pm/am00:00~

  pm/am00:00


 周辺状況変化。

 侵入者一名。

 内通者一名。

 目的、被験者二名確保後研究所脱出、同二名秦港へ護送。

 依頼者依頼理由……



   am00:02


 搬送予定実験体№57・南条彩香を移動式ベッドに固定して、研究員たちは研究所通路を移動する。まるで手術前の医師たちのように思えるが、実際はその逆で、死刑執行と同じだ。

 搬送予定研究所はこの研究所と同機関による系列だが、警備上の問題から名前は伏せられている。

 その研究所に到着と同時に、最終実験に移される。

 能力保有者の生体を、生命活動の維持を条件とされたものでは限定される部位にまで及んで解剖し、細部まで徹底調査する。

 結果的に実験体は死に至るが、重要な項目ではなくなったため考慮されない。

 №31・仲峰司は実験体の運搬作業の後を付いていくような形で護衛していた。

 護衛といっても研究所内では必要ないと思われているが、形式として実行されている。

 それとも仲峰司が警護についているのは、二人を二度と見ることがないからなのか。

 搬送用エレベーターの手前に到着すると同時に、見知った顔の研究者と初対面の人物が、反対方向から現れた。

 知っている顔の研究者、浜崎純也は搬送員の中に仲峰司の姿を見ると、少しギョッとしたような表情をした。

 すぐに冷静な態度に改めるが、落ち着かない様子は隠せていない。

 だが彼はいつも些細なことに過敏に反応するので、気に留めなかった。

「仲峰君、直接警備にあたるのかい?」

「ええ、一応。ところで、その方は?」

 仲峰司の質問に、浜崎純也は傍らにいる四十代後半と思わしき人物を紹介する。

「見学に来られた、遺伝子工学博士だ」

 予定に確か記されていたことを思い出す。

 具体的な詳細情報はなかったが、おそらく伏せられているのだろう。

 公表できない実験を行っている研究所では、特に珍しいことではない。

 浜崎純也とは対照的に随分落ち着いている。

 落ち着いているというより、気に留めていないというほうが正しいのかもしれない。

 こういった場所に視察に来ることから、おそらく所属している研究機関では、責任者の地位に就任していると思われる。

 重役というのは、大抵過敏なまでに神経質か、不遜なまでに無神経かのどちらかだ。

 誰かがすでにボタンを押したのだろう、搬送エレベーターが到着した。

 実験体と研究員が三人。

 そして浜崎純也と遺伝子工学博士が入り込む。

 大人数だが、搬送用エレベーターは広く、まだ余裕がある。全員が入り込んだところで、ドアが閉まり下降し始めた。

 遺伝子工学博士は仲峰司に握手を求めた。

「君のことはレポートで読ませてもらったよ」

 仲峰司は握手を返して、しかし返答に一瞬困ったが、当たり障りのない言葉にした。

「光栄です」

 遺伝子工学博士は移動式ベッドに固定された実験体、№57に目を向けた。

「これが今日搬送される実験体かね」

「ええ、そうです。後は搬出入庫のトラックに運ぶだけですので、他をごらんになられては」

 事務的に答える仲峰司は、意図的に表情を消し、言葉を最小限にしていた。

 実験体の末路を考えると、具体的な内容を口にするのは忌避したいのかもしれない。

「いや、せっかくなので立ち合わせてもらうよ。確かもう一人運ぶと聞いていたが」

 そんな心情を察することなどまったくせずに、遺伝子工学博士は無神経に質問してきた。

 研究者というのはこういう人間が多い。

 仲峰司は諦念した。

「はい、№58です。実験室にて最終実験が終了し、現在搬送準備中のはずです」

「ありがとう。そちらも、搬出入庫で見せてもらおう」

 遺伝子工学博士は視線を頭上に上げてエレベーターを見渡した。

