ヒットマン VS サイキッカーズ

神泉灯

am01:21~

 am01:21


 季節はそろそろ初夏を迎えようとしているが、夜半を過ぎるとやはり冷え込み始め、吐く息に白色が少し混じっている。

 繁華街の一角にある安普請の事務所で受付をしている小林は、昼間は絶対に使わない暖房器具にスイッチを入れた。

 受付といっても、こんな時間に客が来ることは、誰も期待していない。

 だが経営者の意向で、二十四時間営業を行っている。

 今ではカード申請も自動機械が対応する時代だというのに、貸し金を主とする金融業、それも多分に非合法的な側面がある経営方針だと、そういった便利なものが設置できないデメリットがある。

 もっとも給料は良いので文句は言わないが。

 小林は冷えてきた手を擦り合わせて、暖房器具にかざす。

 二階では経営者とその部下が商談をしている。

 違う呼び方をすれば、暴力団の幹部と舎弟が六人。

 自分は舎弟の中に入っていない。

 金で雇われたただの下っ端で、都合が悪くなればすぐに解雇される。

 もっとも、それはまだ良いほうで、なんの通知もなくある日突然事務所が消えているかもしれないし、あるいは突然自分が消されるのかもしれないが。

 まあ、この金融業者の裏面を知っても辞めなかったのだ。

 そういうリスクも承知しているし、その分の給金も貰っている。

 この会社は、平たく言えばサラ金と称される会社だが、実質は闇金融だ。

 契約書も、判子もサインもなしで多額の金を貸し出すサービス業。

 正規の銀行からは貸し渋りで金を借りることのできなかった奴らが、最後から二番目に来る場所。

 ただし利息もそれに見合ったものだ。

 数十万の金が数百万に化ける現代の錬金術。

 そして利息も返済もできなかった者は、最後に行き着く先へ向かうことになる。

 ちなみに行き先は、あの世だ。

 そういった最後の行き先へ向かった連中を何十人も見てきたが、彼はそのことに良心の呵責を覚えたことはなかった。

 上で商談をしている経営者もそうだろう。

 その上から、大きな笑い声が上がった。

 経営者と舎弟は、小林に商談をすると説明していたが、本当はただの遊びだということは知っていた。

 大陸伝来の四人で行う点数を競うゲーム。

 四角い駒を十三個ほど自分の位置に並べて、交換を繰りかえし、一定の基準によって数や模様が揃ったら上がり。

 本来はただの遊戯だが、この国ではなぜか低俗な人間のする遊びと見なされるようになった。

 実際この国でこの遊戯をする者は、なぜかそういった人間が多いのも事実だが。

 そして、そういった通俗に逆らわず、上で遊ぶ連中も屑のような人間だ。

 自分もその中に入るが、賭博で無駄に金をなくすほど愚かではない。

 目標の金額を貯めたらこの仕事を辞めて、故郷に帰り静かに隠遁生活を送るつもりだ。

 その前に、無事に退社する試練が待っているが、しかしそれはまだまだ先の話。

 あと十人ぐらいは最後の行き先へ向かわせる必要があるだろう。

 そのためにどれだけの時間が必要なのか。

 安寧の未来の夢想は、不意に開いた正面ドアの音で中断される。

 こんな時間の来客は珍しく、そして現れたのは全く顔の知らない男だった。

 大抵こんな時間に現れるのは、組の関係者だけなのだが。

 安物の背広にハーフコートを着た中肉中背の男で、白髪が混じり始めているようだが、顔の皴から推測すると、初老というほどの年齢ではない。

 まだ中年だろうが、しかし気苦労のために髪の色素が失われ始めたという雰囲気はなく、静謐の中に威圧感を感じるほどの気力や活力が充溢している。

 上で遊んでいる経営者たちの知人だとは思えないし、融資を懇願しに来た客にも見えない。

 だがどういう人物なのかというと、なぜか印象を捉えることができず、同類のようにも感じ、無関係にも思える。

 確実に言えるのは、堅気ではない。

 小林はテーブル脇に設置されている内線専用の電話に目を少しだけ向けた。

 客とは思えない男が、商売関係での縄張りの話に来た可能性を考えて、すぐにでも呼べるようにするべきだ。

 受話器をかけたままでも特定のボタンを押せば、二階の電話が通常とは違う音を鳴らす。

 異常事態に備えて、事前に取り決められた合図として使用することになっているが、今まで使ったことはなかった。

 あるいは今晩が初めてになるのかもしれない。

「いらっしゃいませ。今日はどのような御用でしょうか?」

 小林は顔だけは愛想のいい営業スマイルを浮かべて対応する。

 突然の恫喝にもこの笑顔は絶対に崩してはいけない。

 それがこの業界で学んだ、非力な小林が恫喝と暴力に対する対応の基本であり、身を守る方法だった。

 不自然なまでに営業スマイルを押し通すと、逆に相手は手を上げないのだ。

 だが男は小林に返答せず、無言で足を進めてきた。

 このような反応をされたことはなく、だからこそ小林は危険を感じて、すぐに、だが気付かれないように受話器に手を伸ばし、同時に決められたボタンを押した。

 初めて使うことになるが、これで二階から経営者か、その舎弟の誰かがやってくる。

 少しだけ安堵して、小林は対応を続けようとした。

「少々、お待ちくださいませ。すぐに社長を呼びますので」

 だが男は無言のまま、受話器を持った小林の手を、左手で掴むと万力のような力で捻り上げ、そして残った片方の手は叫び声を上げようとした口を押さえ込む。

「うぅ! うぐ!」

 突然の暴行に呻き声しか出すことができなかったが、その声は意外と静寂の事務所内に響いた。

 しかし、取り押さえている男は二階の誰かに聞かれたことなど頓着しないように、そのまま小林の右手首を砕く。

「ぐう!」

 短い悲鳴は口に押さえ込まれた手によって遮られ、さらに強引に首を左へ向けさせられる。

 次には男の左手が滑らかに一瞬だけ首筋に触れたかと思うと、恐ろしく冷たい感覚が走った。

 自分の首筋から紅い液体が噴出し始めた。

 しかし首筋の冷たい感覚が走った箇所が最初と違い異常に熱く感じ、逆に体温が急速に低下していく。

 男の左手にナイフがあるのを視認した時、ようやく首筋から噴出す体液が血だと理解した時には、小林は自身の体を支える力を永遠に失った。

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