第4話 結婚は悩みの種が沢山

「…………」


 私は考え込んでしまう。

 頭の中には「渡りに船」という言葉が浮かんでいる。


 まずお父様は反対すまい。セリアンとの結婚なら、望むべくもない縁だ。絶対ものにしろとか言い出す。

 でも自分とセリアンが結婚するには、家に格差がありすぎる。そこが不安で仕方ない。


 衣服だって質に差があるのよ。

 嫁入り前からセリアンの家に出入りするたびに落差を感じるだろうし、みじめな気持ちにもなる。

 一番重要なのが、セリアンのご両親が息子の結婚相手として私を受け入れてくれたとしても、親族が「ろくな土地もない子爵家の娘なんて、遺産狙いじゃないの?」と背後でねちねちいじめるかもしれないこと。


 そうしたら、他のつながりがある貴族は皆、私を避けるようになる。

 孤立した状態では、貴族に必要な社交なんてできない。友人たちだって、距離を置く人も出るだろうし、心配してくれてもセリアンの家に睨まれたくなくて助けられない。


 まず間違いなく私、病むだろうなぁ……。

 そんな未来が見える。


 苦労するかもしれないってわかっているのに飛び込むなら、「私、あなたがいないと生きていけないの!」というポエムが心に浮かぶくらいの情熱がほしいところよね。

 気持ちまで伴わない状態だと、地位に差がある相手との結婚なんて踏み切れない。


 それに、セリアンともぎくしゃくするでしょうし。友達として仲良くやっていたのに、失うことになるのはちょっと……。

 冷静に考えてしまうと、なおさらためらいが上回ってしまった私。


「……ちょっと考えさせてほしいの」


 結局、そう言ってしまっていた。

 セリアンはあまり残念そうな顔も見せず、


「君と一緒なら、庭に畑を作っても怒らないだろうから、期待してる」


 あっさりと話を終わらせてくれた。

 私はほっとする。


 先送りにしただけだけど、もし断るとしても、こういう段階を一度踏んでいた方が、セリアンも「ああやっぱり」と納得しやすいだろう。

 それに自分でも、少しゆっくり考えたかった。

 セリアンの話を受ける勇気が、私にあるのかどうか。何か対策を考え付くかどうかを。

 

 ……なんて、悠長なことを考えているのは自分だけだった、と知るのは翌日の夜のことだった。


 私はとある伯爵家のパーティーに出席していた。

 父親がお世話になったことがある伯爵の開催したものだ。今までにもこの伯爵家のパーティーには何度も参加したことがある。


 今日はダンスパーティーが主だとかで、別室で晩餐を食べた後は、別の広間へ案内されていた。

 ゆったりと流れる音楽。

 時に歌人が英雄譚や恋物語を朗々と歌い上げる中、ゆったりと踊る人々と、それを眺めつつ談笑する人々に分かれる。


 話題はなにげない貴族の間での噂話や、人によっては領地間の交渉。

 そして見合いに関する話だ。


「お父様はどこへ行ったのかしら……」


 今日も、私をエスコートしたのは父だ。いつもはそのまま私を連れ歩いて、どうにか相手の貴族の子息や親族に紹介しようとするのだけど、珍しくどこへ行ったのかわからない。

 なので、自然と知り合いと話をすることになるんだけど。


 視線がとある一点に、ちらちらと向いてしまう。

 そこには昨日会ったばかりのセリアンが、人と談笑していた。今日はセリアンも同じパーティーに招待されていたようだ。


 還俗したというセリアンは、貴族らしい装いの『ディオアール侯爵家の子息』としてパーティーに参加している。

 そんなセリアンの周囲にはかなりの人が集まっていた。

 ほとんどが貴婦人や男性貴族で、貴族の子息としての立場に戻った理由が気になったり、三男でも侯爵家とつながりができるならと、娘達の結婚相手にしようともくろむ貴族がほとんどだ。


 人気すぎて大変そう、なんて他人事のように考えていた私に、パーティーに参加していた友人のエリスがささやく。


「あの方、ディオアール侯爵家のご子息なんですってね。一番上のご子息とそっくり」


 エリスの言葉に私は笑う。兄弟なのだから似ていて当然だ。


「それにしても素敵ね……。花婿候補にって人が集まるのも当然ね」

「そうね」


 なにげなく返事をした私だったけど、ふっと見知った顔を見つけてしまった。

 ――シャーロット。

 初々しい薄紅色のドレスを着たシャーロットは、夢見るようなまなざしをセリアンに向けていた。


「…………まさか」


 思わず言葉が口から滑り落ちる。

 まさか彼女は、セリアンにご執心なの!?


 つい先日は、フェリックスに庇われていた彼女だったけど、別にシャーロット自身はフェリックスに恋していたわけではなかった。あの時は、フェリックスだけがシャーロットに恋心を抱いていただけなのだ。

 心の中で、ポエムを思い浮かべるほどに。


 だとすると、今のフェリックスはシャーロットに見事ふられたという状態なのだろうか?

 エリスもシャーロットに気づいたようだ。


「あの方……今度はセリアン様に近づく気なのかしらね。他にもずいぶんといろんな男性に、すり寄っていたみたいだけど」

「そうなの?」


 首をかしげると、エリスが呆れた表情になる。


「あれだけ迷惑かけられたのに、悠長ね。リヴィアとの縁談から逃げた人の半数は、シャーロットがお近づきになって、誘惑したとしか思えない状態だったのよ? おかげでシャーロットは、一部の貴族の奥様方にはとても嫌がられてしまったようだけど」


 シャーロットは私が気づかないところで、色々と活動していたらしい。


「なんか変な言いがかりばかりつけられていたせいか、そっちの印象が強くって、気づかなかった……」


 横っ飛びの変な人、と私の中で彼女のイメージが固まっていたせいだろう。


「それにしても、なぜ私、彼女にこんなにも嫌がらせをされるのかしら」


 婚約を潰して回られるほどのことをした覚えがないのだ。


「親の仇でもないし」

「その辺りはわからないわね。でも、初対面でなんとなく嫌っていう感覚だけで、文句をつけてくるような人だっているんだもの。彼女もそのたぐいじゃないのかしら?」

「だとしたら、本当に避けるしかないわよね」

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