから、離れていたいのよね」


 シャーロット嬢と関わると、マルグレット伯爵との婚約を破談にさせようとしている時に、妙な行動をされたあげくに破談が不可能になるとか、とんでもないことになりそうで怖い。


「じゃあ、君と結婚をするには、シャーロット嬢に離れてもらうしかないのか……」


 セリアンの言葉に、私は少しどきっとする。

 彼はまだ、私と結婚してくれるつもりなんだと思うと、嬉しいような、申し訳ないような気持ちが湧いたのだ。


 思えばフェリックスにも、こんな風に結婚を望んでもらえたことはない。

 ただ親同士の合意に逆らう理由もないまま、なんとなく結婚するんだと思って顔を合わせて会話をしていただけで。


 まぁ、そこまで重く考える必要もないか、と私は肩の力を抜く。

 セリアンは友達だからこその気安さで、結婚を依頼しているだけ。私のことを情熱的なまでに想ってくれているわけじゃない。


「理由はわかったよ、リヴィア」


 とりあえずセリアンは、私の話を飲み込んでくれたようだ。


「ありがたいお話をもらっておきながら、私の事情で面倒なことに巻き込んでごめんなさい、セリアン」

「君のせいというわけではないだろう? 僕に興味を持ったのは、少なくとも君には関係のないことのはずだ」


 それより、とセリアンは表情を曇らせる。


「マルグレット伯爵は、少々強引な手を使う人だと聞いている。君一人で、婚約を断ることができるのかい? お父上も賛同してしまっているんだろう?」

「不安だけど、全く手がないわけではないわ。シャーロットのおかげで評判もだいぶ落ちているし、最終的にどうにもできなくなったら、淑女らしくないことでもして伯爵に嫌われることにするから、大丈夫」


 さすがのマルグレット伯爵だって、評判が悪すぎる娘と結婚したいとは思わないだろう。しかもお父様は遺産狙いで結婚を持ち掛けたのだ。それを察した親族にも、私との婚約の話は、嫌がられるに違いないし。


 セリアンはまだ不安そうな目を向けてきていたけれど、私は笑顔で平気だと示す。

 そして心の中で決意した。

 嫌われる方法を考えなくちゃ、と。

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