【2-1話】

「教えてあげましょう、真音まおんくん。この怪奇事件を引き起こしていた真の実行犯」


「あなたですよ。灰川真音はいかわまおんくん」


 月明かりが遮られた暗闇の中、僕はぐちゃぐちゃな心の中、目の前の女――プリファが告げたことを理解しようと努めた。


「ぼ、僕が……怪奇事件の……実行犯……?」


 あり得ない。現実味がなさすぎるし、僕自身、怪奇事件と関わったことなど一ミリもない。ここ最近の一ヶ月は偶然、二回も現場に居合わせてしまったけれど、特に被害者との接点など何もない。僕が彼らを――


「あ……!」


 いや、違う! 僕じゃない! 僕が……


 僕が彼らを殺したなんて……あり得ない!


 大体、なんだってそんな現実感も根拠もないウソで僕を惑わせてくるんだ、この女は! 僕の平常心を奪うのが目的か!?


 クソ! 僕もだ! この女のでっち上げを簡単に信じてしまいそうになるなんて。

 確かにお前の目論見通りだよ。あぁ、認める。僕は今、平常じゃないみたいだ。


「そうです。モラルを持たない、自分勝手なルール違反者に裁きを下しているのは……あなたなんですよ、灰川真音くん?」


 プリファは極めて冷静に言った。まるで、「ただ事実を言っただけです」とでも思っていそうな余裕のある笑みを浮かべながら。


 そんなプリファに対して、僕は動揺を悟られないように返した。


「何を言っているんだ? 僕が怪奇事件の実行犯だって?」


 雲が月の下を通過し、月明かりが再び照らされ出す。僕たち二人の互いの表情も、より鮮明になる。

 僕は、平静を装ってプリファに言う。


「そんな突拍子もない口から出まかせで、僕が信じるとでも思ったのか? 生憎だが、僕はそう簡単に詐欺に引っかかるようなタイプじゃあないんだ。適当なことを言って僕の動揺を誘おうとしたって、無駄だぞ」

「口から出まかせだなんて、人聞きの悪い。言ったじゃないですか? 私、生まれてこの方、嘘をついたことなんてないのですよ」

「そんな胡散臭い態度をした奴のことが信じられるわけないだろう? 大体、一般人の僕がどうやって、人間には不可能な超常的現象を引き起こせるって言うんだ? 僕にはそんな特殊能力はないし、サイコパスでもない」


 そうだ。何もかもこいつのデタラメに過ぎない。「この世界を一度滅ぼす」だなんていう狂気じみた考えを持つ天使が、僕を計画に巻き込むためについている嘘だ。

 平常心を失わせ、思考力と精神力が弱った心の隙をつく。

 いやらしい詐欺の手口と同じだ。


「いいでしょう。では、お教えしましょう。あなたが納得するように、ゆっくり、丁寧に解説して差し上げましょう」


 彼女は背中に生やしていた大きな翼を消しながら言った。グラデーションのかかっていた髪の毛も、始めに会った時の綺麗な白銀色に戻っていく。

 この女が天使だと言うのは、やはり本当みたいだ。信じがたいが、こんな芸当を見せられたら、そこは信じるしかないだろう。


「まず、どうやってあなたが怪奇事件を起こしているのか? それは、私があなたに与えた能力に関係しています」

「は? 能力だって?」


 いきなり「与えた能力」と来たか。早速ツッコミたいが、ここで話の腰を折っても仕方がない。まずは素直に聞いてみよう。


「能力とはなんだ? 僕は能力を与えられた自覚などないぞ」

「落ち着いてください。ちゃんと一からお教えすると申し上げたではないですか」


 このやけに丁寧な喋り方がまた、胡散臭いんだよな。へりくだっているのは言葉だけのように聞こえる。

 それに、いちいち焦らして話してきやがる。これも僕の焦燥感を煽るためだろうか。


「では、まずは私の生い立ちと趣味からひとつ」

「ふざけんな」

「あら。シリアスな展開が続いていたから、小休止がてら、和ませて差し上げようと思ったのですが」

「いらん。大事なところだけ話せ」

「クソ真面目ですね、真音くんは」


 そして、要所でこんなふざけた態度を取ってくる。ちょっとしたジョークとでも思っているのか? こっちは全然面白くないんだよ!


「では……。私はあなたに神通力じんつうりきを与えました。天使の力の源たる、神通力。そうして得た能力というのが、まさに怪奇事件を引き起こしているものなのです」


 プリファは、「神通力」とやらの譲渡を人差し指と人差し指を移動させて説明することで、表現する。


「神通力を与えると言っても、私自身がどういう能力にするのか決めるわけではありません。ですから、正確に言うと私があなたに『能力を与えた』というわけではないのです。あくまで、与えた神通力からとある能力が発現した。そして、真音くんに発現したその能力を推測するに、ほぼ間違いなく……」


「『規則を強制遵守させる能力』でしょうね」

「!」


 怪奇事件が起きた被害者の共通点を想起させる特徴が、プリファの口から出された。

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