第19話 ジャンボストロベリーパフェ

 ……あの二人は何をしてるんですか。


 桜木さくらぎに怪しまれないよう、ある適度距離を取って尾行を続ける俊平しゅんぺい朱里あかりの姿は、繭加まゆかも把握していた。


 それにしても、電柱の影から出て来て以来、どうして二人は手を繋いでいるのだろう。


 一度桜木が振り返ったので(これ自体は偶然だが)怪しまれないよう、繁華街に向かう学生カップルを装っているのだろうということは察している。それでも二人——特に朱里の方が満更でも無さそうな表情をしているのを見て、繭加は何とも言えない複雑な気持ちに陥っていた。

 自分は桜木から情報を聞き出すために必死に演技をしているというのに、尾行組は本当のデートのように楽しそうだ。


「どうしたの、御影みかげさん?」

「あ、いえ。ちょっと考えことをしていまして」


 まさか自分の振る舞いのせいで、二人の存在を露見させるわけにはいかない。繭加はすぐさま気持ちを切り替える。


 そのまま他愛のない会話をしつつ繁華街までやってくると、一軒の喫茶店の前で桜木の足が止まった。


「私の行きつけの喫茶店。ここでお話ししましょう」

「はい」


 繭加が頷くと、桜木が喫茶店の扉を押し開ける。


「こんにちはマスター」

「いらっしゃいませ」


 桜木は慣れた様子で壮年のマスターに挨拶をし、繭加も続けて会釈をした。常連である桜木に案内され、奥の二人用の席で向かい合う。


「私はアイスティーを、御影さんは?」

「では私はオレンジジュースで」

「ご注文、承りました」


 笑顔で注文を取ると、マスターはカウンターの方へと向かった。


「……それで御影さん、藤枝ふじえだの話だけど」

「は、はい」


 いきりなり本題に良いものか迷い、繭加は言葉に詰まる。

 もちろん今更怖気づいたなどということはないが、喫茶店には俊平と朱里がまだ到着してなかった。


 自分一人で事を進めてしまってもいいのかどうか。

 繭加が内心頭を抱えていると、


「いらっしゃいませ」


 マスターの声が新たな来客の存在を知らせた。

 タイミング的に考えてあの二人だろうと思い、入口の方をさり気なく一瞥すると、案の定、俊平と朱里が手を繋いで入店してきたところだった。


 ―—って、まだやってたんですか、あの二人は!


 内心憤りつつも、役者は揃ったため安心して桜木との話を進めることが出来る。


「桜木さん、言える範囲で結構です。藤枝さんとのことを詳しく教えてください」


 決意のこもった眼差しで桜木を見据え、繭加は藤枝の話題を切り出した。


「お客様は二名様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「空いてるお好きな席へどうぞ」


 繭加、桜木よりも少し遅れて入店した俊平と朱里は、桜木からは死角となるように、少し離れた彼女の後方の席へと着いた。話題が話題だけに、同じ制服を着た人間ががいると言葉に詰まってしまう可能性がある。なるべく視界に入らないように考慮しなければいけない。


「……ここまで来たのはいいが、緊張してきた」


 距離もあるし、声で認識されることはないだろうが、俊平は念のため小声で朱里と会話をする。


「なるようにしかなりませんよ、それよりも何か注文しましょう?」


 朱里は俊平に見やすいよう、メニューを広げる。


「そうだな。じゃあ俺はコーヒーかな。朱里ちゃんは?」

「そうですね、このジャンボストロベリーパフェですかね」

「あれ、ドリンクじゃなくてそういう系いっちゃう?」

「問題ありましたか?」

「いや、無いと言えば無いけど」

「じゃあ、決まりです」


 ナイスタイミングでマスターが注文を取りにやってきた。


「ご注文はお決まりですか?」

「はい、ジャンボストロベリーパフェとコーヒーでお願いします」


 朱里が率先して注文する。


 ――ネタじゃないのか……。


 朱里が本当にジャンボストロベリーパフェを注文したことに、俊平は大いに衝撃を受けていた。


「コーヒーにミルクや砂糖はお付けしますか?」

「いえ、ブラックで大丈夫です」

「かしこまりました」


 マスターが厨房へと向かうと同時に、朱里は興味深そうにそう尋ねた。


「カッコいいですね。ブラック好き男子」

「甘いのは苦手でね……って、今はもっと大事なことがあるだろ」

「それもそうですね」


 俊平の一言で、二人の意識は繭加と桜木の会話へと向けられる。


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