第20話 依頼達成の報告



 夜が明け、二人は居心地の悪い村から早々に立ち去る事にした。疲れはそれなりに残り、メルの魔力の回復も充分とは言えないが、骨の鳥を生成するぐらいは出来る。

 村人に礼を言って、二人と一体は鳥に乗って飛び立った。

 ついでに上空から森の様子を眺めると、予想通り森の三分の一が消失して代わりに深い大穴が空いていた。昨日の破壊がどれほど凄かったか今更ながらに思い起こさせる。


「僕達よく生きて帰ってこれましたね」


「そうじゃの。魔科学は制御を誤ると大体こうなる。儂も昔何度か似たような目に遭ったわい」


 魔科学とは聞き慣れない言葉だ。

 エイリークの話では四百年前には当たり前のようにあった技術だそうだ。あの遺跡の下の施設にあった照明や冷蔵機器以外にも離れた相手と会話出来る機械や演算装置など、多岐に渡って人間の生活を支えていたらしい。

 文献である程度昔の事を知っていたメルは驚かなかったが、何も知らないレーベは彼の話をドラゴン退治の冒険譚並みに興奮しながら聞いていた。


「儂等にとっては当たり前なんじゃがの。寧ろ儂は神の下僕でもないのに魔法を使える魔導師とかいうのの方に驚いたぞ」


「私にとっては普通なんだけどね。一般には私達の魔法は神魔法に対抗して生まれたって話だけど、参考にしたのはあの魔人の呪法でしょう。捕らえた魔人を研究して人が扱えるように手を加えたのよ」


「相変わらず人間は怖いのう。まあ、そうでなければ魔神を倒し、軍勢を撃退出来んかった」


 敵の武器を解析して対抗手段を講じたり似たような物を作るのは戦いの基本だが、エイリークにとっては長年戦い続けてきた怨敵の業に頼るのはどうにも抵抗感がある。まあ、その恩恵で今こうしてレーベ達と話せるのだから、心中複雑と言ったところか。

 マイスの街に戻る間、二人と一体は色々な事を話した。大体はエイリークの事が多い。それもなぜあの施設に死ぬまで居続けたかが、一番気になった。


「あのベリオールは儂が仲間と共に捕まえたんじゃが、その時に奴は仲間を一人殺しておる。英雄達が魔神を倒して世を平和にした後、また奴等が戻って来た時の為に殺さず研究用として残しておいたが、もしかしたら枷を外して自由になるかも知れんと思うと気になって眠れんのだ。だから怨みもあったから、あそこの警備兵として死ぬまで監視してたんじゃよ」


 つまり私怨と義務感がそうさせた。分かりやすい理由ではあるが、レーベには少し寂しいような気がした。だから、彼はエイリークに問いかける。


「エイリークさんはこれからどうします?」


「もう奴も死んだからの。思い残す事も無いから、お前さん達がどこか静かな所に墓でも立ててくれんかの?礼に儂の剣をやる。坊主は剣を失くしたからその代わりじゃ」


「――――あっ。うわっ、しまった!勝手に持ってきて失くしたなんて知ったら、父上や爺様に怒られる」


「何言っとるか。剣なんというのは所詮消耗品だぞ。強敵と戦って使い手が生きているならそれで万々歳よ」


 今更ながらミスリルの剣を魔人に刺したまま忘れていたレーベは頭を抱える。が、もうどうにもならないのは分かっていたので、暫くしてから忘れる事にした。

 そして、このまま天に還る事を選択したエイリークに、もう少し待ってほしいとお願いする。


「エイリークさん、僕の剣の師になってもらえませんか?基本は実家で習ったんですが、それだけじゃ足りないと思うんです」


「坊主のか?うーむ、どうせ後は成仏するだけじゃし、付き合ってやっても良いが、お嬢ちゃんはどうじゃ?」


「私?そうね、私は坊やに剣を教えられないし、霊魂を竜牙兵に定着させ続ける魔力もそこまで負担にならないから、良いわよ。ついでに当時の事や魔科学の事を教えてくれるなら、もっとありがたいわね」


