第2話夕方も居なかった

 クリスマス・イブも、居なかった。

 仕事は大事。

 だから、仕方ないんだけどさ。

 クリスマス・イブって、Christmas Eveって書くんでしょ?

 だから、eveをeveningから前夜だって思ってるお人様もいるんだってね?

 けど、どうかな?

 ちょっと違うんだよなぁ。

 イエス・キリストがいた時代はね、ユダヤ暦っていう暦が使われてて、それによれば一日の始まりは太陽が沈む夕方なんだよ。

 ま、つまりはクリスマス・イブってのは前夜じゃなく、寧ろクリスマスの始まりって意味になるの。

 異国の文化は面白いよね。

 ねぇ、才造。

 ちゃんと、休まないと駄目だよ?

 置き手紙を玄関に置いて、影になって外へ飛び出した。


「ちょっと、外に出てるから。もし、帰って来てくれたなら、クリスマスケーキ、食べてね。明日、ううん、明後日の夜に帰るよ。いってきます。」


 こちとらも、居なくなるんだ。

 明日に気付いてくれるかな。

 じゃぁ、イルミネーションを歩こうか。

 寂しくて、綺麗で、寒くて、素敵で。

 一緒に居たいっていう我儘が、目に水をためていく。

 言わないよ。

 会いたい、も。

 言わないから。

 一緒に居たい、も。

 人混みを通り抜けた。

 何処に行こうかな。

 何処にも行けないよ。

 行ったって、居たって、同じだもの。

 クリスマスだから。


 

 時計を見て気付いた。

 今日はクリスマスだっていうのは、聞いた。

 仕事に没頭したせいだ。

 多分、夜影ヨカゲのことだから、案外寂しがり屋で甘えん坊な夜影のことだから。

 玄関で蹲ってても、扉に鍵をかけてても、可笑しくない。

「クソッ。終わらねぇ。」

 愚痴を零す。

 昨日も、今日も、一緒に居てやれない。

 毎年、そうだ。

 毎年、また、夜影が拗ねて。

 手製のケーキは捨てられて。

 あと一歩で食べれないのが、悔しくもあったな。

「夜影…すまん。」

 手を止めるわけにはいかない。

 仕事と嫁、どちらをとるか。

 今直ぐにでも会いに行って、拗ねた顔を見て、抱き締めてやって、一緒にケーキ食べて、ゆっくりとしたい。

 それでも。

 肩を叩かれ、振り向いた。

「えっと、先輩、行ってあげて下さい。」

 その言葉に、一瞬意味を飲み込めなかった。

 つまり、仕事を投げ捨てて会いに行ってやれ、ってことだろ?

 というか、何故、此奴がワシの内を知ってやがる?

「すみません。聞こえちゃったので。仕事、俺が引き受けます。口に出ちゃうほど行きたいんでしょう?先輩は。そのお嫁さん?のとこに。」

 あぁ、つい、全部言ってたらしい。

 一度片手で顔を覆ってから、溜め息。

「すまん。」

「いや、いいですよ。先輩、毎年そうじゃないですか。今年くらい、行ってあげて下さいよ。俺、彼女とかもいないんで暇ですし。」

「そうか、なら任せた。」

 そう答えれば、霧となってその場からすぐさま姿を消した。

 それを唖然と見ていた後輩は、ハッと我に返る。

「早ぇ…。」

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