【7-4話】

「こんにちは、真音まおんくん。偶然ですね」


 何してんだてめぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええ!!

 思わず叫んでしまいそうになった。


 何で! こいつが! こんなところに! いるんだよ!


「先輩のお知り合いですか?」

「いや、知らない。行こう、黄倉おうくらさん」

「え?」


 早くこの場から立ち去ろう。関わるとロクなことにならない。


「真音くん、真音くん」

「あの、呼んでいるみたいですけど?」


 無視無視。


「私です。黒羽真白くろはましろです。今、あなたの脳内に直接語りかけています」

「だぁぁぁぁああああああああああ!!」


 耐え切れなかった。


「ようやく気づいてくれました! 脳内に直接語りかけたのが功を奏しましたね」

「口に出ているんだよ! バカかお前は! なんだよそれ!」

「日本のアニメや漫画にはまってしまいまして♪」


 知るかよクソ天使勝手に家で見てろ僕につきまとうな迷惑なんだよ!


「初めまして。私、黒羽真白と申します。真音くんとは主人と下僕の清い関係でして」

「違う違う違う違う違う違う。捏造すんなアホ」

「真音くんのクラスメイトです♪」


 相変わらず人間を小馬鹿にしたような態度。大方、虫けらのようにしか思っていないのだろう。腹が立つ女だ。


 僕はため息をついて聞いた。


「で? は一体ここで何をしているんですか?」


 黄倉さんがいるから、一応、「黒羽真白」の呼び名を使う。余計なことに関わって欲しくはない。「プリファ」と言って詳細を尋ねられても面倒だし。


「偶然、このショッピングモールに買い物しに来ていたんです」


 絶対に嘘だ。


「今、嘘だと思ったでしょうけど、本当ですからね? 私、生まれてから一度も嘘をついたことありませんし」

「あぁはいはいそうですか」

「何だか信じていないみたいですね。本当ですよ?」


 プリファ――黒羽真白は不服そうな顔をする。そんな偶然があるもんか。「観察者」として僕の監視でもしていたんだろう。


「もう帰るところですので、ご安心を。一言挨拶しようと思っただけですから♪」

「本当だろうな? 本当に帰れよ?」

「疑っていますね~。ずっと観察するんでしたら、こうしてあなたに声をかけたりなど、しませんよ。今日私がここに来たのは、本当に偶然なのですから」


 女性向けファッション店の買い物袋を右手で上げることによって主張する。まぁ、本当に帰ってくれるというならそれでいい。


「それでは真音くん、また月曜日に会いましょう♪」

「はいはい。じゃあな、


 適当にあしらうと、プリファは上機嫌でエスカレーターを降り始めた。嬉しそうにしやがって。何がそんなに楽しいんだ、あいつ。

 どうせ、僕が何か怪奇事件を起こさないか楽しみに見ていたんだろうけど、残念ながらそうはならないぞ。黄倉さんのおかげで、僕は再び平常心を取り戻した。よほどのことが起こらない限り、死者を出さない自信がある。


 実を言うと、今日だけですでに十回ほど能力を発動している。

 軽い違反者中心だが、先程、駅前の信号のところで、止まりながら無駄にうるさくバイクを吹かす人がいた。ちょっとした怒りを伴ったので不安もあったが、能力を発動したところ、見事にマフラーを壊すことに成功した。信号待ちの時だったので、それに気づいてバイクに乗っていた人は降りてくれたし、被害はない。


 自分の中で発生する怒りと上手に付き合うことができている。自分の失敗を受け入れ、それでも努力しようという決心のおかげで、心が軽くなった。また死者を出すのはもちろん良くないが、能力を制御することが最終目標だ。起きてしまったことは仕方がない。一度や二度の失敗で立ち止まっていてはいけない。

 そんな風に考えることにした。


 その考えのおかげか、今日は誰にも怪我すら負わせていない。少し重いと感じる違反も、実害はない。


 このまま、能力の完全制御を達成する。



「ごめん、黄倉さん。クラスメイトが乱入しちゃって」


 気を取り直して、クラスメイトの非礼を詫びる。


「いえ。今の人って、三日前に灰川先輩と一緒に帰った人ですよね?」

「は? 一緒に帰った? そんなことあるわけ……」


 と、ここまで言って思い出した。あれは、自転車の危険運転による怪奇事件が起きた日。

 黄倉さんに僕の中にある能力のことを聞かれたくなくて、黄倉さんには先に帰ってもらったんだっけ……。


「いや、あれは一緒に帰ったわけではない」

「じゃあ、何を話していたんですか!」


 黄倉さんが問い詰める。黄倉さん、大きな声も出せるじゃん!