「しかし、すごい警備システムだ。これでは蟻一匹入れない」

「わかるのですか?」

「少しね。ここや」

 言いつつエレベーターボタンの上部にある黒いプラッチック製の蓋を指差す。

「上にも」

 天井を指差し。

「それに、ここも」

 背後の鏡。

「たかがエレベーターで少し数えただけで三つ。ここに来るまで、通路室内至る所に設置されてあった。もしかすると音声も拾っているのかな」

「いえ、それはしていませんが」

 どうやら監視カメラの存在を知っているらしい。

 なぜ実験体ではなく、そんな物に関心を持つのかはわからなかったが。

「私の所で先日何者かに侵入されてね。以前から警備が甘いのではないかという意見があったのだが、ついにやられたというわけだ。まあ、たいした被害はなかったのだが、ここのように重点を置いておけば、そもそも侵入されることもなかったと思うのだよ」

「なるほど」

「今度、会議で意見する時の参考にさせてもらうよ」

「ありがとうございます」

 ただの雑談だったらしい。

 先程から浜崎純也が落ち着かない様子だが、どうも癖のある人物らしい遺伝子工学博士が心配なのだろう。

 接待係は神経をすり減らすし、彼はお世辞にも神経が太いとはいえない。

 エレベーターが地下一階に到着した。



   am00:07


 浜崎純也は震える体を精一杯止めようとしながら、二人の会話に注意していた。

 自分は体の震えを止めるのが精一杯だというのに、彼は搬送準備の整った被験者のすぐ隣にいながら、眉一つ動かさずに視察者を演じ続けている。

 さすが専門家プロフェッショナルと賞賛するべきことか。

 少なくとも、仲峰司は彼のことを全く疑っていないようだ。

 警備に当たる者の情報は確認できなかったため、仲峰司の顔を見た時は動揺を隠し切れなかった。

 とにかく、仲峰司が現れたことで救出が難航するかと思ったが、彼のおかげで切り抜けられそうだ。

 予定では被験者二人の救出タイミングは、搬送の前後だ。

 ここに来る途中までしてくれた彼の説明では、警備がもっとも厚くなる時が、もっとも油断の生じやすい時期でもあるだという。

 その瞬間を狙って被験者二人を確保する。

 問題はその後、研究所を脱出できるかどうかが最大の難関だ。

 強引な突破を試みても、戦闘実験配属の実験体が対応に当たれば、阻止される可能性は高い。気付かれる前に脱出しなければならない。

 その前に、二人を確保しなければならないが。

 搬送用エレベーターは地下一階搬出入庫に到着し、被験者№57・南条彩香が研究員によって降ろされ、後に続くように仲峰司、そして浜崎純也と組織の男が降りる。

 地下駐車場とほぼ同じ広さを持つ搬出入庫には、十数名の警備員と、警備主任の高永大介が直接の警備に当たり、数名の研究員と輸送用トラックの乗務員二名が積荷の準備をしていた。

 そして所長の門野誠一と副所長の杉原友恵が、№57・南条彩香の様子を見ている。

 それは丁寧ではあるのだが、労わっているのではなく、ただ些細なことで壊れる可能性がある物なので慎重に扱っているのだというように見えた。

「あの二人が、例の?」

 組織の男が浜崎純也に尋ねた。

「はい、所長の門野誠一と副所長の杉原友恵です」

「もう一人の実験体の姿がないようだが」

「まだ搬出準備中なのでしょう。すぐに来るはずです」

 予定になんらかの変更がなければだが。

 浜崎純也の答えに彼は少しなにかを考えていたようだったが、不意にトラックに向けて足を進めた。

「せっかくなので、所長に挨拶をしておこう」

 浜崎純也は驚きに目を見開いた。自分から危険に飛び込むようなまねをするなど、いったいこの男はなにを考えているのだ。背筋が冷える内心を知ってか知らずか、彼は無頓着とも言えるほど何気なく門野誠一に近づいていった。

