第23話 舞踏会の夜に 2

 会場に入る。空気の温かさはよくわからないのだけど、ふわっと湿度の高さを感じた。

 そしてざわめく空気。お酒の匂い。

 うん、お酒はいいわよねー。思わず鼻歌歌っちゃいそう。


「マーヤ、大丈夫か?」


 あ、無意識にふんふん言ってたみたい。


「大丈夫よ。ちゃんと足は動くから」

「そういうことじゃなくてだな……」

「さあ私に任せて」


 踊っている人の輪の中に入る。

 服装は、他の女性達よりレースの量が多いみたいだけれど、変じゃないみたいで良かった。私は崖から落ちた日の、舞踏会の衣装のままなの姿なの。国も時期も違えば少しドレスの型が違うのは当然だけど、みすぼらしい格好ではなくて良かったわ。


 あの時は楽しくもない舞踏会の後であんな目にあって、とんでもない一日だったと思ったものだけど。でもおかげで、一緒に踊るラフィオンに恥をかかせなくて済むもの。


 音楽は少し私が知っている流行のものとは違うけれど、拍子が同じで、周囲もそう踊っているのだから、円舞曲のステップで大丈夫よね。

 

 私はラフィオンに手を伸ばす。

 ラフィオンの肩に触れ、あら、こんなに大きくなっていたのねと改めて思う。

 戸惑っていた様子のラフィオンも、覚悟を決めた表情になって、私の右手を握ってきた。


 ……どうしてかしら。温かい。

 さっきも思ったのだけど、なぜかラフィオンの手だけはぬくもりを感じるの。召喚主だから?


 そして二人で足を踏み出す。

 ラフィオンはよく練習をしてきている人らしい、きちんとした動きだった。

 何より足を踏む警戒をしなくていいのが素晴らしい。

 でも実践で初対面の人と踊ったことはなかったのね。上手いかどうか気にしていたみたい。


「変じゃないか、俺……」

「楽しいわ。足を踏ませようとする罠も仕掛けられないし」

「足を踏ませるってどういうことだ?」

「ものすごく変な人がいたのよ。足を踏んでくれと言って、ダンスの時に間違えて踏むように仕向けてくるの……」

「何だその変態は」


 変態は、ルーリス王国の王子です。ああ、私の話を信じて変態だと言ってもらえて、なんだかすっきしりたわ。

 でも、言い忘れてしまったわと思い、私は続けて言った。


「あのね、そういうこと抜きにしても、ラフィオンはとても上手よ」


 よく出来ましたと微笑むと、ラフィオンがふいっと視線を横にそらした。あら、褒められるのは恥ずかしかったかしら? ちょっと顔が赤いみたい。

 こう言う所は、まだ幼い時のままねラフィオン。

 そうだ、今のうちに話せることは話さなくちゃ。


「あのね、お願いがあるのよラフィオン。踊りながら端っこに行って、そのまま静かに話せる場所へ行ってもかまわない?」

「え! あ……うん」


 今日のラフィオンは目を丸くしてばかりね。私変なことを言ったかしら?

 でもゴーレムとか精霊とか、人に話を聞かれるのは困るものね。

 私はちょっとずつラフィオンを誘導して、会場を横切って行く。だってベランダの近くにはまだサリエル王子がいて、そこから外には出られそうにないのだもの。


 音楽の終了時には、みんな立ち止まって拍手をして、休憩する人と輪に加わる人とが入れ替わって行く。

 その波に紛れて、私はラフィオンと会場から出た。


 そこから先は、ラフィオンが手を引いて連れて行ってくれる。

 でも途中でふと困ったように立ち止まった。


「あの……な。人に話を聞かれない場所って、俺の部屋しか思いつかないんだが……。外はほら、寒いからな……大丈夫か?」

「気にしないわ」


 生きていた頃だったら、評判とかが気になったでしょうけれど。今の私は精霊だもの。噂をされて困るような身じゃないから。

 それに手紙の送り先を知らせるという、重要な問題を解決しなくては。


 答えを聞いたラフィオンは、強くうなずいてまた私を先導してくれる。

 私はラフィオンに連れられて、サリエル王子の小宮殿にある、ラフィオンの部屋に入った。


 ラフィオンの部屋は、あまり広くはなかったけれど、十分に物が揃っていた。

 長櫃が適当に隅に並べられていたり、その上に革鎧なんかが放置されているのは、男の子らしい。

 ラフィオンは私がじっと見ているのに気づいて、なぜかすごく慌てていたけれど。


「そ、そっちは見ないでくれ! 後で片付けようと思っててだな……」

「気にしないわ。男の人って雑だと聞いたことがあるから」

「そ……そうか?」


 大丈夫だと伝えたのに、ラフィオンはまだ恥ずかしいようで、話を変えようとした。


「そ、それで頼みっていうのは?」

「手紙を出してほしいの。今はまだ、外国で生きている私に」

「生きている? 君は精霊じゃないのか?」


 ラフィオンは私の言葉に困惑したようだ。それも当然よね。精霊が、今は人間としても生きているとか言い出したのだもの。

 今こうして話せるのだから、ラフィオンには説明しないとね。


「実は私、今から五年後の世界から来たの。五年後に死ぬから、今の『マーヤ』はルーリス王国で生きてるの。今頃は11歳くらいかしら?」

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