 なんかもう、修羅場って感じ。


「いや、ただ黒羽が転校してきたばかりだから、面倒を見に行っただけだよ! クラスで担任に任せられたんだ!」


 嘘ではない。まったくもって不本意ながら、なぜかクラス委員長でもある僕が憎きあの女の案内役をやらされることになったのは事実だ。


「では、黒羽先輩と灰川先輩は何の関係もないんですね……?」

「当たり前だ! 誰があんなふざけた女と!」

「ふざけた、ですか? 黒羽先輩、とんでもなく美人でしたよね? なんかもう、天使みたいっていうか」

「あぁ、顔だけな。中身は真っ黒で天使とは程遠い。僕は嫌いだ」


 ジト目で見てくる黄倉さんに対して、僕は黒羽真白との仲を否定する。


「まぁ、先輩がそう言うなら……」


 僕の誠意が伝わったのか、黄倉さんはとりあえず信じてくれたようだ。何だか百パーセント納得しているわけではなさそうだが。


「せっかくの買い物中にごめん。お詫びに何かおごるよ」

「いえ、そんな。灰川先輩が悪いわけではないですし」


 明らかにさっきよりも雰囲気が悪い。あいつのせいでせっかくのデートが台無しになりつつある。

 あのクソ天使、マジで迷惑しかもたらさない。


「その、こんな時にこんなこと言っても信じてもらえるか分からないけど……僕は、本当に今日、黄倉さんと買い物に来られて楽しいって思っているんだ。関係のないクラスメイトのせいで今日が終わってしまうのは、嫌だ。だから、機嫌を直して欲しい」


 自分の気持ちを正直に伝えた。デートを邪魔されて、黄倉さんがこれで簡単に機嫌を良くしてくれるとは思わないけど、これが僕の気持ちだ。

 せっかくショッピングセンターを一日、一緒にまわれることになったんだ。溝を作るのではなくて、どうせなら仲良く過ごしたい。


 すると、黄倉さんにも僕の熱意が伝わったのか、目をジッと見て話を聞いてくれた。


「あ、あの。さっき、なんでも奢ってくれるって、言いました、よね?」

「ん? あぁ」


 あまりにも高いものを要求されたらどうしよう。せいぜい、食べ物とか服一着ぐらいしか買えない。何万円もするアクセサリーとか言われたら、流石に困る。黄倉さんはそんなこと、考えないと思うけど。


「じゃ、じゃあ……あの……奢ってもらう代わりに……もう少し、近くで歩いても、いいですか?」

「え?」


 と、言って僕の身体に触れるくらいまで接近する黄倉さん。

 近い! 近いぞ黄倉さん!


「これで、いいですか?」

「あ、あぁ。これくらい、もちろんだ」


 めっちゃ緊張するんだけど! 黄倉さんの顔が近いし、学校ではしない良い匂いもするし! もうこれ、ほとんど手とか触れそうだし!


 ここまで来たら握るべきなんだろうか? 黄倉さんの方は明らかに僕に好意があるみたいだし、別に間違ってないよな? むしろ正解というか!


 僕は意を決して近づいた手を更に近づける。心臓をドキドキさせながらも、その手を黄倉さんの手に……!


 パシャ! パシャ!


 ……近づけようと思っていたら、カメラ音が聞こえた。前方から。

 何で、カメラ音?

 タイミング的に、僕らが撮られている気がする……。


 気になって前方右側に顔を向けると、そこには……。


 物陰から隠れるようにスマホを握り、意気揚々と写真撮影をする一人の少女が……。


「あ! や、やばっ!」


 少女はこちらの視線に気づいたのか、物陰に隠れる。しかし、僕にはもうバレてしまっているぞ……。片側で結んだ髪がひょっこりと出ていて隠しきれていないし……。


「黄倉さん、ちょっとごめん。待っててくれる?」

「え? あ、はい」


 いや、もう。本当に黄倉さんには申し訳ないんだけど。きっと勇気を出してくれたんだろうけど。ちょっと無視できる人物じゃない。


 僕はツカツカとショッピングモールの通路脇へと足を進める。


「何してるんだ……ソラ?」

「あは。あははは。バレちゃった……」


 何故かそこには、僕の妹――灰川希空はいかわそらがスマホを片手に気まずい笑顔を浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る