第7話 ラブレター?

「おはよう」


 翌朝。俊平しゅんぺいは教室に入るなり、教室全体に向けて明るい挨拶を飛ばした。


「おはよう藍沢くん!」と元気よく言う女子生徒。「よう」と簡素に挨拶を返す男子生徒のグループ。一瞥し、軽く会釈することを返事とするカップル。

 返事やリアクションは人それぞれだが、俊平の挨拶を無視する者はほとんどいない。何気ない日常の一コマだが、藍沢あいざわ俊平しゅんぺいという存在が広くクラスメイト達に受け入れられていることを表している。


「よう、俊平。おはようさん」

「おう、佐久馬さくま


 俊平が着席したところで佐久馬が近寄り、まだ登校してきていない砂代子さよこの席――俊平の右隣に腰掛けた。


「昨日は悪かったな……」

「その話なら昨日解決しただろ。気にするなよ」


 気を落とす佐久馬の肩に俊平は優しく触れた。

 昨日の放課後。俊平と佐久馬は、互いに昼休みの出来事を謝り合った。

 佐久馬は、「知らずとはいえ、無神経なことを言ってすまない」と。俊平は、「突然キレて申し訳ない」と、まるで打ち合わせでもしていたかのように、二人がほぼ同時に謝罪の言葉を発した。あまりに見事なタイミングだったため、その場にいた瑛介や砂代子、亜季から笑いが漏れ、俊平と佐久馬もそれに釣られて破顔。そんな和やかムードも助けになり、仲直りは円滑に進んだ。

 そもそもこの程度で関係に罅が入る程、彼らの友人関係は薄っぺらいものではない。共に笑い、時に衝突しあいながらもまた仲直りが出来る。そんな良好な友人関係を彼らは築いている。


「そうだな、悪い」

「だから、謝るのはもう無しだって」


 二人の間にはすでに気まずい雰囲気は微塵も無く、纏う雰囲気は気心の知れた友人同士のそれだ。


「今日の数学って確か小テストだよな? 気が重いよ」


 授業の話題にシフトし、佐久馬は嘆くように大袈裟に頭を抱えた。

 佐久馬の成績は総合的に見ればそこまで悪くはないのだが、その能力は主に文系に特化しており、数学は苦手分野としている。


「佐久馬らしいな」


 ショルダーバックから教科書類やノートを取り出しながら、俊平は苦笑した。

 ちなみに、俊平は学業面はオールマイティで、平均して高い成績を収めている。


 ――ん? 何かあるぞ。


 俊平がペンケースをしまうために机に手を入れると、指先が何かに触れた。


「手紙?」


 机に入っていたのは一通の手紙だった。色合いは桜色ベースで、中心には可愛らしい字で、『藍沢先輩へ』と書かれている。


「おいおい、ラブレターか?」


 隣から覗き込んだ佐久馬が愉快そうに俊平を小突く。


「……まあ、見た目はそうだな」


 どこか他人事のように呟くと、俊平は封に使われているハートマークのシールを剥がし、中から便箋を取り出す。


「何が書かれてるんだか」


 便箋を広げ、俊平がその内容に目を通すと――


 藍沢俊平様。

 放課後、四階西側奥の空き教室でお待ちしております。

 あなたの愛しのマイエンジェルより。


 便箋には横書きで三行、そう書かれていた。


「この場所で告白ってか? 相変わらずモテモテだな」


 佐久馬はニヤニヤして小突いてくるが、俊平はノ―リアクションだ。


「愛しのマイエンジェルね……昨日そんなことを言ってる誰かさんがいたな」


 差出人が想像通りの人物だと確信した俊平は、遠い目をして溜息をついた。


「待ち合わせ場所に行くのか?」

「行かないよ。こんなふざけた文面、きっと悪戯だろう」


 言葉とは裏腹に、俊平は差出人の呼びだしに応じることを決心していた。

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