 師弟共に自身の残留を望んだために、エイリークはしばし自らが護った世界がどうなったのかを見て、聞いて、直接楽しむ事にした。



 話しながら街に戻った二人と一体。街の住民は剣を持った骸骨が歩くのに驚いて一行に道を譲る。この姿は目立つと思ったメルは、早々に何か手を講じる必要に迫られた。

 多少急ぎ足でギルドに行くと、レーベ達の顔を見た受付嬢が駆け寄って、二人が生きていた事を喜んだ。


「本当によかったです。もしメルさんが帰ってこなかったら、うちの支部じゃ手に負えないからどうしようかって、皆で胃を痛めてたんですよ。とにかくお帰りなさい」


 個人を心配したのではなく、帰ってこなかった時の対応をどうするかでギルド内は揉めていたのか。やはりギルド内においても冒険者の価値はある意味で軽い、そして替えの利かない重さがあった。

 受付嬢は二人に仕事の報告を求めたが、ここで話す事は不都合な事が多いと言って、ギルド長か監督官を呼ばせた。

 レーベだけならそんな事は通らないが、メルのような第二級冒険者の言葉の重みは効果があり、二階の別室を宛がわれた。


 しばらくしてローゼン監督官が部屋に入って来る。後ろに控えていた竜牙兵を一瞥したが、特に気にせず二人に礼を言った。彼も帰って来るのか心配していたのだ。

 それから主にメルがローゼンに今回の事の顛末を語り始める。最初の下級冒険者の死亡は予想された事もあって軽く流された。次に派遣した不良冒険者達が遺跡の封印を解いてしまい、捕らえられていた魔人を復活させてしまった事には、目を見開き冷静沈着さを投げ捨てて驚いた。


「あの魔神戦争の生き残りがいたのか。しかもそれをあの落伍者共が目覚めさせた。―――それで、その魔人は?」


「外に出られなかったから、私達で倒したわよ。後ろに居るエイリークにも手伝ってもらったわ。彼、当時の騎士で、魔人の監視役として死んでも遺跡に残ってたの」


「今はこんななりだが、元人間の騎士じゃ」


 ローゼンは歯を鳴らしてケタケタ笑う骸骨に面食らったが、メルが死霊術の使い手と知っていたので、比較的落ち着いて事実を受け入れた。魔人が倒れたのは朗報だが、それとは別に昨日の夜に遺跡のあった場所から登る光についても説明を求め、戦いの際に施設の暴走によって引き起こされたと知って、落胆しつつも納得した。

 彼も出来れば生きた昔の施設が手に入っていればと思ったのだろう。それでレーベ達を叱責しないのは、それだけ現場に理解がある証拠でもある。それがメルには意外だった。


「ギルドの重役でも元冒険者の心は忘れてないという事かしら、元第三級の冒険者さん?」


「そんなものじゃない。王国の野心家が過ぎた道具に熱を入れないで済んだと安心しただけだ。我々ギルドの人間にゴロツキをどうこうする権利は無い」


 ローゼンはわざわざゴロツキと言って冒険者を貶める。その顔は実に複雑な感情が渦巻いていた。

 脇道に逸れたが話は元に戻り、施設で何か手に入れたのか、分かった事はあるのか聴取は続いたが、何も持って帰れず、唯一の収穫は魔人を倒せた事とエイリークだけと分かり、ローゼンは依頼の報酬をどうすべきか迷った。


「普通ならただ冒険者達の安否の調査だろうが、魔人を倒したとなると前例がない。おまけに森を半分近く吹き飛ばしとなれば責任問題も出てくる。犠牲者が冒険者だけだからまだマシだが、どうしたものか」


「そうねえ、ギルドの認識証にも魔人の項目なんて無いし。経験点もつけようが無いわよね」


「―――やむを得ん。ありのままの報告書を出してギルド長に指示を仰ぐ。君達はギルドの要請を受けて職務を全うしたと書いておく。報酬は多くは期待出来んが、処罰は絶対にさせないように可能な限り力を尽くす。二人ともご苦労だった。それと後ろのエイリーク殿はこれからどうなさるおつもりか?」


「しばらくはこの二人の傍にいるわい。飽きたら墓を建ててもらってあの世に行くぞ」


「分かった。人に害を与えないと報告しておく」


 報告も終わり、一行は解放された。

 二人はまだ疲れが残っているのもあり、依頼を受ける事無く新たな同行者エイリークと共に屋敷へと帰還した。


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