「門野所長ですね?」

 門野誠一は№57・南条彩香に向けていた視線を、声をかけてきた人物に移した。

「そうだが、あんたは?」

「見学に参った者です。専門は、遺伝子工学」

「ああ、あんたが」

 差し出された男の手を、門野誠一は礼儀上握手した。

 続いて副所長、杉原友恵が彼に握手しようとしたが、その前に手が引っ込められ、遺伝子工学博士を名乗る人物の興味は実験体に集中したようだった。

 杉原友恵は少し表情が引きつったが、気持ちを落ち着けるように、眼鏡の位置を直す。

「これが今夜搬送する実験体ですか?」

「そうだ。先天的に精神感応能力があったので、色々投与してみたのだが、結局他の能力は発現せんでな。おまけに精神感応能力者は、副次的に精神病を患う傾向にあり、№57も例に漏れず自閉症を患っておる。精神攻撃は要人の暗殺などに極めて有効なのだが、こうなっては役に立たん。おまけに上の意向で、PK研究に梃入れされて、ESP研究の余裕がなくなってきた。で、結局最終実験に移行することになった」

 超能力は大別して二種類に分けられる。

 PKとESP。

 PKと呼ばれるものは物理的作用を起こす能力であり、言い換えれば精神が物質に作用する力とも言える。

 物を動かし、熱を上げ、逆に下げることもできる。

 ESPとは、超知覚と呼ばれ、通常の知覚能力が延長、拡大されたような能力と言える。

 通常ならば知覚できない場所、時間などの事柄や、視認できるはずのない位置の、例えば遥か彼方の遠方、あるいは分厚い壁の向こう側を知覚することができる。

 また、聞こえるはずのない他人の精神の声を聞き、失われた過去を知り、これから起こる未来を知る。

 これらの能力は人間が次の進化において獲得する能力だという説もあるが、現段階においては未熟で未発達の能力に過ぎない。

 その能力者は少なく、実用性も乏しい。

 だが稀に常人と一線を画するものがいるのも事実だ。

 例えば今、ベッドに拘束されている少女のように。

「もう一体は?」

 質問と同時に、搬送用エレベーターが開き、新たに移動ベッドに載せられた実験体が搬出入庫に運ばれてきた。

「ちょうど来たようだ」

 彼らの隣まで運ばれてきた実験体№58・春日歩を観察しながら門野誠一は説明する。

「№58、予知能力だ。しかし予知というのは不確定要素が多く、内容も曖昧で、それが起きてからでなければわからないことが多い。おまけに№58の能力は限定的で、ほとんど意味の不明確な映像を見ているだけだ。それで、№57と同じく色々投与してみたんだが、やはり他の能力は発現せんだ。先程、致死量限界寸前まで投与してみたのだが、結果は同じだ。それで、予定通り搬出するわけだ」

 門野誠一は淡々と説明するが、その内容を理解しているのなら、通常の人間ならなんらかの嫌悪感や拒否感を持つだろうが、聞いている男は特に表情を変えずに相槌を打つ。

「まあ、詳細は他の者に。あー、誰か……」

 説明が面倒になってきたのか、門野誠一は他の誰かと交代しようとするので、浜崎純也が名乗り出る。

「私がしましょう。案内を担当していますので」

「ああ、頼む」

 端的に告げて後を任せると、研究所に戻ろうとすると、警備主任が所長に話しかけた。

 別の機関による強奪の可能性云々、それらの対策を、自信満々に報告する。

 しかし話をろくに聞かずに門野誠一は警備主任を追い払った。

「それを考えるのはお前の仕事だろう。一々私に報告するな」

 警備主任は軽くあしらわれたことにひきつった顔になったが、なにも言わずに立ち去る。

 銀色のトラックに載せられ、荷台に手際よくベルトで固定されていく、被験者の少年と少女を見ている男の隣で、浜崎純也には二人が、意識がないのにお互いの名前を呼び合っているように見えた。

 気のせいかもしれない。

 彼らの声がこの距離では聞こえるわけがないのに、どうして名前を呼び合っているとわかったのか。

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