【1-2話】

「何でみんな、『決まり』を守ろうとしないんだ」


 高校からの帰り道、駅のホームで電車を待ちながら、誰に聞かせるわけでもなく独り言ちた。


「別に守るのが難しい規則でもないだろうが」


 集団の中で暮らす僕たち人間には、多くの「決まり」がある。平凡に何も意識せず暮らしているだけでも、それを確認する機会は山のようにある。

 買い物をするときは対価としてお金を支払う。信号は赤が止まれで青が進む。夜は騒ぐなどして近所迷惑をかけない。


 挙げ出すときりがない。それほどまでに世の中は規則というものに縛られている。

 必要以上に窮屈に感じることもあるだろう。分かる。僕も常日頃から思うから。



 だけど、ルールや決まりは無駄に存在しているわけではない。必要だからある。



 一人ひとりが定められた決まりを守って生活してこそ、自分を含むヒトの暮らしは快適で安心なものになるわけで。逆に、決まりのない社会など成立し得ない。犯罪なんて頻発するし、迷惑を被る人が絶えない。


 皆がそれを理解し、尊重していれば済む話だ。しかし、世の中はそんなに甘くない。


 先の渡辺の件や「怪奇事件」の被害者でもそれは明白。進学校の高校生にふさわしい身だしなみと教養のために作られた無理のない校則も、こうして一人の反発心から簡単に破られる。

 誰に迷惑をかけているわけでもないし、自分をカッコよく見せたいという思春期の自己アピールだということも理解はできる。


 だが、「校内では守れよ」と思う。そういう校則があるんだから。別に無理難題をふっかけているわけじゃあないんだから。みんなきちんと守っているんだから。

 僕だって好きで注意しているわけじゃない。みんなの節度がなさすぎるのが悪い。普通に生活していれば何の問題もないはずなのに、どうしてこうも皆、違反ばかりするのだ。おかげで僕の仕事は増えるばかりだ。


 そんな僕の苦悩などお構いなしに、皆は僕を「超カタブツ」だの「鬼の風紀委員長」だの、好き放題に言う。頭が固いことに自覚はあるが、許容しちゃいけないことをしているのは、お前らだろ!


 正しいことをしているはずなのに、悪者扱いされる。

 それが僕――灰川真音はいかわまおんの立ち位置であり、この世界の真理でもある。

 もうホント、何が正しいんだか。


 他人に迷惑をかける奴、モラルの欠けている奴、反省しない奴。


 ……みんな、大嫌いだ。


 報われない立ち位置と理不尽な社会に対して心の中で嘆いていると、通学用の電車が到着する。僕はそれに乗って、空いている席に座った。


『【速報】昨日の怪奇事件、過去最大級。死亡者数は四十人を超える』


 車内に流れる電子文字によるニュースが自然と目に入ってきた。


「(今回の『怪奇事件』はやっぱり……規模がでかいな)」


 僕は複雑な面持ちを浮かべ、スマホで昨日の事件について調べた。



「怪奇事件」とは言葉通り、謎の現象により引き起こされる不可解な事件のことであり、三年前から頻発するようになった。


「コンビニ強盗の持っていたナイフが何故か強盗犯の腹に刺さり死亡した」という事件。「煽り運転を行っていた運転手の車が突然大破した」という事件。四十代男性が道端にポイ捨てしたはずのタバコが男性の元に戻ってきて、火傷を負った」という事件。

 被害の大小に違いはあれど、その全てがとても自然現象や人為的事件と一言で説明することが難しい。一番しっくりくるのが、ポルターガイストや超能力と言ったオカルト。だが、原因は一切何も掴めておらず、これらの事件を「怪奇事件」と呼ぶようになった。


「(唯一分かっていることが、『決まりを守らなかった人に対して起こる』ってことくらいか)」


 強盗にしても煽り運転にしてもタバコのポイ捨てにしても、規則やモラルを平気で破る人に怪奇事件が起こる。昨日の事件も例外ではない。モラルを持たない者に対して、ポルターガイストのごとき怪奇事件が起きた。その事件の概要は、こうだ。


