第15話 眼鏡っ娘あらわる

 放課後。「深層しんそう文学部ぶんげいぶ」の部室。


「来たぜ、御影みかげ

「お持ちしておりました。ご主人様」


 部室を訪れたしゅんぺい平を、両手を前で重ねた繭加まゆかが、メイドのような言葉遣いで出迎える。


「出迎えどうも」


 俊平は過度は反応は見せず、淡々と部室内に立ち入る。


「何かリアクションしてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」

「じゃあ、始めからやるなよ」


 不満気に口を尖らせる繭加の訴えを、俊平は気だるそうな声で一蹴する。


「せっかく、藍沢あいざわ先輩を喜ばせようと、メイド風のお出迎えをしたのに」

「だったらせめて、メイド服くらいは着て出直してこい」


 繭加の服装は普段通りの学生服だ。ネタを仕込むにしても思い切りが足りない。


「初めまして、藍沢先輩」


 繭加をあしらっていた俊平の耳に聞き慣れない声が届き、俊平の視線は声のした机の方へと吸い寄せられる。


「一年C組の高梨たかなし朱里あかりです。よろしくお願いします」


 エアリーなショートボブと、赤縁の眼鏡姿が印象的な少女がそこにはいた。

 繭加より少し背が高いが、体の線は繭加同様に細身で華奢な印象を受ける。服装は学校指定の白いのブラウスにネイビーのカーディガンを合わせており、眼鏡の印象も相まって、優等生な雰囲気を感じさせる少女だ。


「可愛い」


 朱里を見た俊平の第一声は、そんなシンプルかつドストレートなものだった。

 本来、俊平は出会ったばかりの女性に「可愛い」などと言うようなタイプではないが、目の前の眼鏡っ娘にはその言葉が相応しいと、俊平は素直にそう思った。


「そ、そんな、恥ずかしいです」


 朱里は紅潮する顔を冷まそうと、必死に両手をパタつかせて風を送っている。俊平のストレートな褒め言葉が、よっぽど恥ずかしかったようだ。


「その仕草もキュートだと思う」


 ますます愛らしい朱里のその姿に、俊平はさらに好意的な意見を述べる。


「キュートだなんて、わわ、私はそそ、そんな」


 朱里は眼鏡を外すと両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。照れ臭さのパロメーターが、完全に振り切れてしまったようだ。


「悪い悪い、ついノリで」


 俊平はしゃがんで朱里と同じ目線になり、彼女の肩に優しく触れる。それで気持ちが落ち着いたらしく、朱里は顔を覆っていた両手を外し、まだ赤みの残る可愛らしい顔を露わにする。


