第3話 五月七日

「お前らが購買に行ってる間に俊平とは少し話してたんだけど、連休はどう過ごしてた?」


 昼食を終えたところで、瑛介えいすけ俊平しゅんぺい以外の三人に話題を振った。

 今は食後のおやつタイムとなっており、持ち寄った菓子類を皆で摘まんでいる。


「中学の時の友達とカラオケに行ったりしてたよ。土日以外は部活であまり遊べてないんだけどね」


 始めに答えたのは砂代子さよこだ。砂代子は女子バレー部に所属しているため休日なども何かと忙しくしている。今回の連休中もほとんどの運動部が部活を行っていたというし、確かに特別な休みと呼べるような出来事は無かったかもしれない。


「俺は最初の二日は親戚の家に遊びに行ってたな。戻ってからは地元で遊び歩いてたけど。そういえば、俊平には一回会ったよな?」

「ああ、DVDを借りに行った時にな」


 俊平がマイナー映画を借りに行ったその日に、佐久馬さくまとはレンタル店で顔を合わせている。ちなみに、全ての足に重火器が装備したイカが襲ってくる映画を俊平に勧めたのは佐久馬だ。


「佐久馬お勧めのイカの映画、正直微妙だったぞ」

「そうか? 水着のブロンド美女もいっぱい出てくるし最高だろ?」

「いや、俺はあまり映画にエロスは求めないタイプだから」


 求めるものが違ったらしく意見が分かれる。

 確かに水着シーンの多い映画だったし、そういう目線なら楽しむことが出来たかもしれない。


亜季あきは休み中どうだった?」

「お兄ちゃんが東京から帰省してきてたから、一緒に遊びに行ったりしてたかな。お兄ちゃんが帰ってからは、友達と映画行ったり買い物したり」

「何と言うか、連休っぽいな」


 瑛介は感心し、俊平も同感と言わんばかりに頷いている。


「はあ、休みがもう少し長かったらな」


 瑛介が溜息をつき、他の四人も「分かる」と口を揃える。連休明け特有の倦怠感は、この場にいる全員に共通していた。


「そういえば今日は、五月七日か」


 不意に、佐久馬が黒板に記された日付に視線を移す。


「確か二年前の五月七日だったよな。この学校の女子生徒が屋上から飛び降り自殺したのって」


 佐久馬の一言で、その場に流れる空気が微かに変わった。


「そういえばそんな話があったね。私達が入学する前の年だっけ?」


 亜季が興味深そうに佐久馬に尋ねる。有名な話なのでまったく知らないということはないだろうが、詳細まで記憶していないらしい。


「佐久馬、そういう暗い話は止めておこうぜ。久しぶりの学校なんだしさ」

「そうだよ、佐久馬くん」


 瑛介と砂代子が佐久馬を制した。笑顔こそ浮かべているが、どこか無理をしている雰囲気がある。


「そうか? でも、今日この話題を口にしている奴はけっこう多いぜ。新入生はもちろん、二年前のことをリアルタイムで知ってる三年生とかさ」


 佐久馬には純粋にゴシップとして語っており、亜季も嬉々としてそれを聞いているが、俊平、瑛介、砂代子の三人は複雑そうな表情を浮かべている。より正確には、俊平の顔色を二人が伺っていた。


「去年もけっこう話題になってたけど、美人で優等生の先輩だったらしいよな。何で自殺したのか、理由は謎らしいし」

「ということは、自殺しそうな理由が見当たらないのに自殺したってこと?」

「先輩はそう言ってた。なんだかドラマみたいな話だよな」


 佐久馬がそこまで言ったところで、沈黙を貫いていた俊平が静かに口を開く。


「……この話、その辺で終わりにしようぜ、佐久馬」


 俊平は俯いたまま佐久馬に提案する。口調こそ穏やかだが、明らかに普段の俊平とは様子が異なる。


「どうしたんだよ、俊平。らしくないぞ?」


 普段なら率先して話題も盛り上げる俊平が大人しいことが気になり、佐久馬は軽い調子で返すが、この言葉が俊平を完全に怒らせてしまった。


「ふざけんな! 人が一人死んでるんだよ」


 俊平は勢い良く立ち上がり、感情に任せて両手で激しく机を叩く。

 突然の大きな音と俊平の怒号にクラス中が静まり返り、同級生たちの視線が一機に集中。気まずい沈黙が流れる。


「……悪い、ちょっと出てくる」

「お、おい、俊平」


 佐久馬の呼び止めに応じず、俊平は教室を飛び出して行ってしまった。


「どうしちゃったの?」


 普段は穏やかな俊平の怒り様に亜季は動揺している。俊平のあんな様子を見たのは初めてだった。


「……」


 この場で一番混乱していたのは佐久馬だ。自身の発言が原因で俊平の様子が変わったことは明らかだがその理由が分らない。佐久馬はただ、俊平の飛び出して行った扉を無言で見つめていた。


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