 国道で割と大きめの普通の交通事故が起きた。野次馬も沢山集まっており、それに対して警察は市民が近づかないように規制していた。

 そこに、お調子者の男子大学生がテープを超えて現場に入っていった。当然、警官はそれを取り押さえるわけなのだが、男子大学生の友達数人がその警官に抗った。

 そしてこの後、そのやりとりを面白がった野次馬の一人が男子大学生の肩を持ち始めたことをきっかけに、野次馬が次々と集団心理で警官の敵になった。野次馬たちが警官を押し潰すという、モラルも何もない、知能の低い動物の如き集団攻撃が行われた。


 その時だった。突然、男子大学生を含む、集団攻撃に加担した野次馬全員が宙に浮き、吹き飛ばされた。まるで斥力が働くかのように交通事故の現場を中心として勢いよく飛び散った。野次馬は辺りの壁や電柱に次々とぶつかっていき、四十人が死亡。残りのほとんどが重態となった。


 法を破る者、モラルを持たない者に、まるでしっぺ返しのように「怪奇事件」は起きる。

 まるで神様が見ているかのように。違反者に制裁を与えているかのように、唐突にその現象は起きる。


 そういう事件の性質ゆえなのか、事件に関与しない者たちは「ざまぁw」「新世界キタコレ」「自業自得ですね」と口々に被害者を罵る。それがまた、現日本で問題視されていたりする。日本人は本当に批判が大好きだ。


 かくいう僕も、褒められたものではないがそう思ってしまう。ルールを守らない人は嫌いだし、悪さをしたら裁かれるべきという考えには同意だ。正直、被害者の自業自得というのも半分くらいは思っている。


「(けど、あんまりこういうのは好きじゃないな……)」


 その野次馬の中にはきっと、後ろから押されて巻き込まれてしまった善良な人だっていたことだろう。そういう人にとってはただのとばっちりでしかない。

 それに、裁かれるにしてもこんな残酷な裁かれ方はあっていいものではないし、人の不幸を嬉々としてネットに書き込むなんて、同じ「ヒト」として神経を疑う。


 ……やっぱりこの世界は、どうしようもない人たちで溢れている。


「そういえば最近、この路線でも怪奇事件が起きたよね」

「そうなの? こわーい」


 会社帰りなのか、オフィスカジュアル風な服装をした女性二人組の話が耳に入る。


「嫌なことを思い出させてくれる……」


 突然、一人の男性の耳から血が大量に吹き出してショック死したという怪奇事件。その事件でも、元はイヤホンの音漏れを注意されたにも関わらず、改善しなかったのが原因だ。

 僕はその現場に居合わせた。男性の耳から大量の血が出てくる瞬間こそ見ていないが、床に倒れている男性とその周りに広がる惨状は目にしてしまったわけで……。

 くそ。気分が悪い。


 何だか最近、T市で起こる怪奇事件が増えた気がする。今までもT市付近での事件が傾向的に多かったと言えばそうなんだけど、最近はT市の中で起こるようになってきた。


「(やっぱり、何か人為的な事件性があるんじゃ……)」


 ルール違反者やモラルの欠けた人に罰を与えてまわる、狂った殺人犯がいるのでは?

 オカルトなんかより、そう考えるのが自然だ。神だとか幽霊だとか、いるわけない。


 確か、そういう少年漫画が昔あった。ノートに名前を書いたら人が死ぬっていうやつ。それこそそれは、超能力の類ではあるのだけれど、そんなフィクションなんかではなく、何らかの方法で殺人を行っている人がいるのかもしれない。理屈は全然分からないけど。


 ……とは考えてみたものの、昨日の事件とかもはや、人が宙に浮いたわけだし、人がどうこう出来る次元を超えている。


 やっぱり、神の裁きとか超能力とか、そういう類のものだったりするんだろうか……?


「(だとしたら、神なんかじゃなくてそいつは……ただの悪魔だな)」


 ニュースサイトを閉じ、僕は心の中でそう考えた。


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