「……眼鏡無しも有りだな」


 朱里の素顔に俊平は思わず見とれる。眼鏡姿はもちろん似合っていたが、元々の顔立ちもかなりの美形だ。


「はう!」


 その言葉を聞いた瞬間、治まりかけていた朱里の紅潮が再発し、今度は口をパクパクさせながら思考がショートしている。


「その仕草もキュートだと――」

「ちょっと待った! このままじゃ無現ループですよ、藍沢先輩」


 先程と同じ台詞を放った俊平を、繭加が食い気味に制する。


「そうか? 俺は、『その仕草もキュートだと思うぜ』って言おうとしたんだが」

「語尾が変わっただけじゃないですか!」

「無限ループって怖くね?」

「だからこっちの台詞ですって!」


 初対面の時のミステリアスな雰囲気は何処へやら。今回の繭加は、見事なまでにツッコミ役を強いられている。


「……朱里ちゃんはとても可愛いですけど、いくらなんでもデレデレし過ぎですよ、藍沢先輩」

「いや、済まん。普段の俺ってもう少し硬派なんだけども」

「自分で硬派とか言うのもどうかと思いますが」


 繭加はジト目を俊平に向けるが、当の俊平はそれを気にも留めず、落ち着きを取り戻した朱里と再び対面する。


「驚かせて悪かった。もう俺のことは知ってるみたいだけど、一応自己紹介しておく。二年の藍沢俊平です。よろしく」


 爽やかな笑顔を浮かべて名乗る。挨拶の基本は笑顔から、それが俊平のこだわりだ。


「改めまして、一年生の高梨朱里です。よろしくお願いします」


 朱里は再び二度目の自己紹介をし、両手を前で合わせて深々とお辞儀をする。丁寧に名乗り直すところからも、彼女の真面目さが窺い知れる。


「何て呼んだらいいかな?」

「朱里でいいですよ」

「了解だ。じゃあ、朱里ちゃんと呼ばせてもらうよ。俺のことも好きに呼んでくれて構わないから」

「じゃあ、俊平先輩とお呼びしてもいいですか?」

「ああ、大歓迎だ」


 俊平は笑顔で呼び名を承認するが、痛い視線が背後からチクリ。


「……藍沢先輩」


 和やかムードで朱里と自己紹介をし合っていた俊平の背中を、繭加が指先でツンツンと突く。


「お、御影か。どうした?」


 さも繭加のことなど忘れていたかのようなリアクションで俊平は振り返る。


「いや、『お、御影か』じゃないですよ。まるで突然私が登場したみたいじゃないですか!」

「まあまあ、そう怖い顔しなさんな」


 元の顔が可愛いらしいため、眉を顰めて頬を膨らませても、繭加は大した迫力を出せていない。その様子を見て俊平は、どこか微笑まし気に宥める。


「怖い顔にもなりますよ。というか、朱里ちゃんは下の名前で呼んで何で私は名字呼びなんですか!」

「朱里ちゃんは朱里ちゃん呼びがしっくりくる気がするし、御影は御影って呼び方が俺の中ではしっくりくるんだよ」

「朱里ちゃんを優遇し過ぎですよ。私に対してと態度も大分違うじゃないですか」

「考えてもみろ。外見は美少女なのに、人のダークサイドを見るのが趣味だと言い放つ悪趣味な後輩と、礼儀正しい眼鏡美少女の後輩。どっちに優しくするのが普通だと思う?」

「それはダークサイドを見るのが趣味の――」

「何だって?」


 聞こえない振りをして、俊平は繭加の意見を却下する。


「忘れているかもしれませんが、朱里ちゃんも『深層文学部』の一員ですからね」

「はっ!」


 繭加に指摘され、俊平は初めてその事実に気がついた。いや正確に言うと思い出した。

 高梨朱里は昨日この部室を訪れた時には不在だったもう一人の部員なのだ。偶然この場に居合わせた部外者の眼鏡美少女などではない。


「朱里ちゃん、今すぐこんな部は辞めた方が良い」


 俊平はしっかりと朱里の目を見据えて説得を試みる。こんな純粋そうな美少女を悪趣味な部活には置いておけない。


「あ、ありがとうございます。正直私も、部活の内容はあまり良いことでないとは思ってるんです。でも、友達として繭加ちゃんのことを放ってはおけませんし」


 俊平の熱意ある? 説得に困惑して瞬きの回数が増えながらも、朱里はしっかりとした口調でそう答えた。彼女の意思が固いことは十分に伝わってくる。


「良い子だな、朱里ちゃんは。だよな、友達は大事だよな」


 朱里の言葉に理解を示し俊平はウンウンと頷く。その姿は学校の先輩というよりも親戚のお兄ちゃんのようだ。


「御影、あまり朱里ちゃんを困らせたら駄目だぞ」

「……藍沢先輩、あなたは一体誰目線で朱里ちゃんに接してるんですか。それと何で私が悪者みたいになってるんです?」


 冷やかな言葉で、繭加は俊平にモノ申す。


「おふざけはここまでにしてそろそろ本題に入りましょう。藍沢先輩だって、遊びに来たつもりはないでしょう?」


 真顔の繭加が、視線で部室の中央に設置された長机とパイプ椅子を示し着席するよう促す。これまでのどこかコミカルな雰囲気からの変わり身の早さ。ダークサイドが絡んでくると、繭加の雰囲気はやはり大きく変わる。


「ああ」


 繭加の変わり身に感心しつつもそれを決して顔には出さず、俊平は静かに一番手前のパイプ椅子に腰掛ける。

 少し遅れて繭加が机を挟んで俊平の向かいに、朱里が繭加の右隣にそれぞれ着席した。

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